第八話

協定者(1)

 接弦している戦闘空母レクスチーヌが小さく見えてしまう。それくらいに戦艦エヴァーグリーンは巨艦である。

 レクスチーヌが420mであることを考えれば、全長で600m以上はあるだろう。機能性から戦闘空母がそのサイズに落ち着いていることを考慮すれば、その巨体に詰まっている戦闘能力は計り知れない。

 一方、大きければいいのではないのも事実である。戦場においては狙いやすい的でしかない。その辺りが機能性との兼ね合いだといえよう。


「軍はこんなものを作っていたのですね?」

 通路を歩きながらマルチナ・ベルンストは隣のフォリナン・ボッホ艦長へと囁く。

「搭載能力を極限まで高めた巨大艦の建造の話はいつの時代も繰り返されてきたから、私も半ば噂話と捉えていたが事実だったようだね」

「ご存じだったのですか」

「眉唾ものの話として漏れ聞いていた程度だな」


 正規軍兵士に先導されながら艦橋ブリッジへと向かう通路は真新しさを感じさせる。秘密裏に保有されていたのではなく、これが初の実戦投入なのを物語っている。

 ザナスト討伐艦隊として設計されたのではなくて、構想にあった新機軸の実験的な投入なのだと思われる。


「ようこそ、エヴァーグリーンへ。ボッホ艦長。ベルンスト副艦長」

 固定式ではなく、緩衝アームで懸架された大きなシートが下げられ、そこから彼女が降り立った。

「ご無沙汰しています。このザナスト討伐艦隊の司令官を拝命しました」

「お立場はずいぶんお変わりになられましたな」

 そう言いつつフォリナンが敬礼する。


 それもそのはず、纏う軍服の肩には冠を模した階級を示す標章が一つ付いている。つまり今の彼女は一冠宙士。艦隊を統べるのに必要な階級を有しているという意味だ。ラティーナ・R・ボードウィンという17歳の少女が、である。


 人類圏の軍階級は一応統一性を示している。惑星国家によって特殊なものを設定しているところも無くはないが、大体において通用する階級だ。

 配属されたばかりの見習いだと無標の兵士になるが、一人前となれば階級が付く。部署と階級を合わせたものがそのままギャランティの基準となるからだ。

 軍服や支給のブルゾン、スキンスーツの鎖骨辺りに付いている標章がそれを表し、銀線一本から始まる。それが一銀宙士。本数が増えると二銀、三銀と上がり、次は金線となる。三金を越えると標章は指揮杖を表す杖に変わる。更に三杖の上は冠の標章になる。

 今のラティーナは一冠宙士。中規模の艦隊から一軍までを預かる階級となる。


(軽く跳びこされてしまったわね)

 マルチナは一杖宙士。三階級も下になる。


 フォア・アンジェではこの標章を付けていない。出向扱いの私兵組織のようなものだからである。

 だが、現実には全員がこの階級を持っている。そうでなくてはギャランティの計算に不備が生じるからだ。持っていないのはユーゴのような特殊な立ち位置に居る者だけ。だから彼は金銭的には何も受け取っていない。


「わたくしがゴート本星に向かうにはこの方法しかなかったのです。なので立場上司令官となっていますが、皆さまの協力なしには何もできない小娘のままです」

 首が揺らぐ。公式の立場での彼女は軽々に彼らに頭を下げることもできなくなっている。自制したのだろう。

「いえ、どうぞご遠慮なく命じてください。我らは現場気質の兵士に過ぎません。会長と同じく、大局的な判断を要求されることもありませんので」

「お気遣いありがとうございます。先にお伝えしました通り、フォア・アンジェ全艦にはわたくしの麾下に入っていただきます。その措置と同時に皆さまはアルミナ正規軍への復帰扱いとなります。今後は階級呼称も準拠しますのでそのつもりでいてください」

 二人は敬礼で応じた。

「ボッホ艦長は一階級昇進し、三杖宙士に任じます。副司令の一人としてフォア・アンジェ全体の指揮をお願いします」

「光栄に存じます」

「これからは同じ副司令のオービット三杖宙士と協力してザナスト討伐艦隊を率いてください」


 紹介とともに、それまで彼女の後ろに控えていた若い男が進み出てきた。

 癖のある深い色の金髪が軍帽の下から覗いている。特に目立つのは鋭さばかりが際立つ切れ長の目だろう。ヘーゼルの光を宿す視線は、まるで情報部の人間に見られているような印象を感じさせる。

 整った容貌からも現場の兵士のような無骨さは微塵も覚えない。彼が本来の部署から外れ、極めて特殊な命令を受けているといわれても違和感は感じないだろうとマルチナは思った。それくらいに浮いているイメージの男だ。


「オルバ・オービットと申します。お噂はかねがね」

 彼はフォリナンと握手を交わす。

「どんな噂かは聞きたくありませんなぁ。どうせお祭り部隊のおめでたい頭領とでも言われているのでしょうから」

「とんでもない」

 意図的にだろう。フォリナンはおどけてみせるが、オルバは一言に否定する。

「ボードウィン会長が是非にと引き抜いて現場に置いている懐刀と存じています。正規軍での風評は、優秀な貴方への嫉妬の成分が多分に混じっているのでしょう」

「買い被りですよ」


(警戒してる。艦長はこの男を計りかねているんだわ)

 彼女も似たような印象を抱いているだけ対応には相談が必要だと思う。

(ラティーナさんは信用しているようだけど、傍において大丈夫なのかしら?)


 人事には会長の意向も含まれているだろうが、不安を覚えるマルチナだった。

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