狂える神(6)

 ザナストというゴートの残党組織に加わってトニオが知ったことは多かった。


 彼が寝起きしていた場所ではあまり見られず、人々が入り混じるようなところに出向かなければ観察できないためにかなりあやふやな認識だったが、人には家族というものが存在するらしい。大人が子供を養育する一単位がそう呼ばれているようだ。

 トニオも大人に養育されていたのは事実だが、それは不特定多数の大人が行っていたことだ。彼が知った家族とは違う形式だった。


 その「家族」は特定した男女と子供によって形成され、「親」である大人と「子供」である一人もしくは複数で形作られている。そして子供は親に従属するのが当たり前であるかのように見えた。

 自分と同じくらいの子供が親に唯々諾々と従っているのが不思議でならない。能力以外で優劣が最初から決まっているかのように。ただ、大人と子供の間にはトニオの知らない感情が存在し、それによって成り立っているのだと思われた。


(能力の高いほうが優れているに決まっているのに、なぜあいつらは親に従うんだろう? 親っていうのは、自分に従わなければ怒っているだけに見えるぞ)

 そういうふうにしか見えない。


 気にして観察していてもその行動が理解できない。疑問は残るが、選ばれたナーザルクである自分とは彼らは違うのだと思うことにした。そんなあやふやな感情に振り回されているから彼らは弱いのだと納得する。

 ただ、彼らが当たり前に見せる笑顔の深さに、胸が苦しくなるような思いを何度も味わった。気のせいだと振り捨てる。


 或る日の戦闘。

 襲撃した地上の街からは当然迎撃機が上がってくる。ただし、その中には少し使える厄介な敵が混じっていた。

 僚機が撃破され、その敵に入り込まれてしまう。そのままでは同士討ちフレンドリーファイアを怖れて攻撃が消極的になるし、母艦を狙われでもしたら面倒だ。


「行かせるわけにはいかないね」

 トニオはナゼル・アシューを滑り込ませる。

「ほほう、活きの良さそうなのがいるな?」

「腕に覚えがあるようだけど、その自信、僕が打ち砕いてみせよう」

「やってみるがいい、小僧」

 甲高い声で覚られてしまったようだ。確かにこの時、彼はまだ十三。


 両手持ちのビームカノンが光芒を放つ。流れるような機動で躱したトニオはその敵機と接触する。そこでは味方機じゃまが多過ぎる。

 彼が抑えに回ったことで僚機は移動して空域が開けてきた。舞台は整いつつある。


「それじゃあ本気でいかせてもらおうかな?」

 四門のテールカノンで狙うが巧みな機動で回避される。

「その程度か? まさしく子供の遊びだぞ?」

「いつまでも言わせるもんか!」

「黙らせたいなら早くしろ。加減していたら死ぬぞ。説教できるような、褒められた人間じゃないけどな」

 自嘲の響きが混じるが少年には理解できない。


(言うだけはある。でも、底は見えてるぞ)

 冷静に観察を続ける。


 トニオの目には相手の偏りが見える。様々な機動パターンを無数に目にしてきた彼に、それは浮き出して感じられるのだ。それは癖である。

 回避に癖がある。正面からの攻撃には多様な方向へ回避して的を絞らせないが、頭上から砲撃を受けた時は左に機体を滑らせることがあまりに多い。おそらく右目の視野で敵を捉え続けるのに慣れてしまっているのだ。


「どうした? そんなもんか?」

 挑発してくるが乗らない。

「安い手管だね。でも、これでお終い。僕と渡り合って散ったことを誇るがいい。このトニオ・トルバインにな!」

「なんだと!?」

「命乞いなら聞かない」

 そんな感じではない。驚きはしたようが足は止まっていない。

「そうか。あれがこんな結果になるのか。なるほどな!」

「何が言いたい!」


 敵機は誘うように回避しつつ戦闘空域から徐々に離れていっている。


「聞け。俺の名はガルース・トルバイン。いうなればお前の生みの親だな」

 その言葉はトニオを苛立たせる。

「親だと? 僕にはそんなものは居ない!」

「居るのさ。ちょっとしたアルバイトのつもりが、こんなのに巡り合えるとはな」

「何を言っている?」

 答える気は無さそうだ。一拍置いて問い掛けてくる。

「まあ、いい。お前は金になりそうだ。ついて来い。その機体ごとな」

「貴様! 僕に命令するな!」

「そう言うな。親の言うことは聞いておくもんだぜ?」


 煮えくり返りそうな怒りが込み上げてくる。選ばれたナーザルクである彼を、まるで普通の子供のように扱おうとしているのが我慢ならなかった。


「墜ちろ」


 牽制のビームを放ちながら上方を位置取る。頭部を狙ったビームに続き、少し右をテールカノンで貫く。その一撃は右肩の基部から背後の推進機ラウンダーテールまで破壊していた。


「何をする、親に向けて!」

 未だ口は減らない。

「僕にはそんなくだらないものは居ないと言ったろう?」

「そんな馬鹿なことがあるわけ……!」


 その時には胸の中央をブレードが貫いている。そのまま斬り下ろすと、彼を惑わそうとした愚か者は爆炎の中に消え去った。


(踏み台の一つの癖に耳障りな)

 しかし、それも排除した。


「ふっふっふ……。あーはっはっはっはー!」


 笑いの衝動に身を任せる。胸の奥の微かな嘔吐感を振り払うかのように。


   ◇      ◇      ◇


 それが三年前のことだ。


(くだらない存在に育てられたから弱いんだ)

 もう一人のナーザルクを思う。

(吹雪の中でも狙撃してくる能力は厄介。それ以外は凡俗と変わらないな。お前も踏み台だ)


「目障りなフォア・アンジェの殲滅作戦が実行されるぞ。トニオ、貴様も加われ」

 朗報に、指揮官のぞんざいな台詞も気にならない。


(最強を証明する時が来たようだぞ、プロトツー?)


 その瞳に宿る狂気に彼は気付いていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る