再びの戦場(2)
レイオット・ボードウィンの眉は下がりっぱなしだった。なにせ娘ラティーナの機嫌はずっと悪い。
分からなくもない。あの少年ユーゴ・クランブリッドがフォア・アンジェに所属して、活動場所となるゴート本星に戻ると知っていながらそのまま行かせたのを怒っているのだ。
父親として、得体の知れない存在である少年を娘の近くに置いておけるはずがない。一緒に行くなどと言い出しかねないので伝えるのも躊躇われた。
ツーラに戻ってきて、離した途端に再三にわたって彼と会わせろと言い出したので、特別な感情を抱いているのはすぐに察せられる。それが親愛なのか恋愛感情なのかまでは窺い知れないが。
ユーゴの存在は憂慮せざるを得ない。
フォア・アンジェが向かうゴート本星という場所も、ザナストの活動が活性化しつつある現状を鑑みれば危険極まりない。ましてや戦闘地帯を渡り歩くようなチームである。
更に、彼の出自そのものが危険だと誰の目にも明白だ。フィメイラという特殊なアームドスキンが与えられたことで、
本来であればユーゴの身体を調べ上げるのが正しい。ただ、計画に関わる人々はおろか、方法やその意図さえ掴めていない現状では手を出しかねる。
せっかく相手へと繋がる糸を見つけたのだ。今は泳がせて、その向こうに見えるはずの全体像に手を伸ばしていきたい。その為にフィメイラを持たせたままで行かせたのである。
「では、どうあってもお父様はユーゴを呼び戻すつもりが無いとおっしゃるのですね? 私がこれほどまでにお願い申し上げても」
視線が冷たい。生来、我がままではないが情に脆すぎるきらいがある。
「だから彼が自分で行くといったのだ。何を思ってのことかまでは問い質さなかったが、少年の決心を汲んではやらないか?」
「私だって若さゆえの暴走などと思っているんではないんです。ちゃんと考えられる子です。それだけにきちんと彼の思いと向き合って話し合わなくてはいけないと思っていたのに」
一方的に縛ろうと思っていたのではなさそうだ。
「身内でも何でもないからどうなっても良いなどとお父様が考えていらっしゃらないと信じたい。ですが、何のサポートも無しに戦場に放り出すなど大人のやることではないのではありませんか?」
「だからフォア・アンジェに付けたではないか。あれらは少し変わっているが頼りになるチームだろう?」
「……どうあっても間違いをお認めにならないのですね? それなら自分なりに動かせてもらいますので!」
感情的になっているようで取り付く島もない。事実を隠したままで説得に応じてくれそうな気配がない以上、もう少し踏み込まねばならないかと思う。どうせ娘もその一端には触れてしまっている。
「お前もユーゴ君が
興奮で赤みがかっていたラティーナの頬がスッと醒める。
「だから引き離したと?」
「聞きなさい。よく考えてみるといい。彼が本当に破壊神だなどと思っているわけではあるまい?」
「当然です。少し普通ではありませんが、ただの男の子です」
聞く姿勢に変わってきてホッとする。
「自然発生的に極めてパイロット適性の高い人間に産まれついたと思うかね? 私はそうは思わん。何らかの人為的な処置の結果だと思う」
「でも、まだ幼かった頃には彼と一緒にお風呂に入ったこともありますけど、手術痕などはありませんでした」
色々と有ったので、彼女自身も過去の記憶を掘り起こしていたという。
「手段までは未だ不明だ。それでも一人二人でどうにかできる話ではないだろう? 専用のアームドスキンまで手配が可能なのだ。その意味は分かるな?」
「……な! では、その処置を施した組織が、その……、ガルドワ内部にあると?」
ラティーナも途中から声を潜める。
レイオットも頷き返すのみに留めた。
それ故にツーラに彼を留めるのも危険を伴うと説明する。その組織が接触してくるかもしれないし、もし傍に彼女が居れば取り込もうと動くかもしれない。それならば簡単には接触できない位置に置いておくべきなのではないかと考えたのだと語った。その上で調査を進めるのが無難なのだと言い聞かせる。
「お父様の深いお考えは理解できました。ユーゴのことも私のことも考えた上での判断だったというのも。でも、一つだけ考え違いをなさっておいでです。あの子は本当に普通の、純真で優しい少年なのです。人の命が簡単に消えていくあんな場所にいたら彼はどうなってしまうか……」
その悲痛な声音は、娘がどれほどに苦しんでいるのかを伝えてくる。
「気持ちは分かる。が、私はこの状況では私情を挟むわけにはいかないのだ。我が社が見過ごせない問題を抱えているのなら、それを正さなければならない立場に在る。分かってくれ」
「はい。私も自分に何ができるか、何をすべきなのかもう一度考え直してみたいと思います」
その為に、或る程度の情報共有は必要だと説かれ約束させられる。無闇に危険に近付けさせない為にも有効だと思われた。
こんな形で娘を大人の世界に招き入れざるを得ないのはレイオットにとっても不本意ではあるが。
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