第四話
再びの戦場(1)
赤道から大きく外れた雪深い山岳地の地下。そこに作られている巨大施設がザナストの本拠地である。
ジレルドットと呼ばれる、半径8km、深さ700mにまで及ぶ地下基地には様々な施設が集約されていた。その中心たるセンターポール付近には、主に居住区と飲食施設が集中している。
そこへ向けたアクス・アチェスの足は重い。まるで作戦失敗が枷となって掛かっているようにも感じる。
それでも当初の目的である、ガルドワへの揺さぶりという意味での結果は残した。ザナストが示した大きな力は、ガルドワの管理能力を問うに値するだろう。批判が集まれば彼らは動きにくくなる。その間に自分たちは力を蓄えることが可能になる。
(軽く皮肉られはしたが、明らかな叱責や訓戒が無かったのは首脳部もそう考えているということだ)
いくらでも取り戻せる失点だと考えられる。
(あの黄色いアームドスキンの少年。必ず我が手で仕留めてやる)
辛酸を舐めた記憶は彼の胸に刻み付けられている。
英気を養うべく向けた足の先から、更にアクスを苛立たせる存在が来ているとは思わなった。
「へえ、恥ずかしげもなく戻ってこられたんだ」
若さよりは幼さを感じさせる高さの声のトーン。
「ちっ、お前か。トニオ・トルバイン」
「横柄な口の利き方は控えてほしいもんだなぁ。あんたの失態がここでどんな噂になっているかご存じないとでも?」
「お前のような子供に言われなくても分かっている」
金色の巻き毛に琥珀の瞳の相手は少年といって差し支えなかろう。確か十六歳だと聞いたはず。三十歳の彼からすれば間違いなく子供である。
それなのにザナストでも中核に位置するアクスに意見できるのは、トニオもまた彼に近いほど戦果を誇るパイロットだからである。戦闘時間の関係で通算の撃墜数なら比較にならないが、一度の戦闘での撃破数ではアクスの記録を全て塗り替えてきた新進気鋭のアームドスキンパイロット。それがトニオ・トルバインだった。
「もう落ち目なんだって自覚は無いのかなぁ?」
口元に嫌な笑いを貼り付けた少年が問い掛けてくる。
内容は全く異なるも同じく批判をぶつけてくる相手に、あの奇妙な機体を駆る少年が重なって余計にストレスが募る。
「何が言いたい? どれほど挑発したところでお前と俺が戦場で相まみえることはない。我が地位を脅かしたいと考えるなら戦果をもってこい。首脳部もその方が喜ぶだろう」
「何を優等生を気取っているんだか。本当ははらわたが煮えくり返っている癖に」
嘲るような視線でアクスの銀眼を覗き込んでくる。
「心配なんかされなくたって、ちゃんとやってくるさ。僕に出動命令が出たからね。あんたの失点を取り返してきてあげるよ」
「フォア・アンジェを叩きに行くのか。果たしてお前にできるかな?」
「僕ならできるさ。違いってものを教えてあげよう」
トニオが時折り口にする
彼が戦果でそれを証明している限りはアクスも批判はできないし、する気も無い。この鼻持ちならない少年でさえザナストにとっては重要な戦力なのだ。
いずれゴートに復権の日がきた時にも自衛力は必須なのである。アクスがその中心で栄誉ある地位に居続ける為には必要な駒だといえる。ならば生意気な口の一つくらい許す気になれるというものだ。
「では期待しておこう。お前が障害を排除して、見事ガルドワ軍を引きずり出してくれることを」
トニオには寛容の意味が解るまい。
「いつまでそうやって余裕を見せていられるかな? 気付いた時には過去の存在になっていないことを祈るね。元からして僕とは存在が違うのだから」
「せいぜい頑張ってくれ。ザナストの未来のために」
彼があくまで態度を崩さないのが不満なのか、少年は鼻を鳴らして通り過ぎていった。
(お前には解るまいよ)
十六の若さでは泥をすするような日々を知らない。アクスが味わったような、寒さとひもじさで気が狂うのではないかと思えるような少年時代を理解できまい。
(本当の勝利の栄誉というのは敵との戦いの中にある。味方同士でくだらない足の引っ張り合いをしたところで腹は膨れんのだ。その自尊心はモチベーションを与えてくれるかもしれないが、お前が見ている高みには虚栄心を満たしてくれるものしか転がっていないぞ?)
その身で受け取る豊かさがなくては駆け上る意味など無い。彼はそう思っている。
(ずっとトップを走り続けなければならない持久走などに興味はない。数度の勝利でも揺るぎない場所へと辿り着ければ、そこがゴールなのだと知るがいい)
トニオのような人間が彼の座る椅子を引っ張り続けてくれるのなら、鷹揚に眺めていられる。ただし、それは馬車馬を見る目に過ぎないが。
そこでふと思い出す。
彼を敗地へと誘った奇妙な黄色いアームドスキン。ブレードを合わせた時に、頭部のルビーレッドに奇妙な紋章のようなものが浮かび上がった。
(どこかで見たぞ、あれは。確かあいつのアームドスキンにも……)
不確かな記憶にアクスは眉を寄せた。
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