フィメイラ(2)

 戦闘空母の後部から爆炎が上がる。底面を舐めるように飛ぶアル・スピアからはその様子がよく見えた。

 爆炎は外だけでなく艦内も駆け巡っているだろう。弱い部分から炎を吹き出しつつ内圧に耐えかねるように歪んでいく。


 ユーゴに見えているものが次々と失われていくのがはっきりと認識できる。青白いターナ光に彩られた空母からは何も感じられなくなった。

 転じて、頭の中に悲鳴が響いてくるように感じてしまう。光の中から多くの手が伸びてきた。既に両脚を大破させ、右腕もパージしたアル・スピアから次々と部品がむしられていく。


 コクピットシェルも削られ、ヘルメットとスキンスーツだけになったユーゴへも手は伸びる。掴まれると、そこからは怨嗟が伝わってきた。

 足をもがれ、腕を引き抜かれ、痛みは心だけを苛んでいく。どこまでも続く虚空に求められる助けはない。伸ばす手も失ったまま、苦悶の叫びは宇宙に吸い取られていくだけ。


   ◇      ◇      ◇


 ユーゴは自分が眠っていたのだと気付いた。体力作りのトレーニングから戻ってそのまま寝入ってしまっていたらしい。

 正直に言ってあまり眠れていない。疲れも手伝って気を失うように寝ていたようだ。


 嫌な汗を感じながら荒い呼吸を整えて仰向けになると、天井の半分しか見えない。目の前、数十cmのところに壁がある。それは見覚えのある淡いピンク色に彩られている。


(これはまさか……)

 後頭部は張りのある柔らかさを感じている。


「起きたかしら?」

 覗き込んだのは見間違えようも無くラティーナの顔。焦点が合わずに壁と思ったのは、半球を描くスキンスーツだった。

「わっ! ごめん、ラーナ!」

「いいのよ。疲れているんでしょう。そのまま」

 少年はいつの間にか彼女に膝枕をされていたのだ。


 額を押さえられ、膝に押し付けられる。もちろん身体は失われていないのだが、驚きで身動きができなくなってしまった。


「うなされていたわ。つらいのね。やめてもいいのよ」

 諭すように言われてしまう。見られたくはなかった。

「ううん、やめたりしないよ」

「意地っ張りね」

「今やめたら僕はこれからも逃げてばかりになるから。この決意だけは誰にも曲げられないよ」

 彼女は溜息を一つつき、表情を緩めて頬を撫でる。

「優しい君が見せるその勇気、もう否定なんてしない。ただ苦しみは先送りにしないで。わたしに癒せるのなら頼ってくれる?」

「うん、ラーナの重荷にはなりたくない」

「約束よ」

 その言葉は、彼にとって思いを強めるものになる。


 外されていたσシグマ・ルーンを装着したらユーゴの脳波を読み取ってチルチルが投影される。二人並んでベッドに腰掛けたらチルチルはラティーナの肩へと移動した。寛いでいるところを見れば、自分もリラックスできているのだと自覚できる。


 それからしばらくは、久しぶりにゆっくりと話し込んでいたように思える。まるでレズロ・ロパの家に戻ったかのような時間は、それがかけがえのないものだったのだとしみじみと感じさせた。


「ザナスト艦急速接近! 総員戦闘配備! パイロットは発進準備急げ!」

 しかし、そんな大切な時間を邪魔する警報音が二人の気持ちを引き裂いてしまう。

「ユーゴくん!」

「大丈夫! いっぱい休ませてもらったからまだ戦える!」

「早く……、ううん、無事に帰ってきて」


 大きく頷いた彼は駆けだした。


   ◇      ◇      ◇


 ヘルメットを持ったままパイロットシートに身を投げ出し、投影された2Dコンソールにシート格納操作をする。ベルトを掛けてヘルメットを被りながら起動シークエンスが進んでいくのを見つめている。


σシグマ・ルーンにエンチャント。機体同調シンクロン成功コンプリート

「27番機、発進待て」

 オペレーターのリムニーからは意外な指示が飛んできた。

「どうして!」

「機体の調整確認が取れていない。発進は艦長判断」

 手順としては珍しく、ウインドウが開いてリムニーの顔が表示される。

「ちょっと待って」

「……了解」


 続々とカタパルトへと移動していく僚機を見ていると、焦りを感じてしまう。


   ◇      ◇      ◇


「どうなさいます、艦長?」

 残酷だとは思いながらマルチナは判断を急がせるように言う。


 前回の戦闘を見る限り、ここでユーゴの発進を見送れば戦力的には明らかに落ちる。補給艦も合わせて防衛しようとすれば、彼も欠かざるべき戦力だと思えた。

 ただ、送り出せば戦果を得られようが、最終的に未帰還になる可能性は高くなる。それはどの機にも言えることとはいえ、先ほどの話からして見過ごせない確率だと感じられた。


「ユーゴくん、よく聞いて。ちょっと問題のあるデータが取れているの」

 ペリーヌがオペレーター卓に取り付いて話し掛けている。

「今のままだと危険かもしれない」

「動いてくれない時があること?」

「分かっているの!? どうして言ってくれなかったの?」

 悲鳴に変わる。

「そういうものだと思ってたんだ。違うの?」

「それを何とかしたかったの! でもまだ対策が……」

「発進を許可する」

 フォリナンが決断し、皆が息を飲む。

「無理をするではないぞ」

「変だと思ったら引き返して。機体が損傷してもすぐに戻りなさい。絶対よ」

「27番機、発進せよ!」

 彼の命に対する責任を分担するようにマルチナは声を張った。


「27番機、ユーゴ、発進します!」

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