フォア・アンジェ(7)

 受けた命令は艦に接近する敵機の迎撃。それになんの不満も無い。ラティーナが乗っている艦を守るのは当然といえる。受動的でも能動的でもそうだが、今回は受動的な任務だといえよう。


(戦闘集団から離れているのが居る。あれはこっちに向かってくるのかな? それとも違うのかな? どちらにしたって、こっちに近付いているんだから墜としたほうが良いよね)


 レーダーでも画像でも捉えられていないのでロックオンはできない。ビームカノンを向けて照準を合わせ、グリップの親指のジョグボールを操作して微調整する。動きは単調なので偏差射撃は難しくない。人差し指のトリガーをそっと落とす。


「おい、何をやってる!」

 同じく直掩を務めているボストが吠えている。


(うるさいなぁ)

 更にがなり立てるのを無視して次の一射に備える。爆発光が見えなかったので外れたのだ。


 照準を取り直したのでカノンインターバル明けにもう一射。今度は薄青い光の玉が現れ、成功したのだと分かった。


   ◇      ◇      ◇


「爆発光確認。撃墜です……」

 レーダー監視員も半ば呆然としつつ報告する。


(この距離で当てた? 我が艦の光学観測器でも姿を捉えられてなかった敵機を?)

 フォリナン艦長もこんな離れ業は初めての経験だった。


 探知砲撃戦の時代が終焉を迎えてから久しいというのに、こんな光景を実際に見ることになるとは思ってもみなかった。正直、何をどうやっての狙撃なのかさえ解らない。だが、事実は認めざるを得ないだろう。意味を探っているうちに、それを妨げる動きがある。


「えっと……、何か?」

 艦橋の空気に戸惑うように少女が困惑の声音を漏らす。

「変なんですか? ユーゴは普通にこんなことをしてきたんですけど」

「そういうことかね」


 それならあの戦果も分からなくもない。どうやら少年は何らかの方法で見えない敵機を察することができるようだ。それを傍らで見ていたラティーナもそれを普通だと受け取っていたらしい。


「アームドスキンのセンサーで捉えたものを撃っているのではないのですか?」

「無理だね。当艦でも見えてなかった敵だ」

「じゃあ、どうして?」

 その問いには彼も答えを持っていない。しかし、すべきことは分かっている。


「ボストに伝えろ。『好きにさせろ』だ」


 オペレーターのリムニーは視線も逸らさず頷いている。


   ◇      ◇      ◇


(狙撃だと!)

 いきなり一機の戦友を失ったパイロットは歯噛みする。

(何も無ければ後回しにしてやったものを! それならすぐに沈めてやるぜ!)

 身体が熱を帯び始めていると分かる。


「やるぞ。弔いだ!」

 残った僚機に訴える。

「当然です。思い知らせてやりましょう」


 ところが旋回を始めた途端に、その僚機も一撃で貫かれてしまう。どうやらまぐれ当たりだと思って侮っていたらしい。


(完全に狙い撃ちしてやがる。どうやってるってんだ?)

 新たな光球を横目に顔を顰めつつ思う。

(ともかく直撃が来るものだと思っておけっていうのか)

 油断なく、砲撃が来たほうへと機体を向けペダルを踏み込む。これだけの距離があれば躱すのは難しくない。


 そして、やはりとばかりに光芒が確認でき、直撃警報がけたたましく耳を襲う。グエンダルを横滑りさせて射線から逃がした。


(馬鹿な!)


 その瞬間、もう一撃が一射目に沿うように迫っていて視界を真っ白に染めてしまった。


   ◇      ◇      ◇


「爆発光。三機目も撃墜です」

 静かな艦橋に、その報告だけが響き渡る。


(この子は、飛び抜けて実戦向きなのだわ)

 副艦長のマルチナはそう直感した。しかし、沈着冷静を旨とする彼女はそう口にしたくはない。


「ユーゴくん、君はシミュレーターではこんなことをしなかったではありませんか。手加減をしていたとでも?」

 コンソールを操作し、内心の驚愕を声音に出さないよう問い掛ける。

「だって、あれは見えないんだもん!」

「……そうですか。そのままで」

 少し高くなっている艦長席に座る人物に目を向ける。

「どういたしますか?」

「私と同意見だと思うぞ。許可する」

 フォリナンの許しを得て再度回線を開く。

「離艦を許可します。叶う限りの敵を撃破しなさい」

「うん! 行ってきます!」


 その命令に振り返ったラティーナが、親の仇でも見るような目で睨んできた。


「あなたはなんてことを!」

「我々が生きてツーラに辿り着くための必要な措置です。何とでもお言いなさい」


 その意味を理解して少女は視線を落とす。この戦闘を切り抜けられればいくらでもフォローはできると彼女は思っていた。


   ◇      ◇      ◇


(あの位置で爆発光だと?)

 戦闘中ではありながら、その奇妙さにアクス・アチェスは反応した。

(情報ではこの敵の中にあの妙な子供が居るはずだった。出てこないのはおかしいと思っていたが後ろにいたのか。ならばこちらから出向くまで!)


 あの日に傷付けられた矜持は彼の胸で未だに疼いている。雪辱を果たさねば、アクスの汚点となってしまう。組織ザナスト内部での地位を確保するにも、それは避けなくてはならない。


「来いよ、少年。俺とこのホリアンダルが本当の戦いというものを教えてやろう」


 その顔は獰猛な笑みに染まっていた。

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