フォア・アンジェ(4)

(私がユーゴを戦場へといざなってしまった)

 一人になったラティーナは後悔の念に苛まれていた。

(サディナや私の存在が彼を戦いに駆り立てているのは間違いない。これが私の血のなせる業なの? あの子がもし死んでしまうようなことがあったら、どう償えばいいの?)


 初めて経験した戦場の光が脳裏で明滅する。少し青みを帯びたターナ光が広がる度に命が失われていく。生々しい感覚がなく軽く感じるだけ、無自覚では居られないと自分を戒める。

 それを起こしているのが幼馴染の優しい少年だと思うと、自分の中でどう落着させればいいか分からない。現実に気付いた時に彼は壊れてしまうんじゃないかと思ってしまう。


(何事もなくツーラに到着するのを願うしかないのね)

 そうすればアームドスキンから引き剥がすことができる。

(お父様、お母様、ごめんなさい。あなたの娘は今、自らの血肉を禍々しいと感じてしまっています。感謝すべきなのに)

 そこまで深く考えず、何も感じないように生きてきた。サディナの死も、少年が血に汚れていく様も、その報いなのかもしれない。


 苦悩から零れそうになる涙を呼び出し音が遮った。


   ◇      ◇      ◇


 悄然とした様子で艦橋ブリッジに上がってきたユーゴに、レクスチーヌのメインパイロットの女性陣二人が気付く。


「どうした、少年?」

 さばさばしているようで面倒見の良いフレアネル・ギームが声を掛ける。

「もー。ちゃんと名前で呼んであげなきゃ、フレア。ね、ユーゴくん?」

「そうだな。すまないね、ユーゴ」

 力無い笑みで「気にしてないです」と言う少年に、フレアネルは胸がいっぱいになって肩を抱き寄せた。

「強がらなくてもいい」

「そうそう。まだ慣れなくて大変だろうけど、あたしたちに頼ればいいから」

 仲のいいメレーネ・ボッホもそう言い添える。


 生活が一変してしまって精神的に参ってしまっているのだと思う。本当はこんな年齢の子供を居させるべき場所ではない。それでも彼の見せる才覚は、適性があるのだと彼女に期待させてしまう。


「違うんです。環境に関しては不満はなくて、あんな新鋭機を貸してもらえるとか思ってなくて、余っているのが無いかなって言ってみただけなのに」

 言っていることにとりとめがない。混乱しているのは確かなようだ。

「お嬢さんに反対されたのかね?」

「……そういうことか」

 後ろから掛かった声に納得する。


 それは、艦長席のフォリナン・ボッホが投げ掛けた言葉だった。練習中の様子を見て、そう察したのだろう。


 フォリナン艦長は壮年男性で戦友メレーネの父である。本来であれば、最高責任者である艦長の身内が配属されることはない。パイロットであればなおさらだ。

 それなのに、この父娘が同じ艦橋にいる状況は、彼が極めて優秀な指揮官であるのを証明している。その判断に情が絡むことはないと認められているのだ。


 フォア・アンジェというカウンターチームの緩い気風が実現させている状態でもある。規律の厳しい艦であれば、呼ばれもしないパイロットが艦橋で寛いでいたりなどしない。そんなことをすれば怒声が飛ぶだろう。

 それでも前線で戦うパイロットには多くの権限が与えられている。彼らが命懸けで戦っているからこそ成立する戦場なのだ。


「あの娘なりに心配してのことだろう?」

 席を立ってやってきたフォリナンは、ユーゴの肩に手をやりつつ言い聞かせる。

「分かってるけど……、ですけど」

「いいから普通に話しなさい」

「絶対に無事にツーラに送り届けなくちゃいけないんだ」

 強い願いに鷹揚な笑みを返している。

「それは我々も願っているよ」

「きっとそのために僕はここに居るから、だから、戦わないといけないのにラーナは分かってくれなくて」

「苦しいかね?」

 少年はこくりと頷く。

「私が見る限りでも君にできることは多いように思える」

「だったら……!」

「でも、押し付けるのは良くないな。君が守るべきものに彼女の心が入っていないわけではないのだろう?」

 自覚があるのかユーゴは視線を落とす。

「言葉で説明するのは難しいのかもしれない。だったら別の方法でお嬢さんを安心させてあげるしかないのじゃないかな?」

「別の方法?」

「例えば、君がパイロットとして十分に戦えると、彼女のところに必ず生きて帰ると証明すれば理解をもらえると思うが」


 フレアネルは違和感を覚える。

 彼女の知るフォリナンという男はこんな論調で誘導する人ではなかった。接し方を見れば、ユーゴを自分の子供だとしてもおかしくない年代の少年だと見ているはず。

 なのに、パイロットとして見定めようとする言動は、彼の処遇に関して自分の知り得ない情報を握っているからだろう。隊長のスチュアートも言葉を濁す時があり、少年には何かがあるのをフレアネルに思い起こさせる。


(どうにも奇妙な流れなんだね)

 彼女はこの少年を注意深く観察しなくてはいけないと思う。


「あっ!」


 その時、件のお嬢様、ラティーナが開いたドアの向こうに姿を見せた。

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