記憶編集人のおさぼりドキュメンタリー

ちびまるフォイ

カメラの前の記憶編集人

記憶編集人の夜は遅い。


「さて、寝たな。仕事開始だ」


人間が眠ったときに記憶編集人の仕事がはじまる。

まずは1日のすべての記憶フィルムを一気に見ていく。


「はいはい、これはいつもどおりの内容だな。うんうん。

 普通に学校に行って、ああ、今日は電車が遅れたのか。

 ん? 不機嫌なおじさんにやつ当たられたのか、これは辛い」


記憶編集人は記憶ハサミをもってくると、電車が遅れた部分から

機嫌の悪いおじさんまでのくだりを豪快に切った。


2つに切り離されたフィルムはテープでふたたび繋ぎ止められ、

まるでトラブルがなかったように進んでいく。


「よし、と。あとは問題なさそうだな」


トラブルやストレスの原因となりそうな記憶がないかチェックしたあと、

すべてのフィルムを記憶映写機にセットして仕事が終わる。


人間が毎日ストレスでハゲ散らからないようにメンテナンスをするのが記憶編集人の仕事だった。


そんなある日、記憶編集人はボスに呼び出された。


「ボス、なにかあったんですか?」


「実は折り入って頼みがある。先日、記憶消去人の一人が辞めてしまったんだ。

 しかし担当の人間はまだ存命だ。もうわかるな?」


「……俺がその担当になれと?」

「そういうことだ」


「いやぁ、受けたいのはやまやまなんですが、

 俺もいろいろと仕事をかかえていましてね、ハハハ」


「もし、これを受ければ記憶消去人をランクアップして

 エクゼクティブ記憶消去ディレクターに昇進させてやろう」


「つつしんでお受けします!!」


かくして、人間2人分の担当となった。


「まあ、最近は余裕ありまくりだったし2人くらいチョロいな」


などと余裕をぶちかましていたのは初日だけで、

すぐに2人分の洗礼が津波のように流れ込んできた。


「あああ! お、終わらない!! こんなにも大変なのか!!」


2人分の記憶編集は単純に考えても作業は2倍。

しかも、2人の睡眠時間はそれぞれバラバラ。


人間が目を覚ます前に記憶編集は終わらせないといけないため、

毎回2人分の時間管理が必要になってくる。


「あーーもう! 夜更かしなんてするんじゃねぇよ!

 1人が起きる時間になっちゃうだろ!」


2人を抱えたことでますます自分の時間が取れなくなり、

さらに追い打ちをかけるように人間の睡眠時間が短くなった。


「の、残り睡眠時間1時間!? タイトすぎるって!!」


この時期の人間はテスト期間やら、新人への対応などで忙しい。

忙しさは睡眠時間へとシワ寄せられ記憶消去人の仕事時間は減る。


「うおりゃあああああ!! エグゼクティブディレクター!!」


とにかく昇進への熱意だけで仕事をやりきった。

人間が起き始めたころ再びボスに呼び出された。


「ボス、御用ですか? いやぁ、昇進の話でしたらまだ早いかと。

 いえね。でもボスがどーーしてもとおっしゃるなら……」


「なんの話をしている」

「昇進の話で呼び出したのでは?」


「ちがう。記憶紛失があったので呼び出したんだ」


「え゛っ」


「お前の担当している人間から記憶紛失の疑いが出た。

 知っての通り、人間の大切な記憶や大事な記憶をカットするのは禁止されている」


「そそそそそ、そんなばかな……あは、あははは」


「お前、心当たりあるのか?」


イエスと答えれば昇進のチャンスは台無しになる。

ノーと答えれば細かく調査されてボロが出るかもしれない。



「じ、実は! あの人間は記憶喪失なんです!!」



「……なんだと?」


「俺の担当している人間はもともとちょいちょい記憶を失うんです。

 だから、俺がカットしたのではなく持病です。じびょー」


「そうなのか?」

「そうですとも!」


「ならいい」


ボスの部屋から出た後に、長い溜息が出た。行きた心地がしない。


「しかしどうしよう……とっさに嘘をついてしまった。

 ……ってもうこんな時間?! 人間が寝る時間だ!!」


慌てて持ち場に戻ると記憶編集作業へと打ち込んだ。


一度ボスの前で記憶喪失だなんだと言ってしまったので、

通常の「ストレス部分」のカット編集とは別に

記憶喪失されているように偽装するためのカット編集も行った。


それも編集していると気付かれないように丁寧にカットしてつなげた。

切り取った記憶は絶対にバレ内容に破棄する。


「これでバレることはない。

 のちのち記憶喪失が改善されたとかで誤魔化せばいいか。よし寝よう」


人間2人が起き出して記憶を溜め込み始める時間に、やっと記憶編集人は眠ることができる。

その後、目覚ましより先にボスからの呼び出しで目がさめた。


不正がバレたのかと、失禁対策にオムツをはいてやってくると部屋にはボスだけではなかった。


「ボス、この方は?」


「私共は週刊メモリーのものです。

 実はあなたたち記憶編集人を題材にドキュメンタリーを作ろうと思いまして」


「と、いうわけだ。お前は最近頑張っているからな。

 今日1日お前を取材してもらうことにした」


「本当ですか!!」


嬉しさでもらしそうになった。

これは自分をアピールする絶好にして最大のチャンス。


「仕事中はカメラを回させてもらいますけど気にしないでくださいね」

「わかりました」


「あと、ときおり仕事の熱意とか聞きますのでそれらしく答えてください」

「そういうの得意です」


ドキュメンタリーの撮影がはじまった。

意識しなくていいと言われてもどうしてもキメ顔で仕事をする。


「仕事はどうですか?」

「大変ですよ。でもすごく刺激的でうちこめます」


「編集するときに気をつけることとかありますか?」


「我々はプロですからね。うっかり人間の大事な記憶を消さないことです。

 ささいな記憶でもその人にとってかけがえのないものかもしれない。

 そこを見極める目がこの仕事では大切なんですドヤァ」



 ・

 ・

 ・


「以上で、撮影は終了です。ご協力ありがとうございました」


撮影クルーをボスと一緒に見送った。


「ボス、俺を撮影してほしいって頼んだんですよね。ありがとうございます」


「気にするな。これでもお前の努力は認めている」


「嬉しいです!」


「そろそろ人間が起きる時間だろう。お前は寝ろ」

「ハイ!!」


部下を気づかってくれるいいボスに巡り会えた。

本当に感謝しながらとこについた。


眠りに落ちる寸前でボスの声が聞こえた気がした。



「よし、それじゃコイツの記憶編集をするぞ。

 ドキュメンタリー部分はカットしておけ。

 撮影している間はもうサボったり不正したりできないからな」



次の日、撮影クルーに扮した別の記憶編集人がやってきた。


「実はあなたたち記憶編集人を題材にドキュメンタリーを作ろうと思いまして」


「俺が主役ですか!! こんなの初めて! 嬉しいです!!」


以来、二度と記憶紛失の不祥事は報告されなくなった。

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