素晴らしきかな新世界
猫柳蝉丸
序章「Spiritual Garden」
突然で恐縮だが、広島県広島市は混沌の街である。
街並みが混沌としているという意味ではない。様々な価値観と種族が遍在し合って共存している奇妙な街であるという意味だ。
広島市では天使と悪魔が人間に入り混じって生活をしている。
嘘だと思うのならば、一度広島市に観光に訪れてみるといいだろう。広島市では背中に翼を生やしている天使が商店街で夕食の買い物をしているし、額やこめかみに角を生やした悪魔がコンビニでアルバイトをしていたりもする。無論、悪魔の子供達は学校に通っているし、天使の大人達は残業で疲れながら働いている。
初めて広島に観光に来る人は大概その光景に驚くだろうが、三日もすると極自然な光景として受け入れられるだろう。それほどまでに天使と悪魔は人間の生活に溶け込んでいるのだ。溶け込み過ぎて、人間の姿に違和感を覚えるほどに。
勿論、何故広島に天使と悪魔が存在するのかという謎もあるにはある。そもそも日本は神道の国なのだから、例え降臨するにしても天使や悪魔より八百万の神々が降臨すべきではなのではないのだろうか。
しかし、他県がそれらの事を疑問視しながらも、存外に広島の人々は天使と悪魔という存在をあまり気にしていなかった。
二十年前、天使と悪魔は本当に唐突に世界に降臨した。何の前触れもなく、広島県民が気が付いた瞬間には彼等は既に広島に降臨していた。『彼等』は自らの事を『天使』、或いは『悪魔』と呼称した。しかも、何故か日本語で喋っていた。『彼等』が語るには、理解不能な現象によって意図もせずにこの世界に降臨してしまったらしい。
勿論、明らかに支離滅裂な話であり、当然ながら広島県民は『彼等』を信用しなかったのだが、支離滅裂な話過ぎたために逆に説得力があったのも確かだった。
それからは数週間の時間が掛かったが、科学者達による多くの検査の結果、人類は『彼等』の存在を認めざるを得なくなる事になった。検査の結果、『彼等』が明らかに人間とは異なる遺伝子、構成物質を有していたためだ。科学の力は時としてこれまでの常識を書き換えてしまうという事だ。
『彼等』は広島に降臨してしまった以上、仕方なく広島に移住する事を希望した。
唐突に広島に天使と悪魔が同時に降臨した当時には、原住民の広島県民も多少は驚いていたが、天使と悪魔を県民として受け入れる事になった。無論、他県や他国が天使と悪魔の安全性を危惧してはいたし、県民からの反対意見も多かったようだが、それはそれ、高度な政治的駆け引きが極秘裏に行われたらしい。
天使と悪魔が世界に降臨した当時こそ、広島県民は天使と悪魔を県の観光の目玉として取り上げていたが降臨から五年もすると、全世界的に話題になっていた天使と悪魔の流行も廃れてしまい、広島県民が天使と悪魔に干渉する事は殆ど無くなった。
廃れた流行に干渉するだけの余裕は、時間的にも財政的にも存在していなかった。
天使と悪魔は、人間とは外見が少しだけ異なっている移住者。
『彼等』は結局、そんな極普通の立ち位置に落ち着いたわけだ。
とにかくそれから何事もなく十五年の月日が流れ、現在の広島に至っている。天使と悪魔が広島に存在する理由は誰も知らないし、誰も知ろうとしていない。『彼等』ですら自分達が広島に、或いはこの世界に降臨してしまった理由を知らないらしい。
それに多分、天使と悪魔が広島に降臨してしまった理由は存在しないだろう、と何となく広島県民は思っている。それでいいと思っている。存在理由など探ってみたところで、何も見つからないのが関の山なのだから。
恐らくはその通りなのだろう。天使や悪魔がこの世界に存在しても、世界は何も変わらない。人間に翼があっても空は飛べない。人間に角があっても獲物は狩れない。とどのつまりはそういう事なのだ。
香苗はそう考えながら、今日も広島の街を普段通り闊歩している。
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