第383話『exactly(イグザクトリー)』

せやさかい


383『exactly(イグザクトリー)』頼子    





 殿下、よいのですか?



 わたしと同じ制服のソフィーが、トーストに塗ろうとしたバターナイフの手を停めた。


 睨めっこしていたスマホをなにも操作することなく食卓に置いたからだ。


 ソフィーに隠し立ては出来ない。スマホを置くというささいな動作で、全てを知られてしまう。


「知ってしまったら、ただでは済まないでしょ、あの子たち」


 ガリ


 少々焦がし過ぎのトーストが、ちょっと大げさな音をさせる。


 クフフ


 そんなささいなことで、笑えそうになるのは、自分の中に、まだ中学以来の少女が棲んでいるからだろう。


 ガサツなさくらなら、パンくずを噴き出して爆笑していたかもしれない。


 それが、同じ制服着たソフィーはニコリともしないで、中断したバター塗りを再開する。


「今日の試験科目はなんですか?」


 了解したようで話題を変えてくる。


「数三と現文」


「抜かりはないですね?」


「もちろん、最後のテストだからね」


「exactly(イグザクトリー)」


 ウ、英語で返してきやがった。


 

 それからは、主従ともに、静かに朝食をいただく。



 今日から定期考査が始まる。


 大学に進む予定は無いから、おそらく人生最後の定期考査。


 そして、この学年末テストが終わったら、その足で日本を離れる。


 できれば、卒業式までは日本に居たかった。


 でも、新米王女のささやかなセンチメンタルを許さないほどにヨーロッパは揺れているんだ。


 むろん、原因は、あの諜報部あがりのオッサンが始めた戦争。


 ヤマセンブルグが公に戦争に加わっているわけじゃないけど、戦争のお蔭で電気やガスがめちゃくちゃ値上がり。


 ウクライナからの避難民やロシアからの亡命者。他のEUの国々と比べたら大した人数では無いけど、人口比率で言えばイギリスと同じくらいは引き受けているだろうね。僅かだけども志願してかの地に行った人たちに戦死者も出ている。そういう諸々の不安は国民にも影響を及ぼしている。


 それに、エリザベス女王が亡くなってからは、お祖母ちゃん、微妙に鬱状態。


 国と言うのは、日本人が思うほど強固なものじゃない。あの大英帝国でさえ、北アイルランドやスコットランドの分裂という火種を抱えているんだ。


 去年、日本国籍を捨てて正式な王女になった。


 三日間、国中がお祭り騒ぎして喜んでくれた。でも、日本にいちゃあダメなんだ。国に戻って同じ空気を吸っていないと王女としての務めが果たせない。


 さくら達に言ったら、きっと大騒ぎになる。


 如来寺とかで、ぜったいお別れの会とか壮行会とかやるに決まってる。


 そんなのに出ちゃったら、平静でいられるわけないよ。


 そんなアンビバレンツ分かってるから、ソフィーは一瞬だけバターナイフの手を停めたんだ。


 よくできたガードだよ。きっと、妹のソニー共々わたしの股肱の臣てのになるんだろうね。




「殿下、そろそろ車を出します」




 いつの間にか、ジョン・スミスがやってきて宣言する。


「え、もう?」


「はい、雪は降りませんでしたが、ちょっと交通渋滞しかけています」


「そうなの?」


 目が覚めたら、予報に反してお天気だったし大丈夫だと思っていた。


「他府県からの出入りがありますからね、大阪で雪が降らなくても影響は出ます」


「あ、そうね。わたしが迂闊でした。三分で食べるわ」


「いいえ、八分なら大丈夫です」


「いざとなったらヘリを飛ばします」


「ヘリコプター!?」


 方頬で笑って、懐から出したのはヘリコプターとかの操縦免許!


「バイク通学は禁止ですが、ヘリは禁止されていません」


「アハハハ……」


「冗談です。早く食べましょう」


「う、うん」



 そのあと、急いで玄関のアプローチにいくと、係りの人たちが小型ヘリをガレージに仕舞うところだった。


  


 ☆・・主な登場人物・・☆


酒井 さくら      この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生

酒井 歌        さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。

酒井 諦観       さくらの祖父 如来寺の隠居

酒井 諦念       さくらの伯父 諦一と詩の父

酒井 諦一       さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる

酒井 詩(ことは)   さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生

酒井 美保       さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 

榊原 留美       さくらと同居 中一からの同級生 

夕陽丘頼子       さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王女 聖真理愛女学院高校三年生

ソフィー        ソフィア・ヒギンズ 頼子のガード 英国王室のメイド 陸軍少尉

ソニー         ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド 陸軍伍長

月島さやか       さくらの担任の先生

古閑 巡里(めぐり)  さくらと留美のクラスメート メグリン

百武真鈴(田中真央)  高校生声優の生徒会長

女王陛下        頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首

江戸川アニメの関係者  宗武真(監督) 江原(作監) 武者走(脚本) 宮田(制作進行) 花園あやめ(声優)  

さくらをとりまく人たち ハンゼイのマスター(昴・あきら) 瑞穂(マスターの奥さん)

  

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