第348話『密かに喜ぶ』

せやさかい


348『密かに喜ぶ』さくら    





 今日から部活!……にはなれへんかった。



 ごっつい台風が鹿児島に上陸して、大阪は強風注意報が出てる。


 暴風警報やないさかい、休校にはなれへんねんけど、部活は止めて帰りなさいという学校のお達し。


 それに加えて頼子さんも、王女さまとしてエリザベス女王のご葬儀が終わるまでは、部活は控えならあかんらしい。


「明日からは部活もできるからね」


 そう言って、昇降口で小さな封筒を三人に配ってくれて、ソフィーといっしょに帰って行った。


 いつもの黒塗りの車が見えんくなるまで見送って封筒を開ける。


「うわあ、あれだ!」


 留美ちゃんが歓声をあげた。


 そう、写真は昨日ネットニュースでも見た『二重(ふたえ)の虹』やんか!


「これからは、希望をもってやっていこうということだね!」


 メグリンがこぶしを握る。


「裏にサインしてある!」


 留美ちゃんが写真の裏側を掲げる。


―― Over the rainbow! 頼子 ――


 気の利いたプレゼントに、凹んだ心を戻して家路についた。




 瑞兆(ずいちょう)というのは続くもんやろか。


 家の山門をくぐると、正月の掛け軸から抜け出したみたいに、尉と姥(じょうとんば)が熊手と箒を持って境内を掃除してるやおまへんか!


「いやあ、お寺のベッピンさんら!」


 歯ぁの抜けた口を開けて喜んでくれてるんは、婦人部長の田中のおばあちゃん。


 いっしょに掃除してるのは、うちのお祖父ちゃん。


「おかえり、今日はええニュースあるでぇ」


「え、なんやのん、お祖父ちゃん?」


「わたしに言わせて!」


 田中のおばあちゃんが尉(じょう)を押しのける。


「実はね、こんどのこんどこそ落語会ができんねんで!」


「え、ほんま!?」


 喜んでると、米国さん(外人落語家の桂米国さん)が帰り支度で出てきた。


「さいでおます、お嬢さんがた!」


 マスクからはみ出しそうなくらい口を開いて米国さんが寄って来る。


「ちょ……」


 真面目な留美ちゃんがソーシャルディスタンスをとると、米国さんも「かんにんかんにん(^_^;)」言いながら一歩下がる。


「よそのお寺さんでも、ぼちぼちやってはるし、婦人部のおばちゃんらも後押ししてくれはるし、10月10日の大安の日に如来寄席やらせてもらえることになりました!」


「「うわあ!」」


 留美ちゃんと二人でピョンピョンする。


「で、まあ、久々やし三度目の正直やし、今度は出し物はリクエストでやらせてもらおと思てます。なんか希望があったら、米国までメールしておくれやす!」


 いつもより濃い大阪弁で宣言して行ってしもた。




 今日はエリザベス女王の、もうちょっとしたら安倍さんの国葬。



 ちょっと早いかもしれへんけど、密かに喜んでるうちらでした。そう、密かに、静かにね……。





☆・・主な登場人物・・☆


酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生

酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。

酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居

酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父

酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる

酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生

酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 

榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 

夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王女 聖真理愛女学院高校三年生

ソフィー      ソフィア・ヒギンズ 頼子のガード 英国王室のメイド 陸軍少尉

ソニー       ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド 陸軍伍長

月島さやか     さくらの担任の先生

古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン

女王陛下      頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首 


 

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