第269話『まだ除夜の鐘』

せやさかい


269『まだ除夜の鐘』頼子     





 ゴ~~~~~~ン



 元日だというのに、まだ除夜の鐘が鳴っている。


 NHKのゆく年くる年なんか見てると、除夜の鐘って年を跨っちゃうんだけど、まあ、情緒よね。


 でも、除夜の鐘って108発。108回? 108突き? 108打?


 17年生きてるけど、こういう、何気ないものの数え方って、よく分からない。


 で、わがヤマセンブルグ総領事館のリビングでは、もう元日の昼下がりだというのに、まだ除夜の鐘が鳴っている。



 ゴ~~~~~~ン



 もう1000を超えたんじゃないかしら?


「う~~ん、やっぱり分かりませんねえ……」


 知らせを受けた、一等書記官のオットーさんが音を上げた。


「やっぱり、日本の技術は凄いです!」


 ソフィーが、何度目か分からない感嘆の声をあげる。


「ソフィー、君の探究心はすばらしいが、これは国の王立科学院にでも持ち込まなければ分からないよ」


 三代続いて工学博士の家系で、自分も退職後は国の工業大学で教鞭をとるつもりでいるオットーさんは、ソフイーの粘りを賞賛しつつも、疲労の溜まった目に目薬を差して撤収の準備。


「さあ、ソフィー、今夜は宿直だ、少しは寝ておけよ」


 とっくに撃沈されているジョン・スミスがアイマスクをしたまま、ベッド代わりのソファーで手を振る。


「二時間寝れば十分です!」


「ソフィー、お願いだから、休んでちょうだい」


「ウウ……殿下の命令なら仕方ありません」


「命令じゃないわ、同級生からのお願いよ」


「分かりました……でも、ジョン・スミスいたいに横になって、鐘を見ていてもいいですか?」


「だめ、ちゃんと自分の部屋に戻って、ベッドに入りなさい」


「ムグ……仕方ありません」


 しぶしぶ、我がご学友は自室に戻っていった。


「じゃ、わたしも部屋に戻るわ、ジョン・スミス……あ、寝ちゃってる」


 ジョン・スミスに毛布を掛けてやって、わたしは、自分の部屋に向かう。



 実はね、如来寺のテイ兄さんから釣鐘のミニチュアが届いて、夕べは年越しスカイプの二元中継。


 流行り病のおかげで、今年も……あ、もう、去年か。


 今回も除夜の鐘ツアーができなかった。


 それで、テイ兄さんが、どこから調達したのか釣鐘を送ってくれた。


 こんなミニチュアじゃ、二年前、みんなで撞いた本物の感触や感動には程遠いと思ったのよ。



 ところが、すごいのよ!



 組み立てて、試し撞きをしてみたの。


 ゴ~~~~~~ン


 感動…………!!


 もっと、ショボくて甲高い音がするかと思ったら、興福寺とか成田山新勝寺とか上野の寛永寺とかと遜色のない音色!


 それも、音は年越しパーティーのリビングにしか届かない。


 いくらいい音だからって、本物みたいだったら、やってられないわよ。


 たとえ、防音設備の整った放送室でやっても、音圧というのがあって、屋内で鐘なんか撞けるものじゃない(オットーさんの説明)らしい。


 で、まあ、感動しちゃったものだから、非番のオットーさんなんかも呼んじゃったわけ。


 

 部屋に戻って思いついた!



「ねえ、お祖母ちゃん! 素敵なものが送られてきたの!」


 スカイプでお祖母ちゃんを呼び出して……まだ冷めやらぬ感動を伝えて、この釣鐘を送ってやることにする。


 年の割には好奇心いっぱいのお祖母ちゃん。


 ちょっと寝不足になってもらおうかしら。


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