第267話『最後の終業式』

せやさかい・267


『最後の終業式』さくら     






 最後の終業式だったね……



 下足ロッカーから靴を出しながら留美ちゃんがつぶやく。


「え、なんで?」


 想像力の無いうちは、あどけなく聞き返す。


「だって、次は卒業式だよ」


「え、あ…………そうか」


 三学期は学年末テストが終わると、卒業式まで無いんや。


「普通の終業式って、今日でお仕舞」


「せやね……」



 卒業式は、きっと舞い上がってる。



 みんな、卒業した興奮で、なかなか帰らへん。


 教室やら廊下やら正門のとこに残っていつまでもワヤワヤとテンション高くはしゃいでる。


 一昨年の卒業式やら、小学校の卒業式の経験があるから、卒業式の日の舞い上がった雰囲気は想像がつく。


「せや、もっぺん教室戻ろ!」


「あ、さくら!」


 留美ちゃんの返事も待たんで、脱いだばっかりの上靴つっかけて、一段飛ばしで階段を駆け上がる。



 ……教室には誰もいてへん。



「クリスマスイブだもんね」


「うん、教室ひとり占めや!」


 宣言すると、五列並んだ机の間を縫うように歩いてみた。


「先生みたいね」


「ほんまやね、なんかエラなった気ぃするしぃ(^▽^)」


 あらためて見ると、教室の机はいろいろや。


「みんな同じか思てたけど、微妙にちゃうねんねえ」


 天板の角のとりかた、背もたれの曲がり具合……フレームの形も微妙に違う。


「買った年が違うからだね」


「え、そうなん?」


「学校の机って、いっぺんに替えたら、すごいお金かかるから、少しずつ入れ替えてるんだよ」


「そうやったんか……人知れず、君たちは入れ替わっていたんだねえ……よしよし」


「備品シールが残ってるのが……あ、これこれ」


「え、どれ?」


 留美ちゃんが示したのは前の方、天板のすぐ下。


 品質表示みたいなシールがあって『平成八年』とあった。


「うひょー、これて、まだ二十世紀とちゃうん!?」


「うん、1996年、25年前だね」


「すごい、すぐ換算できるんや!」


「大したことじゃないよ、平成は82を足したら西暦になる」


「そ、そうか。昭和は?」


「プラス25」


「明治は?」


「プラス67」


「ふーん?」


「ほなら、大正!?」


「プラス11」


「す、すごい……」


「どうして大正が後なの?」


「え、令和、平成、昭和、明治、大正……」


「逆だよ、明治と大正」


「え、そうなん(^_^;)!?」


「そうです!」


「アハハハ……あ、机に彫刻してるやつがおる!」


「え?」


「あ、いや、ごめん、ただの傷やった」


 ほんまは彫刻、たぶんコンパスの針かなんかで……相合傘で田中・榊原とあった。留美ちゃん気にしいやから傷にしといた。


「わたし、一番前ってなったことないんだよね」


 そう言って、留美ちゃんは教卓の前の席に座る。調子を合わせて、教壇に立って向かい合わせになる。


「ち、近い」


「え、そう?」


「うん、こんなに近いなんて思わなかった」


 留美ちゃんは距離感覚が、ちょっとばかり人とはちがうみたい。


 それから、教室のあっちこっちの席に座って、場所による感覚の違いを体験してみる。


 廊下側の一番後ろは一番孤独。真ん中の列の真ん中は落ち着かへんとか言い合って遊んだ。


 天井のシミは、男子の誰かがジュースのパック破裂させて飛沫が飛んだあととか、教卓の高さ調節のネジが一個無くなってて、それがガタツキの原因やったのを発見したりして遊んだ。



 キーンコーンカーンコーン  キンコンカンコーン



 チャイムが鳴ったので、さすがに帰ることにする。


 三組の前を通ったら話し声が聞こえる。


 隙間からチラッと見えた。春日先生が男子と、そのお母ちゃんと思える女の人と三者懇談。


 懇談の予定なんかないからないさかい、たぶん、プライベートな真剣な話。


―― 静かに行こう ――


 留美ちゃんが目配せ。


 息を殺して下足室へ。


 グラウンドに出てみようかと思たけど、お腹が空いてるのを思い出して、大人しく下校しました。


 せや、今日はクリスマスイブやったんや……とくに予定はありませんけども。


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