第253話『ペコちゃん怒ってカラスが鳴いて』

せやさかい・253


『ペコちゃん怒ってカラスが鳴いて』さくら      






 あんたは卒業せえへんのんか!?



 ペコちゃんの堪忍袋が切れた。


 ペコちゃんいうのは、うちの担任、月島さやか先生。


 普段はおっとりした先生で、いっつもきれいな標準語で話しはる。お家が神社やねんけど、幼少期は関東地方やったみたいで、その言葉遣いがペコちゃんには似つかわしい。


 そのペコちゃんが切れたんは、田中(一年からいっしょのアホ男子)が進路希望調査票を出さへんから。


 どうも、クラスで出してへんのは、田中だけらしい。


 ペコちゃんは、いつもの標準語では生ぬるいて思て、なれへん大阪弁やさかいに、アクセントがおかしい。


 なんか、東京の芸人さんが無理に使った大阪弁みたいで、うちらでも、ちょっと笑いそうになる。


 教室のみんなは下向いてるけど、そのうちの何人かは、ぜったい笑うのんを堪えてる。


 

 危ないところだったね(^_^;)



 せやさかい、留美ちゃんが言うてきたときは――よく笑わなかったね!――という意味やと思た。


「二日遅れてたら、わたしもさくらも田中君といっしょに立ってるとこだったよ」


「あ、ああ、そやね、そやそや……」


 言われて思い出した。


 うちと留美ちゃんは、先週の金曜日に、やっと進路希望調査票を出したんや。



 うちも留美ちゃんも聖真理愛学院希望。



 そう、うちの詩(ことは)ちゃんが卒業して、頼子さんが在籍中の私学のお嬢様学校。


 正直なとこ、うちも留美ちゃんも遠慮があって、最後まで悩んだ。


 なんせ、学費が高い。授業料は国やったか大阪府やったかの補助的なもんがあって、変わらへんねんけど、諸費が違う。たとえば、制服やカバンとかは、ほとんど公立の倍くらい。修学旅行とかもヨーロッパで、デラックス。


 修学旅行は、コロナの影響で、うちらは中止になってしもて、どうせ行くんやったら、デラックスな修学旅行の学校に行きたかったし。


 せやけど、うちも留美ちゃんも酒井家では居候のようなもん。とても、自分からは言い出されへんかった。


 それが、おっちゃんの方から「二人とも真理愛学院にいってみいへんか?」と振ってくれた。


 ちょうどテレビのニュースで六甲山にある小学校の『ストーブ火入れ式』のニュースをやってた。


 昨日は木枯らし一番も吹いてブルブルやったけど、ニュースから伝わる何倍も暖かなった。


「きっと、うちのお父さんやら、小父さんやらが、知らないうちに相談してくれていたんだね」


「うん、せやろね。きっと詩ちゃんも、おっちゃんに相談されてたと思う」


「そだね、おかげさまなんだよね」


 留美ちゃんが、お寺の居候らしい感想を言うと、美味しそうな匂いが漂って来る。


「「焼き芋」」


 思わずハモってしまう。


 いつもとは一筋ちがう道に入ると、米田米穀店に『焼き芋始めました』のノボリ。


「買って行こうか?」


「うん、せやね」


 今日は25日で、二人ともお小遣いがいただける日。


 お互い、先月分は使い残してるのは見当がつくので、すぐに意見は一致。


「おお、如来寺のキャンディーズ!」


 如来寺の婦人部長でもある米田のお婆ちゃんが、お愛想を言うてくれて、オマケしてくれる。


「「ありがとう、お婆ちゃん」」


 焼き芋の紙袋をカイロ代わりに胸に抱いて角を曲がる。


「キャンディーズだって」


「お婆ちゃんも古い。それに、ピンクレディーと間違うてる、キャンディーズは三人やんなあ」


「あ、それ、詩さんも入ってると思うよ」


「あ、そうか……」


 やっぱり留美ちゃんの方が行き届いてると思た秋の夕暮れ……。


 カーーー


 カラスが鳴いて、ご陵さんの方へ飛んでいきました。


 

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