第248話『骨伝導イヤホンマイク』

せやさかい・248


『骨伝導イヤホンマイク』頼子      






 それを言っちゃあお終ぇよ。


 大好きな寅さんの言葉だ。


 人が、メチャクチャなことを言ってしまって、周りの人たちに総スカンを喰らいそうになった時、寅さんは黙って、その人の横に腰を下ろして「それを言っちゃあお終ぇよ」って、ポツリと言う。


 寅さんが居たら、そう言ったと思う。


「国民からの誹謗中傷を受けて○○さまは複雑性PTSDになられ……」


 と、宮内庁の発表。


 よく読むと「国民からの誹謗中傷と感じられるSNSなどの書き込みを受けて○○さまは複雑性PTSDになられ……」とある。


 でも、国民のせいだと言ってるのと何も変わらない。


 もし、イギリスやヨーロッパの王族が同じようなことを言ったら、国民から総スカンを食って、王制廃止とかが社会運動として起こりかねない。


 ネットや動画サイトでは、たしかに誹謗中傷めいたものもあるけど、多くの人は「今度の○○さまのご結婚は心配です」と真面目に心を痛めている。読み返せば誹謗中傷を受けたとは書いていないし、発言も○○さまではなくて宮内庁の○○大夫になっている。


「ねえ、ソフィー」


「なんでしょうか、殿下?」


「ヨリコでいいわよ」


「もう校門を出ましたから」


「まだ、学校の制服なんだけど」


「人の目があります、耳も……」


 そう言いながら、道の向こうの軽自動車に視線を送る。


「あ、週刊文秋……」


 わたしが気づくと、軽自動車は、ゆっくりと発進して角を曲がっていった。


「聞こえてやしないわよ」


 制服姿のわたしへの取材は、大使館からも学校からも禁じられている。


「指向性の強いマイクを窓の隙間から出していました」


「え、ほんと?」


「はい、いまはA宮家の内親王さまのことで、殿下のコメントを取りたがっていますから」


「わたしのを?」


「ええ、同じような立場ですから」


「そんなに値打ちないわよ、わたしのコメントなんて」


「そこから、ヤマセンブルグの将来が占えます。尾ひれをつければ、けっこうなスクープになります」


「そうなんだ……」


「これを使いましょう」


 サブバッグから、なにやら取り出した。


「チョーカー?」


「骨伝導のイヤホンマイクです。囁き声でで拾えます」


 カチャ カチャカチャ(イヤホンマイクを着ける音)


『聞こえる?』


『聞こえます』


『わたしの感想おかしい?』


『おかしくはありませんが、現時点では不適切です』


『ムー、なんで不適切?』


『ウォールストリートニュースの音声記事を送ります……』


『なになに……』


―― 日本エンペラーの姪であるプリンセス○○は、マスコミやネットの悪意ある情報でPTSDを発症され…… ――


『なに、この歪んだニュースは!?』


『現時点での世界の報道は、もう、これ一色です』


『グヌヌ』


『殿下が歯ぎしりされても、現時点では……』


『分かってるわ、ごまめの歯ぎしりって言いたいんでしょ』


『この件に関する殿下の御発言を情報部のコンピューターにかけてみました』


『いつの間に!?』


『女王陛下の魔法使いですから』


『くそ……』


『お聞きになりますか?』


『いちおう……』


『では……』


 プツっと音がして、CPの人工音声に切り替わる。


『殿下も、本当の恋をしたら真実が分かります』


「ちょ、なによ、これ!?」


『声が漏れてます』


『グヌヌ……』


 もうちょっと文句を言ってやりたかったけど、さっきの軽自動車が戻ってきたので、残念ながら中断。


『阿倍野で、おいしい関東炊きお店を見つけましたので、行きましょう』


『え、コロナあるよ』


『警戒は三日前に解除されましたよ』


『え、あ、そうだった』


 一つの事に囚われると、他の事が見えてこない。


 ちょっとだけ反省……したふり。


 どうせ、このこともお祖母さまには筒抜けなんだろうから……。



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