第197話『銀之助の秘密』


せやさかい・197


『銀之助の秘密』さくら     






 文芸部のほんまの部室は図書分室。




 図書分室いうのは、図書室に置ききれへんようになった本を保管するための部屋。


 まあ、倉庫ですわ。


 一昨年の春、ひょんなことで、この図書分室の前で頼子さんと出くわして、うちの運命が変わった。


 頼子さんは、夕陽丘・スミス・頼子というのが生徒名簿に載ってる名前。


 スミスというミドルネームで分かると思うんやけど、ヤマセンブルグいうヨーロッパの国の血が流れてる。


 今は頼子さんの事は置いといて、このほんまもんの部室の事。


 ずっと、うちの本堂裏の座敷を事実上の部室にしてるんで、ほとんど使うことが無くなった。


 それを学校から指摘されて、アリバイ程度に部室を使うためにお座敷部室からあれこれ運んで整理をしてるとこ。


 あれ?


 留美ちゃんの手が止まった。


「どないしたん?」


「本の配置が変わってるの」


「え、そう?」


 うちは、がさつな性格なんで、細かいことは苦手。せやけど、留美ちゃんは神経が細やかな子ぉで、ささいなことでもよう気が付く。


「文学書の順番が変わってるし、総記分類の辞書なんかが、奥の書架に行ってるよ……で、なんだろ、あそこ、面陳列になってる」


「めんち……」


「面陳列、表紙を向けて陳列してあるでしょ?」


「あ、ああ……」


 言われると違和感。


「図書室の本て、新刊本とか雑誌以外は棚刺し……背表紙が向いてるでしょ」


「ああ、せやねえ……」


 言われても、留美ちゃんほどにはピンとけえへん。


「まして、ここは倉庫同然の図書分室だよ面陳列なんて……」


 言いながら、留美ちゃんはメンチンの本を手に取った。


「「あ!?」」


 揃って驚いたのは、メンチンの奥に大量の文庫本が入ってたから。


「全部ラノベだ……」


 そこには百冊は優に超えるラノベが、書店の棚のように並んでた。


 あ!?


 後ろで声がした。振り返ると夏目銀之助が固まってる。


「あ、夏目君」


「せ、先輩、そ、それは……」


 銀之助の反応は、ベッドの下のエロ本を見つけられた時のテイ兄ちゃんといっしょやった。


 せやけど、可愛い後輩なんで、描写は控えます(;^_^A


 で、話を聞くともっともやった。


「ぜんぶ、閲覧室から排除された本たちなんです」


 言われて気が付いた。


 ラノベは形式が文庫なんで、閲覧室では文庫の書架に並んでる。


 その文庫の書架から、たしかにラノベの量が減ってる。


「保護者からクレームがついて撤去されたラノベたちなんです」


「そうなん?」


「はい、遭難した本たちです!」


 ギャグになってんねんけど、笑われへん。銀之助の目は真剣そのものやったさかい。


「傾向があるわねえ……」


 留美ちゃんが呟いた。


「え、そう?」


 言われて、ラノベの背表紙をざっと見わたしてみる。


『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』『エロマンガ先生』『中古でも恋がしたい』『冴えない彼女の育てかた』『のうりん』『新妹魔王の契約者』……他にもいろいろ。


「タイトルだけや一部の描写だけで排除されたラノベばっかりです。ラノベっていうのは玉石混交ですけど、そこらへんの文芸書に負けないくらいの内容を持ったものも多いんです。なによりも、今の中高生や若者の感性で書かれたり受け入れられたりしたものばかりです。それに、一見表現はエロいですけど、意外に恋愛とか友情とかへのこだわりはストイックだったり、生きるってことに真っ直ぐだったり、正直太宰治とか野坂昭如を読んでいるよりは、前向きに生きて行こうって気にさせるものが多くて……僕は、文芸書も読みますが、こういうラノベも好きです。PTAは紙くずみたいな有害図書って言いますけど、何度も読み返すことに耐えられる名作も多いんです。文庫は劣化するのが早いから、この図書分室に置かれたら、三年もたつと、人に読まれることもなく廃棄にされてしまいます、だから……」


「夏目君……キミって……」


「銀之助……熱いんや……」


「は、はい、もうちょっと語ってもいいですか?」


「うん、いいよね、さくら?」


「うん!」


 うちは、パイプ椅子三つ持ってきて、書架の谷間で銀之助講演会の態勢を整えた。


 

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