第196話『留美ちゃんと朝のナマンダブ』


せやさかい・196


『留美ちゃんと朝のナマンダブ』さくら     






 うちの親もたいがいやけど、留美ちゃんとこもけったいや。




 うちは、お父さんが七年以上も行方不明で一昨年失踪宣告になって、法律上は死亡になって、お母さんの実家に母子ともども戻ってきた。ケジメにお父さんのお葬式を出したあとに、今度はお母さんが失踪。


 留美ちゃんは看護師やってるお母さんがコロナに院内感染、日ごろの無理が祟ったのか重症化して、娘の留美ちゃんでも面会でけへん事態に。それで、うちに引き取っていっしょに住むことにしたんやけど、今度は、留美ちゃんが小さいころに離婚したお父さんが学校と、うちの家に現れて、経済的には困らんようにいろいろ手を打って行った。


 せやけど、このお父さんがけったい。


 うちらが後をつけて行ってた同じ時間に、うちのお寺にも現れて、留美ちゃん名義の通帳を預けて行った。


 うちの親のこと同様に、留美ちゃんのお父さんのことも深追いせん方がええという感じ。


 うちのお寺、如来寺は、うちと留美ちゃんを引き受けてくれるだけの、いろんな意味での大きさがある。




 ナマンダブ ナマンダブ ナマンダブ




 登校前には本堂の阿弥陀さんに手を合わせる。


 ナマンダブのお念仏は三回だけ。特に決まりがあるわけやないねんけど、一回じゃそっけない、二回でも頼りない。四回は多すぎる感じで、三回に落ち着いてる。


 こないだまでは詩(ことは)ちゃんと一緒やったけど、大学生になった詩ちゃんとは時間が合わへんので別々。


 その代わりというわけでも無いねんけど、留美ちゃんがいっしょに手を合わせてくれる。


「なんか、留美ちゃんまで習慣になってしもたねえ」


「うん、最初は真似して手を合わせるだけだったけどね」


 ナマンダブのお念仏は簡単やけども、慣れてへんと口に出すのは抵抗があるかもしれへん。なんか、お念仏唱えると、ほんまもんの門徒(信者)になるみたいで抵抗がある。


「単なる挨拶だったんだよね」


「うん、ナマンダブは『南無阿弥陀仏』で、南無は「もしもし」の呼びかけ」


「サンスクリット語の『ナーム』なんだよね」


 留美ちゃんは賢いからサンスクリット語いうとこに値打ちを感じてるみたい。


「うん、呼びかけにもなるし、気分次第で『おはよう』『ただいま』『ありがとう』『ごめんなさい』『おやすみ』、なんでもありの万能語」


「フフ」


 小さく笑っただけやけど、留美ちゃんの気持ちが落ち着いてることの現れやさかい、うちも嬉しい。


 で、登校前になにをグズグズしてんのかというと、今日は登校時間が二時間遅い。


 電気設備の故障の修理で始業が十時半になったから。


 安泰中学がいかにボロかということやねんけど、堺市で、うちの学校だけがゆっくりやいうのんは、得した気ぃになる。


「阿弥陀さんだけじゃないんだよね」


「ちょっと、見てみる?」


「え、いいの?」


 お寺の本堂いうのは、内陣と外陣(げじん)で出来てる。


 外陣は檀家さんやらが手を合わさはるとこ。内陣はご本尊の阿弥陀さんらの須弥壇があるとこで、外陣よりも一段高くなってる。時代劇で言うたら、お殿様がお小姓とか侍らせて座ってはるとこ。


「お小姓みたいなものなの?」


 留美ちゃんはご本尊の両脇に興味が湧く。


「ええとね、こっちが聖徳太子」


「え、聖徳太子? なんで?」


「え……なんでやろ?」


 見慣れてるから不思議にも思えへんかったんやけど、なんで、お寺に聖徳太子?


「アハハ、また気いとくわ(*´ω`*)」


「こっちは?」


「あ、ここの歴代住職」


「立派なお坊様だったのねえ」


「いや、それほどでも……」


 一種の系図みたいなもんやねんけど、初代から数えて十二人の坊主の名前が肖像付きで掛け軸になってる。見かけは大名の家系図(社会の資料集とかに載ってるやつ)みたいやけど、お寺では普通にある。




 お早うございます!




 急に声が掛かって、留美ちゃんともどもビックリする。


「あ、銀之介!」


「本堂のほうだって、聞いたもんですから」


「あがって、あがって、荷物はこっちのほうやから」


「はい」


 唯一の一年生部員夏目銀之助。


 ここのとこ部活どころやなかったんで、みなさんにはご無沙汰やった子ぉです。


 学校の部室も充実させならあかんので、急きょ荷物の一部を学校に持っていくことになったんです。


 本格的な春を目前に、わたしらの周囲は少しずつ変化し始めてるみたいです。

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