第174話『残念さんの念!』


せやさかい・174


『残念さんの念!』頼子    






 日本の若者は優しい表現が好きだ……と思うのよ。




 思うのよって言うのは、わたしは、まだ十六歳の高校生だし、生まれてこのかた大阪の堺という狭い空間でしか生きてこなかったし、流れる血の半分はヤマセンブルグだからなのかもしれない。


 斜め上の発想とか言うじゃない。


「あいつの考えは斜め上」とか「斜め上の思い込み」「斜め上の発想」とかね。これって、見当はずれで全然ダメってことと同じだと思うんだけど、斜め上って表現することで緩くしてるんだよね。


 生温かい目で見守るって表現。暖かい目で見守るのモジリ。


 ぶっちゃけ『見放す』とか、『軽蔑』と言うか否定的に人の事を見ることなんで、かなりハッキリした否定の言葉なんだけど、生温かいって言うと、全否定しない、どこか許してる、あるいは許す可能性を秘めた言い回しで、言う方も言われた方もぶっちゃけ深くは傷つかない。


 あ、ぶっちゃけもそうだよね。


「ぶっちゃけ、ダメだ」「ぶっちゃけ嫌いだ」とか言っても、キツクはならない。古い表現にすると「根本的にダメだ」とか「心底から嫌いだ」って救いようのないことになる。友だちがさ「ぶっちゃけお金ないんだ」って言ったら可愛い感じで「あ、貸してやろうか」って感じになる。どこか気楽な響きがあるでしょ? 「本当のところお金がない」って言われたら「あ……そうなんだ(ー_ー)!!」って感じでシリアスに落ち込んでしまいそうで、ひょっとしたら首でもくくるんじゃないかってビビってしまう。逆の意味もあるよね、「ぶっちゃけ好きなんだ」とかコクられたら、アハハって笑って「ありがとう」って返して「でも、残念なんだけど……」と後の言葉を濁して悟ってちょうだいってことで、とことんのところ相手を傷つけることがない。


 逆に振られたとしたら『絶賛失恋中!』とかね。なんだか緩く感じて、今度会ったらご飯でも奢って慰めてやろうって、友だちは感じてくれる。そんなに痛々しい目では見られない。


 で、残念。


 お地蔵さんの看板が『残念さん』だった。


 お地蔵さんて、街角にチンマリしたお厨子の中に入っていて、とっても優しい感じ。


 ヤマセンブルグには古くから、たぶんキリスト教が伝わる前のローマ帝国のころから妖精が住んでいて、今でも森や林を縦貫している道路なんかには『妖精の横断に注意!』とかって標識が立っている。


 あの感じに近い。


 そういうことを思いながら、久々に如来寺の本堂で、副住職見習いのテイ兄ちゃんこと諦一さんの前に座っている。


 いつもなら本堂裏の座敷にある安泰中学文芸部の校外部室のコタツに足を突っ込んで、お貸しを摘まんで、お茶を飲みながら和気あいあいの中で聞くんだけどね。


「それは、仏さんの前で話したほうがええなあ」


 いつになく真面目な顔をした諦一さんは、わざわざ墨染めの衣に着替え(この坊さんは、普段はジャージとかスェットとかヒマな大学生みたいなナリをしている)て、ご本尊の阿弥陀さんの前に座った。


 カ~~~~ン カ~~~~ン


 取っ手のとれた大鍋みたいな鐘を鳴らして「ナマンダブ ナマンダブ ナマンダブ……」とお祈りをした。


 最初の鐘でソフィアは身を引き締め、同席してくれた文芸部(さくら、留美、銀之助)も居住まいを正した。


「残念さんいうのはね、大坂の陣やら幕末の戊辰戦争で恨みを残して死んでいったお侍さんの……たいていは首を祀ったとこや」


 え……(;゚Д゚)?


「つまり、怨念を残して逝かはった……残念の念は『怨念』の念やなあ」


「ONNEN…………オー! Grudge(グラッジ)!?」


 スマホで検索したソフィアが怖気をふるった。


 


 

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