第37話『佐伯さんのお婆ちゃん・3』 

せやさかい・037

『佐伯さんのお婆ちゃん・3』 



 パラレルワールドかと思た。


 必死のパッチで帰ったら、葬式の様子がまるであれへん。

 佐伯のお婆ちゃんは付き合いの多い人やったんか、昨夜のお通夜は人でいっぱいやった。

 檀家さんやら町会の人らも手伝いに来てはったけど、わたしも、けっこう手伝うた。

 お茶を出したり、駐車場の案内に行ったり、履物をそろえたり、子守をしたり(参列者のお子さんやらお孫さん)。非力なわたしやけど、ちょっとは役に立ったかいう感じ。

 お通夜でも、あれだけ忙しかったんやから、お葬式はもっと大変やろと思て、そやから必死のパッチで帰ってきたわけ。

 ところが、角を曲がって山門が見えてくると、いつもの感じになってる。

 受付のテントもあれへんし、葬儀の看板も樒平(しきび)やら献花の列もあれへん。山門に入ると、境内はまったくの日常。

 葬儀の邪魔になるいうんでどけといた自転車も定位置に戻ってるし、うちの境内を休憩場所にしてるなんたらいう小鳥も、いつもの桜の枝に羽を休めてる。

 まるで、佐伯のお婆ちゃんが亡くなってないパラレルワールドに迷い込んでしもたみたい。本堂から出てきたおばちゃんも普通に「おかえり」言うし。

「あの……お葬式は?」

「え?」

 伯母ちゃんは——この子はなに言うてんのん?——いう顔になった。

 いよいよパラレルワールドか!?

 これは、手ごろな階段見つけてジャンプせなあかんか?

 ほら、アニメの『時をかける少女』で、主人公のまことが、そうやってタイムリープするやんか!

「とっくに終わったわよ」

 伯母ちゃんの返事はパラレルワールドを否定するもんやったけど、さらに分からへんようになった。

 あれだけのお葬式、道具やら人やらはどこに行ったんや?

「籠国さんはプロやからね、二十分もあったら完全に元通りにしていくんよ」

「はあ、そうなんや……」

「あ、ひょっとして、手伝おとか思て急いで帰ってきてくれたん?」

「あ、あははは……」

「お通夜では、ずいぶんがんばってくれたもんね。あ、本堂にお骨収めたあるから、よかったらお線香の一本もあげてくれる」

「は、はい!」


 本堂に上がると、ご内陣の前の経机に置かれた真新しい骨箱が目に入った。


 正座して手を合わせて、お線香をあげる。

 習うたお作法通り、線香は三つに折って、横向きに並べる。浄土真宗独特のお作法で、理由は倒れた線香が火事の原因にならんための火の用心からやとか。

 骨箱の横には真新しい白木の仮位牌。

 ちなみに、浄土真宗に位牌は無いんです。過去帳に法名を書いておしまい。お葬式なんかでは、無いと頼りないんで、白木の仮位牌に書いておく。まあ、会社で社員が首からぶら下げてるIDみたいなもんや……というのは、昨夜てい兄ちゃんが教えてくれたこと。

 で、その仮位牌には、お祖父ちゃんの筆で、こう書いたった。


 釈 良袋   俗名 佐伯 法子


 良袋……りょうふくろ? なんて読むんやろ?

「りょうたいて読むのんよ」

 はっきりと、でも、不機嫌そうな声が聞こえた。




 ☆・・主な登場人物・・☆


•酒井 さくら      この物語の主人公 安泰中学一年 

•酒井 歌        さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。

•酒井 諦観       さくらの祖父 如来寺の隠居

•酒井 諦一       さくらの従兄 如来寺の新米坊主

•酒井 詩        さくらの従姉 聖真理愛女学院高校二年生

•酒井 美保       さくらの義理の伯母 諦一 詩の母

•榊原留美        さくらの同級生

•夕陽丘・スミス・頼子  文芸部部長

•瀬田と田中(男)       クラスメート

•田中さん(女)        クラスメート フルネームは田中真子

•菅井先生        担任

•春日先生        学年主任

•米屋のお婆ちゃん

•佐伯さんのお祖母ちゃん 釋良袋(法名) 法子(俗名)

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