第28話『田中さん!?』
せやさかい・028
『田中さん!?』
もう三日ですけど。
それだけで通じた。
「分かってる、先生らにも考えがあるんや」
目ぇも合わせんと、吐き捨てるように言うて、菅ちゃんは職員室の方に入ってしもた。
鈍感で無神経な担任やけど、田中さんの事はヤバイと思てるんや。
ハーーー
ため息一つついて回れ右、階段の陰から留美ちゃんの顔が右半分だけ覗いてる。
「頼りない先生だね……」
階段のとこまでいくと全身を現わした留美ちゃんがこぼす。留美ちゃんが、こんなにハッキリ人を、それも先生を、それも担任をけなすのは初めてや。それだけ、菅ちゃんも学校もドンクサイいうことやねんけど。それ以上の事を言うたりやったりする頭は自分にもない。田中さんの家まで行ってみよいう気ぃはあんねんけど、行ってどないすんねん? 会えたら何を言うたげんねん? そない思うと、菅ちゃんに――どないなってますのん?――と聞くしか才覚のないことに気づく。
「今日は25メートルだよ」
「ゲ!?」
切り替えた留美ちゃんの一言で差し迫った現実に引き戻される。
三時間目はプールや。
実は、今日から中学初めてのプールなんやけど、体育の磯野先生はこない言うた。
「まず、25メートル泳いでもらう。25メートルの泳ぎっぷりで三つの班に分ける。うまい班と苦手班と金槌班や。金槌班は泳げるようになるまで先生が教える。うまいと苦手は、とりあえず指示だけ。学期末には記録をとるから、せいだい励め」
磯野先生の指導は手取り足取りだよ~。 卒業生である詩(ことは)ちゃんは、そういうて眉をひそめた。
正直、水泳は苦手や。
25メートルなんて無理無理無理! だいたい水着なんて裸も同然。なんで、学校の授業で裸を晒さなあかんねん!
「わたしらのころは、プールに遅刻したら水着のままグラウンド走らされたなあ」
めずらしく晩御飯を一緒に食べたお母さんが言う。
「お母さん、水着で走ったん!?」
「うん、一回だけ」
ズボラなお母さんにしては少ない。
「いやあ、わたしが水着で走ると、校舎の窓に男子が鈴なりになってねえ。これでは授業になれへんと先生らから文句が出て、中止になったんよ。アハハハ」
ただのオチョクリやねんけど、思春期の女子中学生をブルーにするのには十分すぎる。
「酒井、おまえは金槌班!」
磯野先生に宣告されてしもた。
それからは、ひたすらブルーの酒井さくら。申し訳ないけど、田中さんの事も頭から飛んでしもた。
そして、今日は朝の一時間目から水泳の授業おおおおおおおおおお!
休まんと学校行っただけで、国民栄誉賞もろてもええと思う!
そんで仮病もつかわんと水泳の授業受けたんはノーベル賞や!
その水泳の授業に、田中さんが出てる!
もともと体育系女子の田中さんは、スク水着せると中一とは思えんくらいにイカシテル!
「金槌組が多すぎ(二クラスで十八人)て、先生の手ぇが回らへん。今から言う泳げる班はアシストしてやってくれ」
先生は、水泳部のAさんと田中さんを指名した。金槌組には特にドンクサイのが三人おって、一人は見学してるんで、残る二人をAさんと田中さんがもつことになった。
「じゃ、みっちりやるからね!」
ビビりまくりのあたしの前に立って、田中さんは宣言するのであった。
げ、元気そうでええねんけど、あの、外階段から飛び降りようとした田中さんは、どこに行った~ん!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます