第16話『世界遺産決定!』 

せやさかい・016

『世界遺産決定!』 




 一時間目は授業になれへんかった。

 百年に一回あるかないかのビッグニュースがあったから!


 堺の誇り『仁徳天皇陵』が世界遺産になったんや!!


 正確にはユネスコの諮問機関いうとこが勧告したんやそうで、アゼルバイジャンいうとこで開かれるユネスコ世界遺産委員会というとこで正式決定らしいねんけど、もう決まったんも同然!


 そう解説してくれたんが春日先生。一時間目の理科の時間をまるまる使って説明してくれはった。

「先生くらいの世代は『ごりょうさん』て呼ぶ方がしっくりくる。最寄りのバス停も『御陵前』ていうしなあ。むろん仁徳天皇陵でもかめへん。とにかく、大阪で初めての世界文化遺産や! ほんまに目出度い!」

 春日先生は学年主任でもあるせいか、普段はゆっくり落ち着いて喋らはる。うちに菅ちゃん連れて家庭訪問に来た時もそうやった。


 それが、盆と正月が一緒に来て宝くじで一等あてたくらいにエキサイトしてる。


「先月は年号が変わって大興奮やったけど、今度の世界遺産も負けず劣らず。いや、堺市民にとっては、こっちの方が興奮するなあ。君らも思えへんか!?」

 先生の話がうまいのんか、みんなも思てるからか、いつもの十倍くらいは集中してる。

「いつも、これくらい授業に熱中してくれたらええねんけどな」

 期せずしてみんなが笑う、先生も笑う。なんや幸せな気持ちになってきた。

「ところで、仁徳天皇陵には誰が葬られてる、田中?」

 掃除当番仲間でサッカー部の田中があてられた。

「え、えーーーーと……」

 うそ……こいつアホちゃうか? そんな空気が教室に満ちる。

「仁徳天皇陵やぞ、仁徳天皇陵!」

「え……」

 アホちゃうかやねんけど、教室の空気は暖かい。

 世界遺産ノミネートいう目出度い話やからか、先生がつくる空気の柔らかさからか、田中のアホをいたぶる空気はない。

「仁徳天皇陵いうたら、仁徳天皇さんが葬られてんのに決まってるやろがあ」

「あ、あ、仁徳天皇はつくった人やと思てた」

「そうかそうか、カスってはいてたんやな。ほな、仁徳天皇さんは、なにした人や?」


 みんな詰まってしもた。


「知らんのんか? 歌にもあるやろが」

「仁徳天皇の歌ですか?」

 留美ちゃんが身を乗り出す。

「いまから聴かしたる、よう聴いとけ」

 先生はベートーベンの『運命』を歌うようにポーズを決めた。


 高津の宮の昔より よよの栄を重ねきて 🎵

 民のかまどに立つ煙 にぎわいまさる 大阪市 にぎわいまさる 大阪市 🎵


 パチパチパチパチ


 拍手が起こる中、留美ちゃんが呟く「それ、大阪市歌」。一瞬間が開いて教室は笑いに包まれる。先生もいっしょになって笑い出す。

「アハハ、仁徳さんの時代は大阪市も堺市も区別なかったからなあ。で、分かったか?」

 すると、同じ掃除当番仲間の瀬田が手ぇあげよった

「高津の宮から街を見たら米炊く煙が少ないんで、これは民が貧しいということで三年の税を猶予したいう話です」

「おお、すごい! 大正解や! 瀬田に拍手ううう!」


 パチパチパチパチ


 てな調子で一時間目がハートフルに終わった。


「ねえ、仁徳天皇陵見にいこうよ!」

 頼子さんが言い出して、放課後の部活は急きょお出かけになる。留美ちゃんが「今日は自転車間に合わない」と言ったけど、歩いてでも行こうということになり、四十五分かけて仁徳天皇陵におもむく。


 自転車だとヘゲヘゲになったけど、歩いて行くと平気。

 御陵前はけっこうな人が思い思いに集まってた。もし、自治体で祭日の設定ができるんやったら、間違いなく5月14日は祭日決定やと思いました。





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