第10話『夕陽丘・スミス・頼子』
せやさかい・010
『夕陽丘・スミス・頼子』
夕陽丘・スミス・頼子さんというらしい。
らしいというのんは、わたしのビックリぶりを現わしてる。
同年配の外人さんを、学年上とはいえ、同じ学校の生徒として見るのは初めてなんです!
せやさかい、頭のどこかが受け止められんくて「らしい」てな言い回しになる。
「エディンバラから帰ってくるのが遅れて、学校はきのうからなの」
「エ……エジン?」
「エディンバラ、イギリスの北の方で、お父さんの実家があって、お母さんは日本人なんだけど、ミテクレはお父さんの血が勝ってて、こんなだけど、中身は日本人。いちおう三年生だから、夕陽丘さんとか頼子先輩とかが呼びやすいと思う」
「「は……はあ」」
好奇の目で見られることが多いんやろか、十秒ほどの自己紹介は手馴れてる感じや。
「あなたたちは?」
「あ、はい! 一年一組の酒井さくらです。平がなのさくらです!」
「素敵な名前ね、この季節にピッタリ! あなたは?」
「え、えと……榊原留美です。クラスは同じ一年一組、留美は……こんな字です」
榊原さんは生徒手帳を出して頼子先輩に示した。
「素敵ね、美しさが留まる!」
「いえ、そんな……」
「お茶淹れるわ、ゆっくりしてってね」
「あ、お構いなく」
反射的なお愛想が出る。榊原さんは頬っぺたを赤くして俯いてしまう。
「ワン フォー ユウー ワン フォー ミー ワン フォー ザ ポット」
なんか呪文みたいなん唱えながらポットにお茶ッ葉を入れる頼子先輩。榊原さんがガバっと顔をあげる。
「それ、紅茶を入れるときのお呪いですよね!」
「そうよ、よく知ってるわね?」
「小説で読みました! たしか、シャーロックホームズです!」
「そうね、他にもいろんな文学作品に出てくるわね、わたしは紅茶屋さんの陰謀だと思ってる」
なるほど、ポットの分だけ消費量が増えるもんね。
でも、淹れてもらった紅茶は本当に美味しかった。美味しがりながらも、生徒が勝手お湯沸かしてお茶淹れてええのんかと思たけど、突っ込みません。
「文芸部って看板だけど、サロンみたいなもんだと思って。放課後のひと時を、気の合った仲間とゆったり過ごすための部活。ま、たまには本の話もね、しないこともない。他の部活と兼ねてくれてもいいのよ」
「いえ、入部します!」
榊原さんはキッパリと宣言した。
「ありがとう、酒井さんは?」
どないしょ……思ったら、横から榊原さんの強力視線。ま、こういうもんは直観やなあ。
「はい、わたしもお願いします」
「「ヤッター!」」
仕組んでたんとちゃうかいうくらい、頼子先輩と榊原さんの声が揃う。
パチパチパチパチ(^▽^)/
なんや、三人で拍手になったあと、頼子先輩は廊下に出て文芸部の看板を外してしまった。
「なんで外すんですか?」
「三人いたら十分よ。部活成立の要件は『部員三人以上』だしね」
なるほど、そういうもんか……と、納得。
それから、お互いの呼び方を決める。
「名前は、ティーカップの取っ手と同じ。気持ちのいいものじゃないと、呼ぶ方も呼ばれる方にも」
そう言えば、いま飲んでる紅茶のティーカップは手にしっくりきてる。
「じゃ、榊原さんは留美ちゃん。酒井さんはさくらちん?」
「あ、さくらでけっこうです。家でもそうやから」
「そうね、じゃ、さくら」
「はい!」
「わたしのことは、どう呼んでくれる?」
どうもなにも、さっき指定された。
「「頼子先輩」」
「ちょっと長いかなあ……七音節だよ」
って、自分で指定したと思うんですけど。
「頼子さんにしてくれる? 苗字の夕陽丘も長すぎるから」
「「はい」」
ヨッチーいうのんも頭に浮かんだけど、却下されるに違いないので言わへん。
それにしても、うちの「さくら」は、敬称の似合わん名前やなあ(^_^;)。
「安泰中学の部活って、五人が最低やよ」
家に帰ってコトハちゃんに言うと、部活の最低人数は五人だと否定された。
「そやかて……」
生徒手帳をめくってみると――部活は三人以上をもって成立する――と書いてある。
「あれーー?」
不思議に思ったコトハちゃんは引き出しから自分の生徒手帳を出した。
「中学のん、まだ持ってるのん!?」
「うん、書き込みとかしてるしね、とっとくにはええ大きさやし……ほら、二年前のは五人になってる!」
「やあ、ほんまやわ!」
明くる日学校に行って分かった。
去年、頼子先輩が提案して部活成立要件を三人に改正させたそうやった。
なんや、頼子先輩は、いや頼子さんはスゴイ人のようですわ……。
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