呪われた宝珠 七 晩餐会

「ところで本題です。

 逃げたオークはどうなりました?」

 サイードの態度が改まった。


 ユニは背中の背嚢を降ろし、中から油紙の包みを取り出してサイードに渡す。

 彼が包みを開けて中を確認するのを待って、ユニは前日の出来事を話した。


「オークが首を吊っていたですと!」

 さすがにサイードも驚いたようだった。

「仕掛けられていた罠といい、敵の呪術師はいよいよ只者ではないようですな……。

 さて、これは困りました――」


 考え込むサイードに構わず、ユニは話しかける。

「サイードさん。これで私は依頼を完了したと考えますが、よろしいですか?」

 隊商のおさは我に返る。

「えっ? あ、ああ、失礼。

 もちろんですとも」

 彼はテーブルに置いてあった手文庫の引き出しを開け、中から革袋を取り出した。


「これを――。

 ご確認ください。約束の成功報酬も入っております」

 ユニは少し躊躇ためらった上で尋ねる。

「サイードさんはこれからどうされるのですか?」


「大公国の首都に向かいます。

 王国で仕入れた商品を売りさばかねばなりませんからな。

 それから――普段なら南東の沿岸諸国で海外からの渡来品を仕入れて戻ってくるのですが……。

 正直、私を狙う呪術師というのが気になって、あまり気が進まないのです」


「当然でしょうね」

 ユニもうなずく。自分の命を狙う呪術師がいて、しかも大物っぽい。

 安心して商売に身を入れろという方が無理と言うものだ。


「そこで、ですが――」

 サイードはユニの目を見て切り出す。


「どうでしょう、ユニさん。

 新しい依頼を請けてもらえないでしょうか?

 私は首都で商売をしてから、こちらに戻って来るつもりです。

 およそ二週間といったところでしょうか。

 それまで私を狙う呪術師について、何か情報を掴んでほしいのです」


 ユニは困惑した。

「しかし――。

 私はこの国が初めてで、右も左もわかりませんし知り合いもいません。

 そうした探索は苦手ではありませんが、ここでは少し難しいかと……」


「それはそうでしょう。

 ですが、あなたとマリウスさんならば、何かを掴めるのではないか――これは私の勘ですが、そんな気がするのです。

 もちろん空振りに終わったとしても、相応の日当をお支払いします。

 そして掴んだ情報の重要度に合わせた成功報酬もお約束します」

 そう言いながら、サイードはちらりとマリウスに視線を走らせた。


「いいじゃないですか」

 マリウスがにこにこしながら口を開いた。

「ユニさんには晩餐会が待っていますし、僕も初めての国を見物したいですから。

 ついでにちょっと調べてみるくらい、やってみましょうよ」


 ユニは小さく溜め息をついた。

「あんたねぇ……そう簡単に引き受けられる仕事じゃないのよ。

 それに晩餐会だって――」


 ユニは突然、ひらめいたようにサイードに尋ねる。

「市長の晩餐会って、私が主賓ってことになりますよね?」

「当然ですな」

「ほかにどんな人たちが招待されるんでしょうか?」

「はて……。

 まぁ、レリンの名士と呼ばれる主だった方々は当然として、王国の召喚術に興味を持つ者は何とかしてユニさんに会いたがるでしょうな」


「興味を持つ人って……例えば?」

「この街は国境に近いですから、それなりの規模の軍が駐留しております。

 召喚士も何人かいるはずですから、彼らはまず招待されるでしょうし、軍の幹部連中も興味津々でしょう」


「なるほど……」

 ユニは考え込む。

 その顔をマリウスがにやにやしながら覗き込んだ。

「あはっ、やる気になりましたね?」


 ユニはにやりと笑った。

「まぁね……」

 ついでにごついブーツの蹴りも飛んできた。


      *       *


「なんじゃ、これはーーーーっ!」

 ユニの泊まっている部屋から叫び声があがった。

 隣りの部屋のマリウスが慌てて出てきて扉をせわしなくノックする。

「ユニさんどうしました! 何事ですか!

 開けますよ! いいですね?」


 返事も待たずにマリウスはユニの部屋に飛び込んだ。

 内側から鍵をかけていないのが、ズボラなユニらしい。


「わっ! バカっ、見るなっ!」

 前かがみになって胸を押さえたまま、ユニが振り返って叫ぶ。


 ベッドの上にユニの普段着が脱ぎ散らかしてあり、部屋の中央には大きな姿見が置かれている。

 その前に立つユニは、ドレスを着こんでいた。

 どうやら晩餐会用の衣装の試着をしていたらしい。


「これはこれは……いや、なんとも……」

 マリウスは感心したようにユニの姿を見つめている。

 ユニは彼に背を向けていたが、大きな鏡に前が映っているので何の意味もない。


 濃い紫色のロングドレスは艶やかな光沢があるベルベット地で、色白のユニによく似合っていた。

 マリウスに向けられた背中は腰の上あたりまで大きく露出している。

 鏡に映る前の方は、ユニが手で隠すのが無駄な抵抗だと思えるほど、胸に深い切れ込みがあり、かろうじてリボンが布地をつなぎ留めて乳房の露出を防いでいた。


「どうしたんですか? よくお似合いですよ」

 マリウスは素直に感心しているのだが、ユニには伝わらないようだ。

 腰の〝えくぼ〟まで見えている背中の方がよほど恥ずかしいということに気づいたユニが、やっと振り返った。


「どどどどどど、どうしよう……!

 ドレスを貸してもらったのはいいけど、何なのよ、この肌の露出は!」

「何って言われても……。イブニングドレスって、そういうものですよ?」

「そっ、……そうなの?」


 ユニは疑いながらも少しずつ落ち着いてきた。

「届いたのって、これとアクセサリーと靴でしょ。あと、手袋とバッグなんだけど……。

 ボレロ(丈の短い前開きの上着)とか借りられないのかしら?」


「え~、駄目ですよぉ。それはダサいです!」

 マリウスは言下に否定した。

「だってぇ、肩とか丸出しだし……」

 なおも食い下がるユニに彼は再度の駄目出しをする。


「あのですねぇ、せっかくのイブニングドレスなのに肌を隠したら意味がないでしょう?

 そんなことをしたら、田舎娘だって笑われますよ。

 みんな同じような格好をするんですから、堂々としてればいいんですよ。

 エスコートするのは僕なんですから、恥をかかせないでください」


      *       *


 門衛が予告したとおり、ユニたちがレリン市に到着した翌日には、宿に正式な晩餐会の招待が届いた。

 サイードは約束を果たし、知り合いの商人にパーティー用の衣装一式を届けさせてくれた(色紙も八十枚ほど届いた)。


 晩餐会はその翌日の夜の予定で、当日は着付けや化粧などの手伝いの女性も来てくれることになっていたが、ユニも女性である。

 届いたドレスを試着してみたくなったとしても責められないだろう。


 マリウスはユニの付き人という触れ込みで、彼女をエスコートすることになっていたが、彼はまったく動じていない。

 一方のユニは、晩餐会などは初めての経験で、死んでしまうのではと思うほどにあがっていた。

 その日一日を費やして、ユニはマリウス先生のマナー講座の生徒となっていたのだ。


      *       *


 そして当日の夜、宿に迎えの馬車が横付けされると、ユニは覚悟を決め、マリウスに手を取られて部屋を出た。

 豪華なイブニングドレスとアクセサリーに身を包み、少し濃いめの化粧と結い上げられた髪形の(手伝いに来てくれた女性の労作)ユニは美しかった。

 宿の従業員や、他の宿泊客たちは溜め息を洩らして讃美の視線を贈ってくれる。


 馬車に乗り込むと、軽やかな車輪の音を立てて馬は市庁舎に近い迎賓館に向かった。

 駐車場にはすでに多くの馬車が停まっており、そのどれもが豪華なものだった。


 ちなみにライガはここでお留守番である。

 ユニはマリウスのリードに任せ、自分はただひたすら「姿勢をよく! 顔を上げる! 胸を張る!」と呪文のように繰り返していた。


 会場に入ると、あらかじめユニの到着が告げられていたのだろう、ホストである市長夫妻が駆け寄り、抱きかかえるようにユニたちを上座に案内する。

 かなり広い会場ではあるが、客は百人近くもいただろう。

 マリウスが言うとおり、女性たちはみな肩を出し、胸元と背中を大きく開けたドレスを身に着けていた。


 お偉いさんの長々とした挨拶が数人続き何度か乾杯が繰り返された後、正餐が提供される。

 食事の間は勝手に席は立てないが、それが終わるとやっと場が和み、人びとは飲み物を片手にホールに出てお喋りに興じることができる。

 

 主賓のユニはあっという間に人びとに取り囲まれる。

 貴族や軍人の中には冷ややかな目をした者もいたが、総じて温かい歓迎ぶりだった。


 ユニが王国の召喚士であり、辺境でオーク狩りの名手として名を馳せていることは、すでに彼らの間に広まっているようだった。

 自然と話は彼女の幻獣や、オーク狩りの話となる。

 ユニは如才なく受け答えしていたが、一人の軍人風の男(冷たい目をしていた一人)が、酒に酔ったのか彼女に絡んできた。


「辺境でオークを狩るのもいいだろうが、我が国では召喚士といえば軍に奉職して日々国のために尽くしている。

 貴国ではつい先日、帝国と一戦交えたと言うではないか。

 戦場で活躍してこその召喚士ではないのかな?」


 失礼な言い方に周囲の人たちは眉をひそめたが、表だって男に抗議する者はいない。

 ユニは事もなげに答えた。

「そうですね、やはり国家召喚士の幻獣は凄まじい威力でしたね。

 私のオオカミたちも頑張ってくれましたが、何頭かは負傷しましたから……。

 でも、召喚士だけでなく、一般兵だって命をかけて戦ったんですよ」


 その場がしんと静まり返った。

 ユニは何か場違いなことを言ったのだろうかと不安になって、あたりを見回した。


 さきほどの軍人の表情が一変していた。赤ら顔が青ざめ、すっかり真面目な顔になっている。

「ま……、まて。そなた今何と言った?

 まるで、その……黒龍野会戦に参加したような物言いだが……」


「ええ、従軍しましたけど……それが何か?」

 ユニが応えるやいなや、どよめきが起こった。

 人びとはユニに詰め寄り、口々に質問を投げかける。


 騒ぎに気付いた客たちは、何ごとかと集まってくる。

 そこへ、ユニの側にいた一人が叫ぶ。

「おい、こちらの召喚士様は黒龍野会戦で戦ったそうだぞ!」


 会場はユニを取り囲む人の波で、ちょっとしたパニックになった。

 ついには警備の兵士が割って入り、ユニを人ごみから救出しなければならなかった。


 王国と帝国が戦った黒龍野会戦には、王国と軍事同盟を結ぶ大公国でも強い関心を寄せていた。

 彼らが見たこともない「魔法」を操る帝国の魔導士と、王国の国家召喚士が戦ったのだ。

 しかも、噂では四神獣のウエマクまでもが戦い、帝国に大打撃を与えたという。


 友好国である王国からは、紛争の概略は知らされてきたものの、その詳しい内容は一切わからない。

 大公国の人たちからしたら、黒龍野会戦に参戦した召喚士の話こそ、今もっとも聞きたいものだったのだ。


 もみくちゃにされたユニに、ホストである市長は気の毒なほど詫びてくれた。

 そして、ユニを一段高い演壇に上げ、押し寄せる人たちに自分が指名したものにだけ質問を許す。

 それ以外の者は口を閉じ、ユニの話を聞くようにと申し渡した。

 要するに臨時の記者会見である。


      *       *


「あなたは軍のどの部隊でどのような役割をしたのですか?」

 最初に市長から指名された若い貴族が訊ねる。

「始めにお断りしますが、軍事機密に触れることはお話しできません。

 私が戦いで何をしたかも、軍機に属します。ごめんなさい。

 私が参加したのは第四軍の応援部隊ですね」


「第四軍って、あのアスカ・ノートン大佐のですか?」

 若い貴族は驚いて叫んだ。

「ええ、もともと私はアスカの客分という形で参戦したので」


 会場はさらなるどよめきに包まれた。

 アスカの名は〝黒龍野会戦の英雄〟として、大公国まで聞こえていたのだ。


「大佐がたった一人で帝国の魔導士を切り伏せ突破口を開いたというのは本当ですか?」

「どうやって魔法攻撃を防いだのですか?」

「大佐は負傷したと聞いたが容態はどうなのだ?」


 次々に浴びせられる質問だが、軍機に触れる部分が多くユニは答えに窮してしまった。

「アスカが突破口を開いたというのは事実なのですが、あまり詳しい話はできないのです。

 怪我の方はもうすっかり元に戻って元気ですが……。

 帝国軍が撤退したのは黒蛇ウエマクの力によるところが大きいのですが、それも話すことを禁じられています。

 マグス大佐の爆裂魔法についてもです」


 そこでまた、新たなどよめきが起きる。

「魔導士様は、あの爆炎の魔女を見たのですか……?

 では、第四軍が爆裂魔法を防いだという現場にもいたのですね!」


「マグス大佐のことは知っていますし、間近で会って話をしたこともありますが。それ以上のことは何も言えません」


 一時間近くユニはさまざまな質問に答え続けたが、その多くは軍機に触れることであった。

 こう「言えません、軍機です」と繰り返したのでは、群がっている人々の怒りを買うのではないかと心配になったが、そのようなことはなかった。

 やがてユニは気がついた。


 彼らはかなりのことを知っているのだ。

 恐らく〝噂〟という形で多くの情報をすでに手に入れていたのだろう。


 人びとの質問内容はさまざまだが、荒唐無稽なものも混じっていて、それについてはユニはきっぱりと否定した。

 つまり、ユニが軍機だと言って答えを拒否した質問は真実に近く、否定した場合は誤った情報である。

 そうやって彼らは噂の真偽を確認しているのだろう。


      *       *


 どうにか〝記者会見〟が終わると、市長はこれ以上黒龍野会戦に関した質問をユニにしないことを、その場の客たちに誓わせた。

 おかげでユニの周囲の人だかりは依然として多いものの、身動きが取れないようなことはなくなった。


 しかし、ずっと喋り続けていたユニは喉が乾いていたし、だいぶ疲労を感じていたので、彼らに断ってバルコニーに出て一人夜風に当たって休むことにした。


 そこへ一人の男が近寄ってくる。

 ユニはやれやれと思いながら「少し疲れているので……」と断ろうとしたが、ふとその人物が始めに絡んできた男だと気がついた。

 少し警戒して身構えていると、男は少し困った顔をしながらいきなり片膝をついた。


「先ほどは失礼なことを言ってしまった。

 どうか私の無礼を許していただきたい」

 片膝をつき、胸に手を当てた正式の謝罪に、ユニは慌ててしまった。


「おおお、お立ちください。

 あたし――いえ、私は何も気にしてませんから!

 殿方がそのように簡単に膝をつくものではありませんわ」


 男は立ち上がるとにっこりと笑った。

 人懐っこい、いい笑顔だった。


 黒髪には半分ほど白いものが混じっているから壮年――五十代くらいだろうか。

 長身でがっちりした体つきは、いかにも軍人風で、その衣装も軍服のようではあるが、大量生産の制服ではなく、上質な生地を使った仕立てのよいものだと見て取れた。


「いや、本当に済まなかった。

 実は前にも王国の召喚士と会って話を聞いたことがあるのだが、王国の召喚術をやたらに自慢する男だったのだ。

 それはよいのだが、わが国の召喚士を見下すようなことまで言い出してな。

 自分は辺境でオークを狩る身なのに、軍に身を投じて国に尽くしているわが国の者たちを蔑む道理があってよいはずがない。

 ……それでユニ殿もそうした手合いかと早とちりしてしまったのだ。

 酒が入っていたとはいえ、許されることではない」


「いいのですよ。そうした馬鹿者はどの国にもおりますもの。

 本当に気にしないでください」

 男は安心したように笑った。

「ありがとう。

 いや、そう言えばまだ名乗っていなかったな。これこそ失礼というものだ。

 私はアクセル。まぁ、軍の関係者という奴だ」


 言葉を濁した上にずいぶん簡単な自己紹介だったので、あまり身分を明かしたくないのだな、とユニにも察しがついた。

「ところで、質問攻めにあっていたようだが、喉は乾いておりませんかな?

 何か持ってこさせましょう」


 ユニは少し躊躇ためらったが、思いきって正直に答えた。

「正直に申し上げれば、冷えたビールがあったらどんなにありがたいことかと思いますわ。

 それもグラスではなく、ジョッキに入った奴が」


 アクセルと名乗った男は少し驚いたようだったが、すぐにいたずらっぽい笑顔を浮かべ、片手を上げた。

 彼はすぐに飛んできた給仕の耳に何事かをささやいた。

 そしてユニに対しては片目をつむる。

「お嬢様、しばしお待ちを」


 ユニは微笑みながら先ほど感じていた疑問をただしてみた。

「この国の皆さんは、実は黒龍野会戦のかなりの部分まで知っておられるのではないですか?

 ただ、正式なルートからの情報ではないため、その真偽を確かめたがっている――。

 質問を受けていて、そんな感じを受けたのですが……」


 アクセルは素直に驚いて見せた。

「ほう、只者ではないとは思いましたが、そこまで見抜かれましたか。

 確かにわが国はリスト王国と同盟を結んでおりますが、だからといって全ての情報が手に入るわけではありませんからな。

 ですから、ほしい情報は入手するための努力をする。当然のことでしょう」


 ユニも言われてピンときた。

「なるほど。

 今回、私はサイード氏の隊商の要請で同行したわけですが、彼ら隊商は商品としてそうした情報も扱っているのですね」

「素晴らしい。私は理解の早い女性が好きでしてね――おっと、来たか」


 そこへ給仕が戻ってきた。

 手にした銀のお盆にはやはり銀のクロッシュ(ドーム状の蓋)が被せてある。


 クロッシュを取ると、果たしてそこには泡が溢れんばかりのビールが注がれたジョッキが現れた。

 アクセルが目配せすると、給仕はさっと背後のカーテンを引き、軽く会釈をして下がっていった。


「さすがに人目のあるところで、ジョッキのビールはまずいでしょうからね」

 彼は笑いながらそれをユニに手渡した。


 ユニは優雅なお辞儀をしてジョッキを受け取り、にやりと笑ってから口をつける。

「ごっごっごっごっごっごっごっごっごっごっ……」

 ユニの白い喉元が上下して、冷えたビールが豪快に飲み込まれていく。


「………プッハアァー!」

 口の周りを泡だらけにして、ユニは満足そうに息を吐き出す。

 大きなジョッキからは三分の二のビールが消え失せている。


 アクセルは音を立てずに拍手をして、ユニの飲みっぷりを讃えた。

「ますます気に入った!」

 彼は心から楽しそうだった。


 ユニはもう一息で残りのビールを飲み干した。

 アクセルが指を鳴らすとすぐに先ほどの給仕が現れ、空のジョッキをお盆に受け取るとクロッシュを被せて去っていった。


「よい味のビールでした。堪能しましたわ。

 でも、どうやって冷やしているのですか?」

「気に入られたようでよかった。

 わが国にはいくつか〝風穴〟というものがあるのですが、ご存知ですか?」


「いえ、初めて聞く言葉です」

「でしょうな。

 この国の西側にはかなり高い山脈が連なっていて、その麓にある洞窟にはとても冷たい風が吹くものがあるのです。

 そこで樽ごと冷やして、保冷剤で覆って運んでくるのですよ」


「なるほど……。

 やはりお国には私の知らないことがいろいろあるようですね。

 これも隊商の方に聞いて初めて知ったことなのですが、とても興味深いと思ったのです……」

 そう言うと、ユニはアクセルに近づき、まともに彼の瞳を覗き込んだ。


「力ある呪術師には、どうすれば会えますか?」

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