獣たちの王国 十七 爆炎の魔女

 ユニたちが戻ると村は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 帝国軍の上陸の第一報が伝えられ、迎撃隊が出た後だったからだ。


 バーグルはさっそく村の幹部たちと打ち合わせを始め、ユニとアスカは取り残されたような感じになった。

 取り合えずフェイと合流しようと、二人はバーグルの自宅に向かった。


 村長の家の前では、すでに異変に備えてオオカミたちが集合しており、ジェシカたちと一緒にフェイも待っていた。


「ユニ、どうするつもりだ?」

 アスカにそう尋ねられたユニも頭を抱える。どうにもタイミングが悪すぎるのだ。

 帝国とやり合う気はないが、彼らの動向を見定めずにここで島を離れるというわけにもいかない。


「仕方ないわ。とにかく、どうなるのかは見届ける必要があるわね。

 帝国軍が何をするつもりなのかは確かめましょう。

 できるだけ介入はしない方向でね」

 ユニはそこでひと息置いた。


「ただし、降りかかる火の粉は払うわ」

 アスカはにこりと笑う。

「心得た」


 ユニはオオカミたちに引き続きフェイの護衛を頼んで、状況の把握のためにバーグルを捉まえようとした。

 ちょうどその時、森の奥から伝令役の獣人が息を切らして駆け込んできた。


「伝令ぃぃぃーーーーっ!

 帝国の侵入者は十二名、全員が魔導士の魔導部隊だ!

 弓は効かない。

 イアンとヒアリがやられた!

 現在迎撃隊は監視を続行中、奴らは聖地に向かっていると思われる」

 どこかで女の悲鳴があがった。恐らく犠牲なったという者の身内だろう。


 すぐにバーグルたちが走り寄り、倒れた伝令を抱き起して詳しい事情を聞き出そうとした。

 伝令の伝える情報は限定的なものだったが、状況は最悪だということがわかった。


 バーグルの決断は早かった。

 戦える男たちは全員集結して彼とともに聖地に向かうこと。

 老人と女子どもはあらかじめ決められている隠れ家に避難すること。

 その二点のみ。それは極めて単純で重要な命令だった。


 ユニたちはバーグルに同行を求めた。

 彼は少し難しい顔をして尋ねる。

「それは構わないが、いいのか?

 帝国軍とやりあうことになってはまずいのではないか」


「確かにそうだ。

 こちらから積極的に攻撃するつもりはないが、相手が襲ってきたら正当防衛だ。

 非武装地帯で戦闘を起こしたのは向こうが先なのだから、あまり大ごとにはなるまいよ。


 ――第一、村長むらおさには一宿一飯の恩義がある。

 あの心地よい布団と美味い飯の分働かなくては、奥方に顔向けができんではないか」

 アスカはそう言ってバーグルの背中をどやしつける。

 大柄な獣人よりもさらに頭半分ほど背が高い、全身鎧の女騎士はとても頼もしく見えた。


「あんまりやる気を出さないでね。

 あくまでやむを得ない場合なんだから。

 もっとも、その時には私のオオカミたちも加勢するわ。

 少しは役に立てるでしょう」


 ユニのその言葉には、周囲の獣人たちから「おお!」という歓声が洩れる。

 やはり彼らにとって、ライガたちの存在は特別なものらしかった。


「その代わりお願い、避難する人たちと一緒にフェイを連れて行ってもらえないかしら。

 あの子は危険な目にあわせたくないの」


「無論だ。縁が切れたとはいえ、わが弟の娘だ。

 今は客人でもあるのだ。一族が命に代えて守ろうぞ」

 バーグルが請け負ってくれた。


「それにしても魔導部隊とはやっかいだな……」

 アスカがつぶやく。

「そいつら強いの?」

 ユニはその辺、帝国軍の事情にはうとい。


「王国で言えば国家召喚士に当たる強さだ。

 一部隊で一個軍に匹敵すると言われている」

「ちょっ……。

 そんなのが相手って、無謀じゃないの?」


 ユニの脳裏にアリストアのミノタウロスや、エディスのエウリュアレが見せた暴威が浮かんだ。

 あんな化け物じみたのと同等の力?

 冗談ではない、できるだけ戦闘は回避しなくては……。


「その魔導部隊についてほかに情報はないのか?」

 アスカの問いにバーグルが答える。

「魔導士が使ったのはファイアボールという魔法らしい。

 部隊の指揮官は、以前にこの島を訪れた女魔導士だそうだ。

 だから聖地の場所も知っているということになる」


「名前はわかるのか?」

「確か……マグス大佐と言ったはずだ」


「!」

 アスカの顔に明らかな衝撃が走った。

「なに、アスカ知っているの?」

「名前だけだがな。

 〝爆炎の魔女〟という二つ名を持っている大物だ」


「そうなのか?」

 バーグルも知らなかったらしいが、僻地に孤立して住んでいる獣人としては無理もないことだろう。


「彼女は爆裂魔法という高位魔法のただ一人の使い手だ。

 炎系の魔法に特化した魔導士で、配下がファイアボールを使ったということは、部隊の者たちは彼女の弟子なのだろう」


「その爆裂魔法ってどんな魔法なの、すごいの?」

 ユニがこう尋ねたのには理由がある。

 この時代には火薬がまだ発明されていない。そのため爆発という概念が伝わりにくいのだ。


「要するに火山の噴火が地上で起きるようなものだよ。

 このくらいの島であれば、一瞬で焼け野原にできるはずだ」


「う……」

 ユニもバーグルも言葉を失う。

 圧倒的過ぎて、ますます打つ手がないように思える。


 だが、アスカは意外に明るい表情だった。

「そう悲観することもないぞ。

 爆裂魔法は〝攻城魔法〟と呼ばれるものの一種だ。

 遠距離から敵が立て籠もる城、あるいは野戦で敵の大軍を一掃するための魔法だ」


「いや、それじゃ絶望的じゃない。どこに希望があるのよ?」

 ユニの抗議はもっともに思えた。


「まあ待て、爆裂魔法は単に広範囲を焼き払う魔法じゃないんだ。

 さっきも言ったとおり、あれは火山の噴火のような爆発を伴う魔法なんだ。

 遠距離でこそ安全に使用できる。

 こんな島で使ってみろ、自分たちだってただでは済まないぞ。


 ――第一、奴らの目的は聖地を実験場として手に入れたいってことなんだろう?

 爆裂魔法なんか使ったら、聖地自体が吹き飛んでしまうことになる。

 つまり、ここでは爆炎の魔女の切り札は絵に描いた餅のようなものなのだ」

 

 ユニとバーグルは顔を見合わせた。

「なるほど、そういうことか。

 それなら、そのファイアボール? それさえ何とかすれば勝ち目はあるのね」


 アスカは首を振った。

「そう簡単じゃない。

 ファイアボール自体、高位魔法で高い威力がある。

 おまけに術者の意志で操れるから、狙った敵を追尾できるのだ。

 必中魔法だと言っていい。

 獣人たちやユニのオオカミたちにはやっかいな相手であることに変わりはない。

 難しいかもしれないが、話し合いでどうにかできないか試みるしかないだろうな」


 それができるなら……とは、そこにいたすべての者たちの思いだったが、そう言わざるを得ない状況が現実だった。


 とにかく、ここで悩んでいても何の解決にもならない、バーグルは村の男たちを、ユニとアスカはオオカミたちを引き連れて聖地へと向かった。

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