学院の七不思議 九 リデル
その夜、ユニの部屋をリデルが訪ねてきた。
引きこもりがちなプリシラを除くと、彼女が最後の訪問者である。
リデルは小柄な子で、十五歳と言われてもにわかには信じがたいような幼い顔立ちをしていた。
髪は金髪で、ゆるいウェーブがついて背中を覆い隠すほど長い。
今までの生徒たちの話によれば、彼女はプリシラのグループから仲間はずれにされていたそうだ。
そして、プリシラが〝笑う人魂〟を見たというメッセージを発見したのも彼女だという。
ユニとしては「来たか!」という感じで、今回の事態がいずれかの方向に動き出すだろう、という期待を抱かざるを得なかった。
ところが、案に相違して彼女の相談(というより質問)は、オオカミたちについてであった。
「ユニ先生が召喚した幻獣って、そこにいるオオカミさんですよね?」
「そうよ。ライガっていうの」
「そうですか……ライガ、よろしくね」
リデルがかわいらしい笑顔で挨拶をすると、ライガは目を閉じたままだがばっさばっさと尻尾を振って応えた。
……こいつ、男の子たちが来た時とあからさまに態度が違うわね!
ユニがムッとしていることには気づかずに、リデルは質問を続ける。
「今日の演習でオーク(人間だが)を狩りたてていたオオカミたちも、先生が召喚したんですか?」
「ああ、あの子たちは違うの。
昼間は詳しく説明しなかったけど、あれはライガが呼んじゃったのよ」
「呼んだ?」
「そう。
もっともライガは意識してやったわけじゃないらしいけど。
オオカミって、群れが一つの家族でね。個と群れの意識の境目があいまいなのよ。
ライガにとっては自分が完全な自分であるためには群れの存在が不可欠なの。
それで自分がいた世界から群れのみんなを呼んじゃったのね。
珍しいけど、群れの絆の強い幻獣にはたまに起こる現象らしいわよ」
「では、ユニ先生は群れのオオカミたちとは契約を結んでいないわけですよね」
「そうよ」
「それなのにオオカミたちと意志が通じるのですか?
今日の演習を見ていた限り、オオカミたちは先生の指示に完璧に従っていましたよね?」
「う~ん……。
群れのみんなとは、ライガを中継して意志を疎通させることもできるんだけど、直接でもお互い話ができるわね。
言われてみれば不思議な気もするけど」
「どうやったら契約していない幻獣に言うことを聞かせられるんでしょう?」
「そうねぇ……。
あの子たちは私の言うことを聞いてくれるけど、それは命令に服従しているからじゃないの。
私のことを群れの一員、つまり家族と認めているからなのよ。
ただ、群れの中には順位があって、下のものは上の言うことを聞くのが当たり前だから、そういう意味では命令に服従しているのかな」
「先生はどういう順位なんですか?」
「何番目かは考えたことがないけど、二番目かな? ライガの次」
「一番じゃないんですか」
「そう。あくまで群れのリーダーはライガだから。
だから、私とライガが違う命令を出したら、多分群れのみんなはライガに従うでしょうね」
リデルは小さな顔を少し曇らせて考え込んでいる。
どうやら彼女が期待していた答えは得られなかったようだ。
「では、群れをなさない単体の幻獣がいたとして、契約を交わさずに意志を通じさせたり、言うことを聞かせることはできないでしょうか?」
「それは難しそうね。
この世界に存在する幻獣は、召喚士が呼び出して契約を交わしたものか、〝穴〟の力で迷い出てきた〝はぐれ〟かだわ。
契約した幻獣はそもそも召喚士の言うことを聞くでしょ。
〝はぐれ〟はだいたいオークやゴブリンといった霊格の低い存在よね。
言葉は悪いけどバカだから契約なしじゃ意思の疎通は無理だと思うわ」
もっとも、清新派教団のアルケミスが作った村では、人間の女に産ませた混血オークとある程度の意志の疎通、命令への服従を実現していたが、それは軍の機密事項なので彼女に話すわけにはいかない。
「オークやゴブリンのほかにも霊格が低い人間型の幻獣っていますよね?」
「ええ、ノームとかコボルトとかピクシーなんかの、いわゆる妖精ね」
「そういう種族でもダメでしょうか」
「どうでしょうね……。
妖精族は人の家に住みついていたずらをするっていうから、ある程度人間の言葉も理解しているかもしれないけど……」
ユニの頭の中で「カチリ」と歯車が噛みあった音がした。
……妖精、いたずら、人の言葉……。
「ユニ先生?」
急に黙り込んだユニに、いぶかしげな顔でリデルが声をかける。
「あ、ああ、ごめんなさい。
ねえ、リデル。
あなた、どうしてそんなことを知りたいの?
まるで意志を疎通させたい幻獣がいるみたいじゃない」
リデルの顔からすっと表情が失われる。
「いえ、今日の演習を見ていて、契約していない幻獣ともお話ができたらいいなって思ったものですから……。
今日はありがとうございました。
あたし、これで失礼します」
リデルはそそくさと席を立った。
ユニは部屋の扉を開けて、彼女を見送ろうとした。
もう夜の九時を過ぎている。壁に灯りがついているとはいえ、廊下はほの暗い。
「暗いけどだいじょうぶ?
部屋まで送ろうか?」
ユニがそう言うと、リデルは笑顔で答える。
「いえ、平気です」
そして、ぴょこんとお辞儀をすると、暗い廊下を帰っていった。
ユニはそれを見送りながら、小さな声でつぶやいた。
「そう……。昼間あんなことがあったのに、あなたは怖くないのね……」
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