学院の七不思議 四 戦慄のお風呂メイド隊

「なぜだー、あたしが何をしたー!」

 錯乱して喚いているユニを完全に無視して、「ポンポン」とエディスが手を叩く。


 するとあらかじめ打ち合わせをしていたように(実際そのとおりだったが)、三人のメイドが忽然と現れた。

 一体どこに隠れていたのだろうか、エディスの背後で片手片膝を床につけてひざまずいている。


 三人のうち二人は二十代半ばくらいか、ユニとそう変わらない歳に見えるが、上背は高く胸も大きい。

 もう一人は見習いなのか、十代の前半くらいでまだ幼さを残し、身体も二人に比べてずっと小さい。


「お風呂メイド隊、お呼びにより参上いたしました」

 その言葉にエディスはうなずき、おもむろに命令をくだす。


「ユニ先輩をお風呂にお連れして、徹底的に洗ってさしあげなさい。

 頭の先からつま先まで、あなたたちが日ごろ研鑽してきた技術の粋を尽くして洗うのです。

 一片でも犬臭さが残っていたら、当家お風呂メイド隊の栄誉と伝統に泥を塗るものと心得なさい!

 行けっ!」


 エディスの指令には必要以上に気合が入っていた。

 ユニは「えっ?〝お風呂メイド隊〟って名前マジなの? 頭おかしいの?」と、是非とも突っ込みたかったのだが、それを口にする隙を与えられなかったのは、返す返すも残念だった。


 メイド隊はあくまで冷静に、両側からユニの腕をとって大浴場へと案内する。

 彼女たちは、ただ優しくユニの腕を抱えて導いているように見えた。

 しかし、ユニはその異変にいち早く気づいていた。

 腕の自由が全くきかないのだ。


 関節を決められて自由を奪われるのとは違い、動かそうとしても痛みはまったくない。

 ただ、なぜだか全く力が入らないのだ。

 二人のメイドに挟まれ、ユニはなすすべなく脱衣場に連れ込まれた。

(もう一人の小さなメイドは三人の後ろからしずしずと付いてきた。)


「お嬢様、お手を上げてくださいまし」

 一人のメイドがユニの耳元に唇を寄せ、優しくささやくと(ものすごくいい匂いがした)、ユニの両腕が高く差し上げられる。

 もちろんユニの意志ではない。

 軽く両手首を抑えられているだけなのに、自然に腕が上がってしまうのだ。


 一人がユニの手首を抑え、もう一人は正面から向き合い、残る一人はユニの背後にまわり、彼女の服を脱がせにかかる。


 何をどうすればそんなに軽やかにボタンを外せるのだろう。結び目を解けるのだろう。

 わずか数秒、ユニの衣服は魔法にかかったようにふわりとはぎとられ、軽やかに床に落ちた。

 下着にいたっては何をかいわんやである。


 あまり大きくはないが形のよい乳房は、青い静脈が透けるように走っている。

 腹は引き締まり、うっすらと腹筋が浮かび上がっている。

 お尻はきれいな丸みを帯び、きゅっと持ち上がっている。

 どこに出しても恥ずかしくない裸体であったが、本人はさすがに慌てふためく。


 いや、女同士だし、別に裸を見られて恥ずかしいという程初心ウブでもない。

 恥ずかしいのは、ユニの体勢がバンザイ状態のままだったからだ。


 ユニだって一応は若い娘なので、ムダ毛の処理をしている。

 ただし、それは肌を露出しがちな春から秋にかけての話であり、冬の間は自然と手入れもおろそかになる。


 彼女はそれほど毛深い方ではない、というより薄い方だったが、今現在の状態は非常にまずい。

 いっそ何も手入れをしていない状態だったら、まだ開き直れる。


 だが、五、六ミリに伸びた状態の脇を全開にして人目にさらされるのが、これほど強烈に恥ずかしいとは……!


「ちょっ、服は脱いだ(脱がされた)んだから、手ぇ降ろしてよ!」

 耳まで真っ赤にして抗議をしても、ユニの訴えは無視されてしまう。


 しかも、二人のメイドは何の躊躇ためらいもなく、顔をユニの脇に近づけると、あろうことか「くんくん」と匂いを嗅いでいる。


「やーめーてーっ!

 ああああ、あんたたち何してるのよー!」

 ユニの絶叫が脱衣場に響きわたったが、メイドたちはあくまで冷静だった。


「お嬢様、あまり大きな声を出さないでくださいまし。

 匂いの確認は大切な作業でございます。

 お風呂が終わりましたら、当家の調香師と打ち合わせをいたします。

 香水はつける者の体臭と混じり合うことで、最大の効果を発揮するものでございますのよ。

 必ずや、お嬢様に最適な香水を調合してさしあげますからね」

 メイドの言葉には有無を言わさぬ迫力があった。


 そこへもう片方のメイドが追い打ちをかける。

「それから、ムダ毛の方は恥ずかしがらないで結構でございますよ。

 剃毛ていもう術は私どもの最も得意とする分野ですから、全身つるつるにしてご覧にいれます。

 下の方ですけど、デザインに何かご希望がございますか?」


「でっ、デザインって、なななな、何のデザインよ?」

 その質問はすべきではない、という警鐘が頭のどこかで鳴り響いていたが、余裕をなくしていたユニは聞かずにはいられなかった。


「もちろん、どのような形に整えるかでございます。

 お嬢様のようにお若い方だと、ハート型にするのが可愛らしくてお薦めでございますよ。

 さ、ぐずぐずしていたら風邪を召してしまいます。

 浴室に参りましょう」


 「ひーん」という泣き声を残して、全裸に剥かれた哀れな召喚士は浴室へと連行されていった。


      *       *


 この時代、この世界では、入浴といえば、少し大きめで深さのある湯桶に湯を汲み、その中で体を洗うというスタイルが一般的であった。


 湯桶の中に入っても、お湯はせいぜい腹のあたりまでの深さで、肩までつかるなどということは不可能だった。

 その中で石鹸をつけた海綿で体を洗い、あとは掛け湯をして、固く絞ったタオルで拭けば終了である。


 ちなみに浴室の床は、水を吸うバスマットが敷かれているが防水ではなく、入浴時に湯桶の外にお湯をこぼしてはいけない。

 入浴時に髪を洗うことはなく、洗髪は服を着たまま(あるいは上半身だけ服を脱いで)水汲み場などでで行う。


 もちろん、肩まで湯につかるような風呂も存在するが、それは貴族や大商人など富裕層にのみ許される贅沢なものだった。

 そしてエディスの家は、その富裕層の最たるものであった。


      *       *


「ふわぁ……!」

 浴室に連れ込まれたユニは、自分の危機的状況を一瞬忘れて、思わず感嘆の声をあげてしまった。

 それほどにボルゾフ家の浴室は豪華だった。


 防水処理のほどこされた大理石の床、美しいタイル張りの壁には大きな鏡がはめ込まれている。

 浴槽は十人が一度に入れそうな大きさで、透明なお湯が満々とたたえられて湯気をあげている。

 観葉植物で下部が目隠しされた窓からは、ボルゾフ家の壮麗な庭園を眺めることができた。


 ユニは鏡の前に置かれた背もたれのない椅子に座らされた。

 椅子は金色で塗装にうんを使っているのか、ラメのようにキラキラ光っている美しいものだった。


 なぜだか椅子の座面には溝のようなへこみがついる(この後、すぐにユニはこの恐ろしい機能を身をもって体験することになる)。


 小柄な少女メイドが、浴槽とは別のお湯汲み槽から手桶で湯を汲んできて、座っているユニの背中の方から優しく湯をかけていく。

 ちょうどよい温度のお湯が何度も全身にかけられ、身体がぽかぽかと温まってくる。


 両脇のメイドは手にした海綿に香油とシャボンをひたし、ユニの全身を丁寧に洗っていく。

 ユニが一度も見たことがないような豊かな泡立ちに、バラのような香りが漂よう。


 メイドたちの力加減は絶妙である。

 ただ洗うだけでなく全身マッサージもかねていて、ユニの筋肉をもみほぐしていく。

 しかも洗われている間も、小柄なメイドが湯を汲んではユニにかけ続けている。


「こっ、これは気持ちいいかも……!」

 ユニは不覚にも警戒を解いてしまった。

 お風呂メイド隊を自称するだけのことはある。彼女たちに身を任せ洗われるのは、正直ものすごく気持ちがよかった。


 もうメイドたちに抑えられていなくても抵抗する気がなくなり、全身がけだるい恍惚感に包まれていた。

 だが、ユニはメイド隊の恐ろしさを甘く見ていた。


「ひっ!」

 ユニの体が「ビクっ!」と反応し、小さな悲鳴があがる。


 彼女の背後から、座っている椅子のくぼみを潜ってメイドの白い腕がにゅっと出てきたのだ。

 その意図は明らかである。


「ちょっ、そっ、やめっ、やめて!

 そこは自分で洗うからーーーーっ!」


 メイド隊が自らの仕事に満足し、ぐったりとしているユニを解放して湯船に入れたのは、それから三十分ほど後のことだった。


      *       *


 たっぷりの湯につかり、ユニは腕を撫でさする。

 さっきのことは忘れよう。うん、犬に噛まれたようなものだ。

 ユニは無理やり自分に言い聞かせる。


 手を滑らせると、一本の産毛も残さずつるつるになった腕は、自分のものではないようだった。

 腕だけではない、顔も、脚も、すべてがつるつるだった。

 唯一剃り残してもらったところをハート型にすることだけは、泣いて許してもらった。


 メイド隊に気取られぬよう、お湯の中でそっと自分の股間に手をやると、かわいらしい逆三角形の部分を残して、やはり有り得ないほどにツルツルになっている。


 何がなんだがわからないうちに屈辱的な格好にされ、あれこれされたことは……。うん、やはりあたしは狂犬に噛まれたのだ。


 メイドたちは海綿や香油の瓶を片付けたり、抜け毛(+その他)を洗い流したりと忙しく働いている。

 彼女たちは屋敷のほかのメイドたちと似たような制服を身に着けていたが、スカートは膝上と丈が短く、そでも肘のあたりまでしかなった。

 ユニは組んだ腕に顎をのせ、恨めし気な目でメイドたちを見ていた。


「ねー、あなたたち。名前は何ていうの?」

 メイドたちはユニの方に振り返り、にっこりとして答えた。


「お風呂メイド隊、一号です」

「二号です」

「同じく三号です」


 ――個人名はないということか。ユニは少し腹が立ってきた。

「そうですか、そうですか。

 ねぇ、あんたちち、お風呂のプロなんでしょ。

 あたしばっかり裸にして、あんたたちは服を着たままって、卑怯じゃない?

 お風呂場で服を着たままって、神聖なお風呂に対する冒涜ぼうとくだとは思わないの?」


「!」

 ユニの言いがかりに近い言葉に、メイド隊がぴたりと動きを止めた。

 小柄な三号の手から黄色く塗られた手桶が滑り落ち、カラカラと音を立てて転がる(桶の底には、なぜだかカエルの顔の絵が描かれていた)。


 三人はゆっくりと振り返ってユニをじっと見つめる。

 その顔は明らかに青ざめ、メイドたちが動揺していることが見てとれる。

 一番若い三号の膝などは、かたかたと細かく震えている。

「あれ、あたし何か悪いこと言ったっけ?」

 ユニが少したじろいでいると、メイドたちはいきなりその場に片膝をついてこうべを垂れた。


「お見それいたしました!

 さすがはエディスお嬢様のご友人でいらっしゃいます。

 お客様にはわれらがすべての技をお見せするとお約束しながら、嘘をついておりました。

 よもやボルゾフ家お風呂メイド隊に代々伝わる秘儀をご存知とは……。

 どうか、お許しください!

 ですが、この秘技はわれらの一存でお見せすることはできないのです」


 一号の顔は苦渋にゆがみ、目尻に涙がにじんでいる。

「三号っ!

 何をしているのです。ただちにお嬢様のもとへ向かいなさい!

 お客様が秘技をご所望だとお伝えするのです!」


 二号の鋭い声に叱咤された三号は文字どおり飛びあがり、ぱたぱたと浴室を駆け出ていった。


 一体このメイドたちは何を言っているのだろう? 何かのコントなのかしら。

 お風呂につかりながら、ユニはぼんやりと考える。


 二人のメイドたちは用具室のようなところから、マットやら香油の瓶やらを取り出して何かの準備をしている。

 なんだか、もの凄くウキウキしているように見えるのは気のせいだろうか?


「なんだか、嫌な予感がしてきた……」

 ユニがお湯の中に顔を半分沈めてぶつぶつ言っていると、さっき飛び出ていった三号がもう駆け戻ってきた。


 一号、二号の表情にさっと緊張の色が走る。

 乱暴に扉をあけて浴室に飛び込んできた三号は、息を切らしながら叫んだ。


「申し上げますっ!

 お嬢様より伝言!

 『面白いからやりなさい』

 繰り返します、『面白いからやりなさい!』」


 二人のメイドは安堵の表情で顔を見合わせ、うなずいた。

 そしてユニの方に向かって「失礼します」と言って優雅にお辞儀をすると、服を脱ぎだした。


「え、何? なんなの?」

 事態を把握できないユニがおろおろしているうちに、二人のメイドは下着も脱ぎ捨てて、あっさりと全裸になっていた。

 脱ぎ去った制服や下着は丁寧にたたまれ、三号がぱたぱたと脱衣場へと運んでいく。


 メイドたちの裸体は、女のユニから見ても見事なものだった。

 かなり鍛えているとみえ、筋肉質で引き締まっている(ユニは知らないが、彼女たちは全員格闘技の有段者である)。

 それでいながら女性らしい丸みや柔らかさを失っていない。


 言うまでもなくムダ毛の処理は完璧であった。

「うわーっ! 数字の〝1〟と〝2〟だ!

 ……恐るべし、お風呂メイド隊!」


 ユニが呆れていると、二人はひたひたと近づいてきて、浴槽の中に入ってぴたりとユニの両側につく。

 やさしくユニの両腕を取ると、先ほどと同じように彼女は自由を奪われてしまう。

 さっきと違うのは、裸になったメイドたちのたわわな乳房がユニの腕にたぷたぷと打ちつけられることだった。


「さ、お上がりください」

 有無を言わさずユニは連れ出される。


 三号は床に膝をつき、手桶に汲んだ湯に、何やらどろりとした液体を瓶からたっぷりと注ぎ、くるくると両手を回転させてかきまぜていた。


 大理石の床には先ほどメイドたちが用意していたマットが敷かれている。

 細長い水袋のようなものを横につなぎ合わせた感じで、どうやら中に空気を入れて膨らませているようだった。


 三号がすばやく手桶の液体をマットに塗り広げていくと、微かに香油のよい香りが立ちのぼる。

 ユニはマットの上にうつぶせに寝そべるよう促される。


「なっ、……これ何なの?

 なんかぬるぬるするっ!」

 メイド一号はとろけるような笑みを浮かべて答える。


「アロエの搾り汁をお湯で溶き、香油とシャボンを加えたものでございます。

 動くと滑りますからお気をつけくださいね」


 メイドの言うとおりで、タオルを巻いた枕をしっかり腕で抱え込んでいないと滑ってしまい、体があらぬ方向に逃げようとする。

 二人のメイドは膝をつき、それぞれ手桶に入ったとろとろの液体をくるくると器用にかきまぜてから、ユニの身体にかけて塗り広げる。


 温かくぬるぬるした液体を塗りたくられるのは、くすぐったいような不思議な感覚だった。

 メイド一号、二号は、ユニの分が終わると、今度は自分たちの身体に液体をかけ、同じように塗り広げている。


「あのー……。

 ……何をされてるんでしょうか?」


 ユニが恐る恐る尋ねると、メイドたちは答えるかわりに、うつぶせになったユニの両脇にぬるぬるの裸体を滑り込ませた。


 右側の一号はユニの腕をとり、豊かな胸の間に挟み込む。

 左側の二号はユニの脚に自分の脚をからめて挟み込む。

 相変わらずどこをどうされればそうなるのか、まったく身動きができない。


 ユニの耳元に一号が唇を近づけ、嫣然とした笑みを浮かべて囁いた。

「それでは、ボルゾフ家お風呂メイド隊に代々伝わる秘技〝泡踊り〟をご堪能くださいませ」

「殿方ならたちどころに昇天必至、お嬢様なら何分もつでしょうか」

「うふふふふ……」


 二人は怪しく笑いながらゆっくりと動き始めた。

 唯一服を着ている三号は、その傍らにしゃがみ込み、先輩たちの見事な体捌きを何一つ見逃すまいと目を見開いている。


 三号は、良家の子女としてお風呂場を覗くことなどできないエディスから、一部始終を報告せよと厳命されていたのだ。


「うわっ……きゃっ!

 ちょっ、そこっ! あた、あたたたた、当たってるってば!

 先っぽ、先っぽがぁ!

 あああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーっ」


 ユニの絶叫が、柔らかな陽射しが差し込むお風呂場に空しく響く。

 カポーン……。手桶が床に置かれる音が響く。

 ぴちょーん……。天井から落ちる雫が女たちの火照った体を冷やす。

 なんと平和なひと時だろうか……。


 ……神、空にしろしめす

   すべて世は事もなし

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