レス(失われるということ)
サ野 アさよ
これが今の普通
キーン、コーン、カーン、コーン。
「よっしゃーー! 授業終わったーー! さっさと帰るぞー!」
相変わらずの元気な声で俺のことを誘うのは、高校の同級生のヒロちゃん。
ヒロちゃんというあだ名は、寛茂(ひろしげ)という名前から取ったものだ。
「はいはい。そんなに言わなくても一緒に帰りますよ」
そんなヒロちゃんに向かって、俺は適当に返事をする。
「おいおい。そんな言い方するなよー。元気出そうぜー」
「お前みたいにいつも元気でいるやつは、他にいねーよ」
「でもとっても大切なことだろ。元気があれば何でも出来る。ってな!」
「お前はそればっかりだな。っていうか似てねーよ」
「そんな~。結構しゃくれてたと思うぜー」
「ガスマスク付けてるんだから、わかるわけないだろ」
「それもそうだな。ははははは」
ヒロちゃんの大笑いは毎日のように見ているので、日課のようにも感じる。
とりわけ授業が終わった時にこういう顔をよくしてくれる。
これじゃ笑い時計だな。
これで今日の授業が終わったのがわかるからね。
「さぁさぁさぁ、早く帰ろうぜー」
「そうだな」
俺は苦笑いのような不細工な笑顔を見せて、学校を出た。
帰り道。外はよく晴れているようだ。
おそらく今は、午後三時頃だろうか。
外の夕焼けがとてもきれいそうで、夕日も眩しく輝いている感じがする。
外の空気も久しぶりに吸ってみたいなぁ。
「外の空気を久しぶりに吸ってみたいなぁ」
ヒロちゃん。それは今、俺が言おうとした。
「な、お前もそう思うだろ。最近はこればっかりつけてるから変な感じがするよ」
ヒロちゃんはそう言って、自分の頭を軽く叩く。
その手も自分の髪には触ることが出来ず、ガスマスクの革の音だけがかすかに聞こえる。
「そんなこと言ってもしょうがないだろ。決まりになってるんだから」
「そうは言ってもよー」
最近はこんな会話しかしていない気がする。
よく話すやつとの話は、マンネリ化しやすいのだろうなぁ。
そんなことをしゃべっているうちに、いつものT字路についた。
「じゃあな。明日もまた元気に会おうぜー」
「へーい、へい。じゃあな、ヒロちゃん」
こうして俺はヒロちゃんと別れた。
毎日のことではあるが、この日はいつもよりも少し強めに絡まれた。
すっげー、疲れた……。
ここから俺の家までは五分ほど。歩く道は畑や田園で、ただただ真っすぐ進んでいけば家に着く。
ただやっぱり変な感じがする。
ガスマスクのせいで視界が狭まり、それに着いているゴーグルのせいで、黄昏色に見えるからというのが理由だろう。
実ってきた稲穂の色も、俺から見れば枯れているように見える。
もちろんそんなことはないのだが。
ビニールハウスの中で熟したトマトも、少し腐っているように見える。
もちろんそんなことはないのだが。
そんな不思議な風景を見ながら歩いていると、自分の家に着いた。
「ただいまぁ」
いつものテンションで玄関のドアを開ける。
「あ~らぁ。おかえりなさい」
ゆっくりとした口調で話してきたのは、ばあちゃんだ。
この笑顔を見ると、少しだけ癒された気分にもなる。
「ばあちゃん、ただいま」
俺はいつもの挨拶をした後で、最近定番になっているあのことを聞いてみる。
「まよは? まよはどうした?」
摩夕(まよ)とは妹のことだ。
「今日も元気だよ。呼んで来てあげようか」
そこまでしなくてもいいけどと思ったが、それを言う前にばあちゃんは摩夕を呼びに行った。
「まよー。まぁよー。お兄ちゃんが帰ってきたわよ」
その声を聞いた直後、二階の方からこちらに向かって駆けてくる音が聞こえた。
「があーー」
ものすごい声とスピードである。
そしてそれに負けないほどの勢いのある声である。
「ほふぁふぇひー(おかえりー)」
摩夕が俺を元気よく迎えてくれた。変な感じがする。
「ただいま。どうだ、体調は?」
俺は一昨日からこのことをずっと聞いている。
「ふぁいほおふはふぉ。へぇんひぃ、へぇんひぃ(大丈夫だよ。元気、元気)」
摩夕はピョンピョン飛び跳ねながら、元気よく答えている。
「なら、良かった。とりあえずこれ以上体調を崩さないようにしろよ」
「はぁーい(はーい)」
摩夕は右手を元気よく上げて、返事をした。
俺は安どの表情を浮かべる。元気そうで良かったなぁ。
それを見て摩夕はさらににっこりとする。すごくほっこりとする。
こういう感覚になるのも、本当に久しぶりだ。
よくラノベとかで、かわいい妹に癒される兄という場面を見たことがあるけれど、そんなの架空の話だとばかり思っていた。
しかし結論はそうではなかったのだ。
現状、俺は妹に好かれている。
すごく嬉しい。とても嬉しいのだ。
そう。彼女が普通であれば――。
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