第62話 ユーリ
花を摘んだフィーネアがお屋敷のような建物へと入っていく。
俺もフィーネアのあとを追い屋敷のドアをすり抜ける。
屋敷の中はとても広く豪華な作りをしていた。
俺が興味深く屋敷を見渡しながらフィーネアの後について行くと、長方形のテーブルに腰掛ける白髪の美少年がティーカップを傾けている。
「今日はとても綺麗な薔薇が咲いていたんですよ、ユーリ」
「本当だ! フィーネアの髪のように美しい薔薇だな」
ユーリと呼ばれた少年が躊躇うことなくフィーネアの髪に手を伸ばすと、フィーネアは見たこともないうっとりとした表情で少年を見つめ、テーブルの上に置かれていた花瓶に薔薇を挿した。
「なっ、なんだよこのいけ好かないキザ野郎はっ! 俺のフィーネアからすぐに離れろ、このクソ野郎っ!」
目の前のやり取りを見て頭に血が上った俺は少年の元に駆け出し殴りかかったのだが、幽霊みたいな俺の拳は虚しく少年の体をすり抜けた。
「クソッ!」
殴ることすらできない俺が地団駄を踏み悔しがっていると、一瞬鼻で笑った少年と目が合ったような気がした。
「まさか……見えてる訳じゃないよな?」
気のせいか……?
と、思ったのだが、少年は独り言のようにティーカップを置きながら言った。
「魂は……時に時間の概念を飛び越えて繋がることがあるらしい。もしも繋がれたのなら幸運だな。そこに希望が生まれるのだから……」
この野郎……やっぱり見えてるのか?
「おい、テメェー見えてんだろ!」
と、少年の背中腰に怒鳴りつけてやった瞬間――まるで世界は早送りされたように俺だけを残して進み、場面が切り替わる。
「なんなんだよこれは!?」
気が付くと今度は見慣れない城の中に立っていた。
舞踏会でもやっているのか、煌びやかな衣装に身を包んだ連中がオーケストラさながらの演奏をバックにワルツを踊ってやがる。
その中で最も目を引くのがあの白髪の少年と、初めて見る黒い髪の女だ。
優雅にワルツを踊っていた連中も、それを取り囲んで見ている連中も、皆惚れ惚れしたように少年と少女のダンスに釘付けになっている。
その観衆の中にフィーネアの姿を見つけた。
フィーネアは少年と少女を見て、少し悲しげな瞳をしている。
俺はそんなフィーネアの傍らにそっと近付き、誇らしげに踊る少年を睨みつけてやった。
「テメェーふざけんじゃねぇーぞ! この浮気者が! フィーネアが悲しんでんじゃねぇーかよ!」
「痛いっ!」
「す、すまない!」
俺の怒りが届いたのか……少年はビクッと体を震わせ少女の足を踏んじまったみたいだ。
少女が堪らず声を上げると演奏は止まり、観衆たちもどうしたのだろうと首を傾げている。
少年は頭を掻きながら愛想笑いを浮かべて、少女に平謝りをしていた。
「ざまーみろバカっ!」
まただ、俺が野次を飛ばすと少年には俺が見えているのか、キリッと鋭い視線を向けてきやがった。
そして真っ直ぐにこちらに歩み寄って来る。
「なっ、なんだよ! やんのかこの野郎」
少年は確かに俺を見ていたのだが……目前まで近付くと俺から目をそらしてフィーネアへと視線を向けた。
「フィーネア、踊ってくれるかい?」
「でも、聖女リカーユさまが……それにフィーネアは一介のメイドに過ぎません。舞踏会に同行させていただけただけでも……」
「メイドが踊ってはダメという決まりはないよ。それに……」
「それに?」
「俺の魂がフィーネアと踊りたいと騒がしいんだ。踊ってはくれないかい?」
フィーネアは恥ずかしそうに、だけどとても嬉しそうに頷いた。
「はい」
少年は『これでいいんだろ?』と言うように、俺を一瞥して鼻で笑った。
いちいち勘に障る野郎だな。
すると――また場面が変わる。
「今度はどこだよ?」
そこは戦場だった。
至る所から砂塵が舞い上がり、耳をつんざく男たちの怒号が飛び交っている。
上空には……!?
目玉の化物が浮かんでいる。
邪神だ!
「勇者さまたちと魔王さまたちに続くのだ!」
「「「うおおおおおおおおおお!」」」
鬨の声を響かせる兵士たちの視線の先に、14人の男女が目玉の化物に向かって突っ込んで行く。
そこにあの少年の姿もある。
だけど……フィーネアの姿が……。
俺はフィーネアを探した。
フィーネアは最前線から少し離れたところで邪神に味方する魔物と戦っている。
そのフィーネアの姿はいつものメイド服ではない。
いや、正確に言えばメイド服には変わりないのだが、戦闘服にも見える。
邪神はフィーネアが戦っている場所にあの石化光を放った。
「フィーネア!」
「大丈夫ですユーリ! ユーリが下さった戦闘メイド服には如何なる状態魔法も無効化にする自動スキルがあります! フィーネアに構わず戦って下さい!」
遠く離れた場所で声を張り上げて会話する2人。
白髪の少年はフィーネアに頷き、チラッと俺を見て声を上げる。
「よく聞け! 邪神を確実に倒すには伝説の穴の書が必要だ! この時代で俺たちは伝説の穴の書を探し求めたが……どこにあるのかわからなかった。だからお前は何が何でも穴の書を探せ!」
「ちょっと勇者ユーリ! あんた誰と話してるのよ!」
「こんな時に錯乱は勘弁ですよ」
白髪の少年は明らかに俺に言っている。
仲間の勇者たちに総ツッコミを受けても気にすることはなく、俺だけに言っている。
「穴の書はどんなものにも穴を空けることができる! いいか、覚えておけ! 穴の書で邪神の目玉に穴を空けてそこから体内に侵入しろ! 奴の体内にコアと呼ばれる結晶体があるはずだから……それを叩き潰せ! そして――」
少年が何かを叫んだのだが、周りのおっさん兵士の声がうるさくて最後のほうはよく聞き取れなかった。
「俺たち勇者の勤めを果たすぞ!」
「あいよ!」
「覚悟はできてるぜ」
少年たち勇者は何をする気なのか、プカプカ浮かぶ邪神の足元に円形状に散らばって、手にした武器を地面へと突き刺していく。
「我が友であり偉大なる7王たちよ! 我れらの魂を持ちて邪神を七つに分散し封印する! あとのことは任せたぜ!」
勇者たちが魔王たちに願いを託す言葉をかけると、魔王たちは悔しそうに唇を噛み締めた。
「例え数百数千の時が流れようと、世界を救った偉大なる友、7人の勇者のことを我々は決して忘れん!」
7人の勇者がその声を聞くと、それぞれが微笑みを浮かべた。
そして――地面に深く突き刺さった武器が神々しい光を放ち、邪神の周囲に黄金の魔法陣を描き出していく。
そこでまた、場面が変わってしまった。
「今のめちゃくちゃ重要な場面じゃなかったのかよっ!」
手に汗握る俺が思わず声を荒げたのだが、すぐに悲しげに伏せ込むフィーネアに気が付いた。
フィーネアは屋敷の寝室でベッドに顔を沈めている。
すすり泣く声が俺の胸にチクチクと突き刺さって痛みを伴う。
「おやおや、そこで不幸を嘆き悲しみ私奴を誘い出したのはあなたですか?」
「「……!?」」
泣きじゃくるフィーネアの後方から、影のように姿を現せたのはヴァッサーゴだ。
こいつ……どこから現れやがったんだ!
「何者ですか!?」
慌てて立ち上がったフィーネアにヴァッサーゴは愉快そうに肩を弾ませた。
「私奴はヴァッサーゴと申します。お可哀想に、愛しのご主人を失い途方に暮れているのですね。とても愉快です」
「愉快? フィーネアを怒らせたいんですか!?」
「いえいえ、滅相もございません。私奴はあなたさまのお力になれるのではと思い、馳せ参じた次第でございます」
「フィーネアの力……? ですか?」
フィーネアはヴァッサーゴの、悪魔の言葉に耳を傾けている。
「ダメだフィーネア! そいつの言葉を聞いちゃダメだ! どんなに辛くても悪魔に……貧乏神に魂を預けちゃいけないんだ!」
部屋に響く俺の声は誰にも聞こえることなく木霊する。
「あなたの愛しのご主人は今も邪神の中で囚われ、永遠に等しい時を魂だけで彷徨っているのです。しかし、助け出すことは可能です」
「どうすればいいのですか?」
「真の勇者が何れ現れます。その者と共に邪神を封印するのではなく、打ち倒すことが出来れば、自ら囚われの魂となったあなたの愛しのご主人も開放されるでしょう」
「でも……いつ現れるかわからない勇者を待ち続けられるほど……フィーネアは長生きではありません」
「ご安心を、その為にドールになれば良いのです」
「ドール?」
ダメだ……俺の言葉はフィーネアには届かない。
ヴァッサーゴに玩具のようにされるフィーネアを助けることができない。
俺は無力だ。
『そんなことはねぇーよ』
「えっ!?」
突然、俺の視界が闇に覆われる。
闇の中で目を凝らすと、そいつはニカニカッと笑いながら立っていた。
白髪の少年、俺と同じくフィーネアに『ユーリ』と呼ばれていた者だ。
「よっ! 随分久しぶりだな」
「はぁ? 久しぶり?」
「ああ、三回くらい会ったよな? 一回目は屋敷だったか? 二回目は聖女と踊っている時だったか? そんで最後に会ったのは……俺の最後の時だったな」
楽しそうに笑いながら話しかけてくる少年。
「お前は一体何なんだよ!?」
「俺か? 俺はユーリ・アスナルト。今は月影遊理っていう」
「は?」
「邪神から聞いたろ?」
「なにを!?」
「邪神のクソ野郎が魂の一部を切り離し、永久の牢獄から抜け出したって」
神代の言っていたことか?
「それが何だよ?」
「あの時な、俺も一緒に魂の一部を抜け出させてもらった。そんでお前、月影遊理の魂にそっと入らせてもらった」
「…………」
「まぁ~驚くよな? まっ、だから神代……邪神と同じ世界、同じ時代に俺も居合わすことができた。ちなみに聖女リカーユが一緒の時代に居たのはただの偶然だ。ははは」
楽しげに無邪気に笑う元勇者ユーリの野郎がふざけたことを吐かしてやがる。
「じゃ……俺がこんなに大変な思いをしたのも……一夏のランデブーができなかったのも、全部お前のせいじゃねぇーかよ! お前が俺の体に身を隠さなかったら俺はこんなクソみたいな世界に来なくてよかったんじゃねぇーか!」
「まぁそうなるな」
悪びれることなく言い放ちやがった。
信じられない! 最低のクズ野郎だ!
「だけど……そのお陰でフィーネアに会えたろ?」
「……ああ」
「一途で、純粋で、可愛いだろ?」
「……ああ」
「なら、最後の戦いをしようぜ、俺!」
「なんか……おかしくないか?」
「気にするな。どの道一夏のランデブーをしに還るには……邪神を倒さなくちゃならねぇーからな」
「どう言うことだよ?」
俺は俺となった勇者ユーリに色々と話しを聞いた。
邪神の倒し方に元の世界への還り方、それにフィーネアの……ドールの開放の仕方。
「なるほどな」
「やる気出てきただろ? なんたって糞みたいな世界とおさらばできて、一夏のランデブーがやれるんだぜ?」
「ああ、ここまで来たらやってやるよ。月影遊理、惚れた女のために男になるぜ! そして何より自分自身のためにな!」
「頼んだぜ、もう一人の俺!」
「ああ!」
真っ暗な意識が遠ざかり、徐々に光が見えてくる。同時に声も聞こえてきた。
◆
『ユーリ殿、ユーリ殿! しっかりするでござる!』
『なんじゃまだ気がつかんのか? さっさと叩き起こすのじゃ、バーバラ』
『かしこまりました、姫殿下』
ぼんやりとする意識の中、俺の頬に往復ビンタを叩き込むババアの顔が見える。
「いってぇぇええええなぁ! なにしやがんだっ!?」
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