第61話 神代朝陽

 中央広場付近に向かう俺たちの前には数え切れないほど多くの兵や冒険者で溢れ返っている。


 兵たちを避けるように建物の壁を伝い移動するメアちゃんの背から、美しい紅髪のフィーネアを発見した。

 フィーネアは負傷しているものの動けないほどではなさそうだ。


 フィーネアの近くにはゆかりと捕まっっていた5人の姿もある。

 その他にも……見知れた者の姿を捉えた。


 光明院円香に竹田蒼甫……それに真夜ちゃん!? と側室隊の女の子たち。


 壁を蹴り上げて宙を舞うメアちゃんから下を見渡して状況を確認する俺の視界に、予想外の光景が飛び込んで来た。


 頭から血を流して苦しそうに片膝を突く瓜生の姿だ。

 その瓜生の目の前には漆黒のローブを身にまとった〝神代朝陽〟の姿がある。


 神代はゆっくりと頭上を見上げて鷹のように鋭い眼光を俺へと向けてきた。

 神代の視線に気付いたメアちゃんは怯えたように空を蹴り、フィーネアのすぐ側に着地した。


「フィーネア大丈夫か!」

「ユーリ!」


 俺は神代のことは後回しとフィーネアへ駆け寄った。


「来てくれたのですね、ユーリ」

「そんなことより、一体これはどういう状況なんだよ」

「逃げろ月影っ! そこに居る連中を全員連れてはよ逃げるんや月影!」


 前方の瓜生が顔だけをこちらに向けて切羽詰ったように叫んでいる。

 神代はそれをただじっと見つめていた。


「ここは俺がなんとか時間を稼ぐから……お前はそいつら連れてはよ逃げろっ!」

「何言ってんだよ瓜生! ボロボロのダチを見捨てて逃げれるかよ!」

「よう聞け月影っ! こいつは違うんや!」


 違う? 違うって何がだ?

 瓜生は何を言ってるんだ。


「こいつは……こいつは人間やない!」

「は?」


 神代朝陽はお前と同じ紛い物の勇者で、俺たちと同じ異世界人だろ?

 人間じゃないってどう言うことだよ?

 意味がわかんねぇーよ。


 神代に視線を向けると、神代は僅かに口の端を吊り上げた。


「月影……お前には感謝している」


 とても冷たい視線と声音を俺へと向けてくる神代は意味不明なことを口にしている。


「は? お前に感謝なんぞされる筋合いわねぇーよ!」

「集めてくれただろ?」

「集めた? 何のことだ!」

「ヴァッサーゴと共に不幸を……」

「おい……ちょっと待て……」


 なんでこいつが不幸のことやヴァッサーゴのことを知っていやがるんだ。

 神代の言葉に驚愕して目を丸くする俺に、神代は静かに続ける。


「ようやくだ、ようやく俺はこの地に戻って来れた。2000年……あの日からずっと俺はこの日を待ち続けていた」

「2000年……? 何言ってんだお前?」

「月影……俺は転生者だ」

「転生者?」

「俺の本当の名はサタン。かつて俺を邪神と呼ぶ者もいた」


 邪神……!?

 邪神てのは……『暴食』の魔王グルメたちが封印してるっていうあれか?

 いや……でも待て、邪神は封印されているんだよな?


「俺は今から2000年ほど前、7人の魔王と7人の勇者によって魂を永久の牢獄に封じ込められた。だが、俺は長い年月をかけて自らの一部を外に出すことに成功した。しかし、弱りきった欠片のような魂では長く生きられないと判断した俺は、次元を超え……あの世界で子を宿した女の中へと身を潜めた。それが神代朝陽となるはずだった者だ」


 何言ってんだこいつ。

 神代は度を超えた中二病……電波君なのか?


「だが、ここで問題が発生した。あちらの世界では魔法やスキルの類が使えず、俺はこちらの世界に還れずにいた。そんな時――俺の前に2人の人間が現れた。その2人を見たとき俺は驚いた。なぜならその2人の人間のうち一人は嘗て聖女と呼ばれた者であり、うち一人は嘗て俺を封印した勇者の魂を持っていた者だったのだから」


 聖女? 勇者?

 何言ってんだこいつ。

 意味不明過ぎる。


「ヴァッサーゴ、いい加減出てきたらどうだ? 準備は整ったんだろ?」


 神代が俺に向かってそう言うと、俺の体からモクモクと禍々しい煙が立ち上りだした。


「なっ、なんだこれ!?」

「ユーリ!」

「ユーリ殿!」


 黒い煙は宙を漂いながら神代の傍らに集まり形を形成していく。

 それは徐々に見慣れた姿へと――ヴァッサーゴへと変わった。


「ヴァッサーゴ!? なんで!?」

「ああ、お客様。こちらの世界でこうしてお目にかかるのは初めてでございますね」


 もう何が何だかさっぱりわからない俺に、ヴァッサーゴは愉快そうに肩を揺らす。


「お客様のお陰でようやく不幸が満たされました。感謝しておりますお客様」

「どういうことだ……よ」


「私奴はこの2000年間、ただひたすらにMFポイント……不幸を集めてまいりました。その目的はただ一つ、より多くの者を不幸へと誘うため。手っ取り早くより多くの者を不幸に誘うには、邪神サタンの復活が良いと思っていたのです。しかしながら、邪神の復活には膨大な不のエネルギーが必要となります。その原因は魔王たちが常に封印紋に力を蓄えているからです。それを打ち破るために私奴は不幸を集めていたのですよ、お客様」


 つまり……俺は知らず知らずのうちに邪神復活の手助けをさせられていたということか?


「月影……俺はお前に感謝している。あの日愚かなこの国の王が勇者召喚の義を執り行った。その時、勇者として召喚されていたのは……お前だけだったんだよ月影」

「は?」

「お前がこの世界に召喚される時、俺はこちらの世界とあちらの世界が僅かに重なった隙を見逃さなかった。そして、それを利用した」


 決して表情を崩さずに淡々と話しを続ける神代。


「僅かに開いた次元の狭間を俺は無理やりこじ開け、広げた。その時――幸運にもヴァッサーゴが放ったギフトが次元の狭間に落ちてきた、俺はそれをお前に宿すことを閃いた。結果お前は不幸に見舞われ、勇者として召喚されることはなく、ステータスオールFとしてこの世界に召喚されることとなった。こちらの世界に戻ってきた俺はすぐにこいつに、ヴァッサーゴに会いに行き、そこでお前を利用してより多くのMFポイント――不幸を集めさせることにしたんだ」


「お客様はこの世界を不幸のどん底に叩き落とすための、選ばれし使者だったのです」

「俺が志乃森真夜を求めていたのも、聖女の力を喰らってやろうと考えていたからなのだが……どうやら聖女の魂は薄れ始め、その力も消えかかっている。残りカスだったようだな」


 俺はこいつらが何を言っているのか……もうさっぱりわからなかった。

 もしもわかる奴がいるなら説明して欲しい。

 これが一体どういう状況なのか。


「さぁ、始めよ。2000年前の続きを」


 そう言うと、神代は手にしていたタクトを頭上に掲げた。

 すると晴れ渡っていた空が暗雲に包まれていく。


 まるでこの世の終わりが始まってしまうんじゃないかと思うほどの、黒く分厚い雲が幾重にも重なり膨れ上がる。


「では、私奴は世界が不幸に染まるそのときを傍観させていただきましょう。さよなら、さよなら、さよなら」


 ヴァッサーゴはそれだけ言うと自らの体を黒い霧へと変化させて霧散した。


 その間に神代の体は宙に舞い上がり、見上げるほど高く頭上に浮き上がると、体は闇に溶け、巨大な目玉の化物へと姿を変えた。


「な、なんだよあれ……」

「化物……でござる」


 誰もが上空の巨大目玉に呆然としていると、目玉は俯瞰しギョロッと睥睨する。

 その目玉から強烈な光が街に向かって発せられると、光を浴びた王国兵たちの体が石像のように石へと変わってしまった。


 その光景を目の当たりにした兵たちは絶叫してパニックを起し、我先に逃げようと街の出口に向かって走り出した。


 瓜生もすぐに立ち上がり、仲間の光明院たちを連れてこの場を離れようとしている。


「月影っ! 何をぼさっとしとんのや! 逃げろっ、あの光を浴びたら石にされてまうぞ!」


 明智はすぐにメアちゃんにまたがり逃げようとしているのだが、呆気に取られていた俺の前に光が徐々に近付いて来る。


 ああ、ダメだ。

 これは回避できない。


 迫り来る光をぼんやりと眺めている俺の体を、不意に誰かが突き飛ばした。


「逃げてくださいユーリ!」


 俺を突き飛ばしたのはフィーネアだった。

 俺の体は光から逃れるように押し出され、光に飲み込まれていくフィーネアに手を伸ばした。


「フィーネアァァアアアアアアアアアアアッ!!」


 フィーネアは微笑んでいた。

 微笑んだフィーネアが瞬く間に石へと変わる。


「ぁあぁぁぁあああああぁあぁぁぁあああああああああっ!!」


 俺はこの世の終わりだというような声を発しながら、尻餅を突いた体を起こし光が過ぎ去ったフィーネアの場所へと駆け出した。


「フィーネア! フィーネア!」


 硬く、とても冷たくなってしまったフィーネアを抱きしめて、俺は天に向かって泣いた。


「うわぁぁあぁあぁぁぁぁぁあああああああああ!」


《リヤンポイント 100%に到達しました》


 泣き喚く俺の視界に見慣れぬ文字が浮かび上がると、頭の中に記憶の走馬灯のようなものが走り出しす。




 ◆




 一瞬、強烈な頭痛が襲ったと思ったら、俺は見慣れぬ場所に立っていた。


「な、何が起こったんだ?」


 唖然と周囲を見渡すと、そこには穏やかな表情で花を摘むフィーネアがいた。


 「無事だったのか!? フィーネア!」


 俺はフィーネアへと駆け出して、力いっぱい抱きしめようとしたのだが、俺の体はスルリとフィーネアをすり抜けた。


「えっ!?」


 フィーネアが俺に気づくこともない。


 数秒立ち尽くした俺は花壇の薔薇に目を向けた。

 俺は試しに咲いていた薔薇へと手を伸ばすが、触れない。


 自らの手を眺めながら俺は考えていた――そして思い出した。


 リヤンポイントが100%になったとき、閉ざされていたフィーネアの記憶が蘇る。



「ここは……フィーネアの記憶の世界か……?」

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