第58話 予想外
それがしは5人を救出するために自ら囮役を買って出たでござる。
これはそれがしなりの罪滅ぼしでござるよ。
それがしは深手を負ったユーリ殿を逃がすために、時間を稼ぐと大見得を切って置きながら、まったく役たたずに終わってしまったでござる。
その結果、ユーリ殿はあのような無残な姿に変わり果ててしまったでござる。
フィーネア殿や魔物たちの言うことが正しければ、ユーリ殿はまだ生きているということでござるが、それがしにはイマイチ信じられないでござるよ。
だけど、もしももう一度ユーリ殿に会うことができたなら、それがしは胸を張って言いたいでござる。
次こそはそれがしが必ず力になると……。
そのためには口だけでないということを証明しなければならないでござる。
武士なら言葉で語るのではなく、背中で語るものでござろう。
それがしは街に設置された処刑台から離れた場所で腰に提げた剣を抜き取り、天に向かって剣先を高らかに突き上げて声を張り上げたでござる。
「それがしの名は明智光秀! 腐りきったこの国に天誅を下す者でござる!」
「ああ? なんだなんだ?」
「酔っぱらいか?」
「なにかの出し物じゃないのか?」
ダメでござる……。
大勢の者が穏やかに笑ってはショーか何かと勘違いしているでござるよ。
これでは警備の兵士をそれがしに引き付けられないでござる。
どうすれば注意を引けるでござろう?
それがしは人でごった返した街を見回して、何かないかと探したでござる。
すると、それがしの視界にあるモノが飛び込んできたでござるよ。
教会を讃えるように建物の壁から壁にロープで吊るされた旗でござる。
その旗にはローブをまとった女性と、その周囲に弧を描くように7つの
おそらく女性は教会を表し、7つの剣は各国と勇者を表したものでござろう。
それがしが王都で王国兵を勤めていたときにはなかった旗でござった。
間違いなく今回の『悪魔処刑祭』という悪趣味極まりない祭りのために施されたのでござろうな。
「ならば」
それがしは人々の視線を気にすることなく、壁をよじ登ってはロープを斬り落とし、旗を回収して一箇所に集めるでござる。
それを繰り返し道に集められた旗が山のように築かれるのを、人々は不穏な目で見ているでござる。
それがしは足元に集められた旗を見下ろして、「何をやってるんだ?」と声を上げる人々を見やり、再び声を張り上げた。
「よく聞くでござるよ! それがしは本当の悪魔を処刑すべく、この腐った国と愚か極まりない糞教会に、反逆という名の狼煙を上げるでござる!」
それがしはポケットからマッチを取り出してサッと火を付けると、足元の旗に投げ込んでやったでござる。
勢いよく燃え上がる旗を見る人々の顔はみるみるうちに青ざめていくでござる。
「ここに居合わした愚かなる民よ! それがしはこれより革命のため国王を殺しに行くでござるよ。止めれるものなら止めてみるでござるよ!」
…………しーん。
それがしを見て固まる人々、だが次の瞬間――
「キャァァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
「異端者だぁぁああああああああああっ!」
「神を冒涜する異端者に神の裁きをっ!」
「誰かすぐに王国兵に知らせるんだっ!」
騒ぎ始めた人々をよそ目に、それがしは走ったでござる。
ごった返す人々を押しのけて、すぐにこの場から離れるでござるよ。
たった一人で王国兵や騎士団を相手にするなど不可能でござる。
だが、逃げ回り兵の目をそれがしに向けることは可能でござるよ。
案の定、騒ぎを聞きつけた王国兵が次から次へとそれがしを追いかけてくるでござる。
「いたぞー!」
「あそこだ! あいつが異端者だ!」
「引っ捕えろぉぉおおおおおおおお!」
それがしは街を駆け回りより多くの兵の注意を一身に引き付けることに成功したのでござるが……ここに来て問題発生でござる。
細い路地へと逃げ込んだそれがしでござったが、それが裏目に出たでござるよ。
「行き止まり……で、ござるか……。ついてないでござるな」
しかし、それがしはやると決めたのでござるよ。
それがしは踵を返して、追ってきた兵たちに向かい合ったでござる。
そして剣先を地面に突き刺していつものように髪を結い、心でスキルを唱えて気合を入れるでござるよ。
「死にたい者から来るでござる。拙者の無双が今……始まるでござるよ!」
「頭おかしいんじゃねぇーのか!?」
「ヤッちまえっ!!」
不幸中の幸いとはこのことでござろうか。
逃げ込んだこの路地は狭く、人一人が通れるほどの狭さでござった。
蟻のように群がる兵の数は多くとも、1対1の戦いならやれるでござるよ!
拙者は斬った。
突っ込んでくる兵たちに恨みはないでござるが、狂った世界に物押すことをせずに、黙認し続けた者たちにも多少の責任はあるでござろう。
それに何より友人を助けることの方が拙者にとっては何より重要でござった。
血飛沫が肌に飛び散る度に、まるで熱湯をかけられたように熱を感じ湯気が上ったでござる。
拙者は冬鬼殿たち魔物に鍛えられていたからでござろうか?
迫り来る兵にこれっぽっちも負ける気がしないでござる。
そしてまた一つ屍が築かれていくでござるよ。
拙者は知らぬまに強くなっていたでござる。
これなら十分やれると確信していたとき、聞き覚えのある声と同時に兵たちが下がって道を空け始めたでござる。
「まさかと思って来てみれば~、明智君じゃな~い。クスクス。月影先輩が死んじゃって錯乱でもしちゃったか~い」
「…………」
なんで……なんで千金楽がここにいるでござるか!?
こいつの足止めは瓜生殿がしていたはずでござるっ。
拙者は乱れる息の中、千金楽を見据えたでござる。
千金楽は無傷でござった。
つまり……瓜生殿とは対峙していないということでござろうな。
拙者たちは瓜生殿に裏切られたということでござるか……?
「あれ~? あれれ~? どうしちゃったんだい明智く~ん? 顔色が真っ青だよ~。クスクス」
「千金楽……」
「また呼び捨てか~い? 立場弁えてよ~、あ・け・ち~」
拙者の額からは汗が流れ、体は嫌でも震えるでござる。
「またブルブル震えてぇ~、お漏らしでもしちゃうんじゃな~い。クスクス」
「ああ、震えが止まらんでござるよ」
「へぇ~素直じゃないか~い。でももう明智君は処刑が確定しちゃってるから見逃してあげないよ~」
剣先は音を立て、拙者の体もガタガタと音を立てるでござる。
「ついてるでござるなぁ~」
「はぁ~? ついてる~? 明智君頭おかしくなりすぎて状況わかってないんじゃないの~」
「いやいやいや~、ついてるでござるよ~。このクソガキを拙者の手でぶち殺せるのでござるよ~。ユーリ殿にあのようなことをしたこのクソガキをっ! で、ござる」
「はぁっ? ガタガタ震えながら何言ってんの~」
「ああ~この震えでござるか~? 武者震いでござるよ!」
今しがたまで楽しげに相好を崩していた千金楽の表情からは、笑みが消えたでござる。
明確な殺意を拙者へと向けているでござる。
「決めた。お前とりあえず一番エグい殺し方してあげるよ」
「ガキがステータスが高いだけで図に乗るなでござるよ」
睨み合う拙者と千金楽。
「もう絶対に許さないからね」
◆
「フィーネア!」
「はい。明智がどうやら誘導に成功したようですね。フィーネアたちも行動に移りましょう」
「うん!」
フィーネアとゆかりの2人は王国兵たちが慌ただしく移動したことを確認すると、人ごみを縫うように素早く移動し始めた。
先ほどまでパレードのように行進し、檻に入れられた5人に向けられていた視線もざわつく兵たちに向けられていた。
これは好機だと言うようにフィーネアたちは大勢の視線を掻い潜り、巨大な荷馬車のような場所に乗せられた檻へと飛び乗った。
「みんなっ!」
「「「「「ゆかりっ!?」」」」」
ゆかりの声で塊まり蹲っていた5人が一斉に顔を向け、強張っていた表情が和らぎ、泣き出す者など様々な反応を見せた。
そんな5人とゆかりにフィーネアは間を置かずに口を開く。
「悠長に再会を喜んでいる暇はありません。兵がこちらに来ています! 鉄格子を焼き切るので離れて下さい!」
フィーネアの指示に従い直ぐに鉄格子から距離を取る5人と、力強く頷くゆかり。
「炎の書。鳳凰編第一章――羽炎」
フィーネアが放った羽炎によって鉄格子は切り裂かれ、その断面は真っ赤に熱せられて水飴のように溶けている。
「さぁ、早くここを離れましょう」
「みんな早くこっちに来て!」
「「「「「うん!」」」」」
フィーネアたちが荷馬車のような場所から飛び降りると、既に周囲は兵たちに完全に包囲されていた。
「どうするのよっ! フィーネア!」
騒ぎ立てるゆかりと5人たちとは違い、フィーネアは冷静だった。
フィーネアは素早く状況を確認すると、鉄格子の檻を乗せた荷馬車を引いているマンモスのような生き物のお尻に羽炎を放つ。
「グモォォオオオオオオオオオオオッ!?」
お尻に火が付いた巨大生物は熱さと痛みに驚き身を仰け反ると、暴れ牛のごとく暴れ始めた。
「今のうちです!」
兵たちが巨大生物に気を取られている隙にフィーネアたちは全速力で駆け抜ける。
「逃がすなぁぁああああ!」
「追えぇぇえええっ!」
追ってくる兵たちにフィーネアは振り返り羽炎を繰り出す。
その隙にゆかりたちは街を出るために振り返らず走っていたのだが、突如ゆかりたちの前方に落雷する。
――ゴォォオオオオオオオオオンッ!!
目が眩むほどの強烈な光が辺を包むと、舞い上がった粉塵の中から一人の男が姿を現した。
ゆかりたちは立ち止まり、稲光と共に現れた男を見やり絶句する。
「あんた……嘘でしょ……」
◆
俺はメアちゃんに乗って荒野を駆け抜けていた。
すると小さく見えていた王都が一瞬ピカッと光ったように見えたんだ。
「今の光はなんだ? 雷?」
と思った次の瞬間、メアちゃんが足元から砂埃を上げて立ち止まった。
「どうしたんだメアちゃん!?」
何かの気配を感じたのか、メアちゃんは前方を見据えたまま動こうとしない。
不審に思いメアちゃんが見据える視線の先に目を向けると、そいつは愛想笑いを浮かべながら立っていた。
「瓜生……禅」
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