第59話 同盟解消
「よっ、月影!」
片手を上げて親しげに声をかけてくる瓜生は笑っている。
だけど、瓜生が身にまとう雰囲気はどこかよそよそしい。
俺はメアちゃんから下りてそっと瓜生と向かい合う。
互いに真っ直ぐ目を見つめたまま沈黙が続き、俺と瓜生の間を通り抜けて行く風は冷たく、笑顔だった瓜生の表情を風がさらっていく。
この重苦しく流れる時を霧散させたのは俺の声だった。
「真夜ちゃんは元気にしてるか?」
「お、おう」
いつもと変わらない俺の態度に少し驚いたのか、瓜生は眉を上げて不自然な笑みを浮かべた。
「真夜ちゃんにエッチなことをしてないだろうな?」
「すっ、するかボケぇっ! 俺には元の世界に彼女が居んねんぞ!」
「ああ、知ってる。だからお前がどんな手段を使ってでも生き延びて、元の世界に還ろうとしていることも知ってるよ」
「…………」
瓜生は俺の顔を見つめたまま黙ってしまった。
図星か……。
だが……慌てることはない。
これは想定内だ。
「瓜生!」
「なんや?」
「俺はお前に大事な話をしなきゃいけない」
「大事な話?」
「そうだ。俺はお前にとても大切なことを黙っていた。だから……その話を聞いてから俺と敵対するかをお前自身で判断してくれ。その結果、お前が俺の敵になったとしても……俺はお前を恨みはしない。全力で叩きのめすだけだ」
「……聞かせろや」
瓜生の表情は真剣そのものだった。
当然だろう。瓜生は悩みぬいた末に俺の前に現れたのだから。
だから俺もそれに全力で応えなければいけない。
「瓜生、お前は勇者に選ばれた。だけど教会からはお前は勇者ではないと疑われている……違うか?」
「それはこの前話した通りや」
「だからお前は自分が勇者であることを証明するために魔王を探し出して討伐しようとしている。そうしなければお前も俺のように教会に狙われるからな。けど……本当にお前が勇者じゃなかったら? お前たち3人が紛い物の勇者だとしたら……或は魔王を討伐してしまえばこの世界が破滅に向かい、結局お前は元の世界に還れずここで死ぬことになると言われたら? お前はどうする?」
「はぁ? 一体お前は何の話をしとるんや?」
タッと地面を踏みつけて一歩身を乗り出す瓜生に、俺はグルメから聞いたこの世界の歴史や、七つの大罪をその身に宿して世界を邪神から守ろうとする、真の影の勇者……魔王たちについて語った。
「は? 魔王が世界を邪神から守っとる? 俺らが魔王を倒してもうたらそれが蘇る!? そないなアホなことを信じろって言うんか!?」
「ああ。それにお前は紛い物の勇者だ。魔王を見つけたとしても絶対にお前じゃ勝てない」
「なんでお前にそないなことがわかんのじゃ!」
遠回しにお前は弱いと俺に言われた瓜生がいきり立つ。
そんな瓜生に俺はグルメから聞いていたことを素直に話す。
「瓜生、真の勇者のステータスがどういったものか知っているか?」
「えっ、Sステータスが一個あるんやろっ!」
「う~と、Sステータスは確かに勇者の素質を持った者であることは間違いない。だけど真の勇者のステータスは……オールSなんだよ」
「……えっ!? オール……Sやと?」
「お前のステータスは? お前はオークロードに腕を切断されただろ? 勇者がオークロード如きに腕を落とされること自体が……ありえないんだよ。お前の耐久ステータスは……低いんじゃないのか?」
瓜生はそっと足元に視線を落として、息を呑むように口にする。
「力がSで耐久は……Cや。あと……敏捷がAで魔力がDや」
「瓜生……魔王のステータスはオールSなんだよ。お前が魔王に勝つことは……絶望的だと言えるんだ。ちなみにステータスSというのは測定不能ってことらしく、同じSステータス保有者でも実力が天と地ほど違うらしい」
「はは、ははは……なんやねんそれ」
瓜生は悲しそうな笑いを響かせる。
勇者である自分が魔王を見つけ出し倒せば、自分は真の勇者だと教会に認められて友人たちをずっと安全圏で守れると思っていたのだろう。
或は魔王を全員倒せば元の世界に還れると希望を持っていたのかもしれない。
だけどどこの世界でも現実ってのはそんなに甘くはない。
むしろ厳しいもんなんだよ。
死ぬ物狂いの努力をしたところで、何かに縋り祈り続けたところで、神様ってのは知らん顔で茶を啜るのさ。
でも、だからと言って諦める必要なんてないんだ。
開かずの扉の前で、それでも手を伸ばし続けた者にだけっ、気まぐれにその扉が開く時が来るんだ。
そしてそれに気が付くことのできる者は、扉の前で手を伸ばし続けた者だけなんだと思うよ。
「なぁ瓜生、俺はお前との同盟を解消しようと思っている」
「…………」
瓜生が俺を見つめる。
その眼は飢えた獣のような眼だった。
そんな瓜生に俺は続ける。
「俺はお前と同盟を解消して、お前と仲間に……友達になれたらいいなと思っている。互いに利用するんじゃなくて、互いに不利益になった時にも寄り添い、その背中を支えて、その背中を優しく押せる関係になれたらいいなと思っているよ」
「月影……」
「瓜生……俺と友達になってはくれないだろうか?」
俺はそっと右手を差し伸べる。
これ以上は野暮なので、俺は真っ直ぐに瓜生の目を見据えて願いよ届けと心で呪文を唱えた。
瓜生はただじっと差し出した俺の手を見つめている。
数秒――また沈黙が流れる。
だけど重苦しくはない。
むしろ心地いいと言える。
俯き、視線だけを差し出した手へと向ける瓜生の口角が少し吊り上がったような気がした。
次の瞬間――瓜生は顔を上げて払うように俺の手を叩いた。
「ダチになるのに握手なんぞいるかっ、ボケっ!」
「瓜生……」
「お前のさっきの話しを聞く限り……俺はどうやら勇者でもなんでもなかったらしいいうことはようわかった。それやったら教会に狙われるし、いっそのこと魔王側についた方がマシやからな……ただそれだけや」
「相変わらず自分の保身か」
「当然や! 俺はな……どんな卑劣で卑怯やと言われても死なれへんねん。俺の帰りを待っとる女がおる。俺にはでっかい夢がある! それら全部をこの両手で掴み抱きかかえるまでは死なれへんのや。俺はそういうカッコ悪い男やねん!」
瓜生は珍しく少し頬を赤らめた。
きっと吐露したその言葉が嘘偽りのない瓜生禅なのだろう。
「いや、まぁ~カッコ悪くたっていいじゃねぇーかよ。かっこいいだけの人間なんて糞くらえだな! 俺は偽善者が一番嫌いなんだ。なんたって俺は勇者でもなければヒーローでもない、ただの村人その1だからな」
「はははっ、なんやねんそれ。でもまっ、お前のそういうとこ嫌いやないわ。むしろ清々しくて好感持てるわ」
「だろ?」
笑い合っていた俺と瓜生だったが、すぐに表情を引き締めた。
そして瓜生がフィーネアたちの状況を教えてくれる。
瓜生の話しだと、フィーネアたちは通信コンパクトミラーで瓜生に協力を求めてきたという。
その内容は千金楽の足止めだったのだが、瓜生は現在俺の前にいる。
ってことは、千金楽はフィーネアたちか明智のどちらかに向かった可能性がある。
フィーネアたちは捕まった5人を救出するために、街に設置された処刑台に輸送されている5人を救出している。
明智はそんなフィーネアたちから少しでも兵を自分の方に向けるために、囮役を買って出たらしい。
「不味いな」
「ああ、千金楽はイカれとるからな」
それにさっきの雷も気になる。
「瓜生、お前はフィーネアたちのところに向かってくれ。俺は一人で無茶してカッコつけている明智の元に向かう」
「おっしゃっわかったわ。そこらの雑魚兵なんぞこのスーパースター瓜生禅の敵やない。仮にあの
「おう、頼む」
俺はメアちゃんにまたがり再び街へ向かって駆け出す。
瓜生はメアちゃんの横を走りながら通信コンパクトミラーで仲間と連絡を取っている。王都から仲間を離脱させるためだろう。
「ほな、俺は中央広場付近にいる嬢ちゃんらの元へ行くからな! あとで落ち合うぞ月影!」
「おう! 頼んだぜスーパースター!」
「まかしとけやっ!」
街に入った俺たちは分かれた。
俺はメアちゃんの背に乗りながら透かさず探知ダガーを抜き取り、周囲100m圏内を探知しながら明智を探す。
明智たちが相当暴れているのか、街の中は台風が過ぎ去った後のように閑散としている。
街の人たちは逃げるように自宅などに身を潜めているのだろう。
俺は何度も何度も走るメアちゃんの背で探知し続けた。
「一体あのバカはどこにいるんだよ!」
その時――ゴォォオオオオオオオオオンッ!!
再び街の中央広場付近に凄まじい轟音と共に光が落ちた。
「さっきのといい、何なんだあれは?」
しかし、今は向こうは瓜生に任せて俺は明智を探さなければ。
探知を繰り返していると見慣れたシルエットが脳裏を掠めた。
「明智だ! メアちゃんあっちに向かって走るんだ」
「ムゴォオオオオオオオオオオオッ!」
風のように街を縦横無尽に駆け回るメアちゃんが壁を蹴り、目的地にたどり着いたとき、俺の頭は真っ白になった。
俺の目の前には黄金の槍を肩に乗せて薄ら笑いを浮かべる千金楽と、その千金楽の足元で倒れ込む明智の姿があった。
明智の両脚は既に失く、痛みに顔を歪める明智が……それでも戦おうと前方の剣に必死に手を伸ばしながら叫びを上げている。
「おまえだげはっ……おまえだけはゆるざんでござるっ! だどえあじがもげようど、ざじじがえででもごろじでやるでござるぅぅうううううっ!!」
「あっはははは! ヤバい、ヤバ過ぎるよ! 本当に明智君も月影先輩も傑作だよ~。類は友を呼ぶっていうけどさ~、ゴキブリ人間の友達はやっぱりゴキブリ人間だったんだね~。あっはははははっ!」
俺はメアちゃんから下りて、2人を……明智を見て叫び走った。
「あけちぃいいいいいいいいいいいいっ!」
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