第46話 契約の際はご注意を!?
「なにが『不幸』のどん底だっ! 下僕で豚の分際で女王様であるわちきに何たる無礼っ! いいわ……まとめてわちきが調教プレイという名の処刑をしてあげるわ」
眼前の変態女は勝気に嘲笑い、自分以外の全てを見下すような視線を向けてくる。
その視線に一番イラッとしているのはどうやら冬鬼のようだ。
冬鬼は動じず仁王立ちで腕を組み冷静さを装っているものの、僅かにピクっと片眉を吊り上げていた。俺はそれを見逃さない。
オーガ三人衆のリーダー的存在の冬鬼は、魅鬼や剛鬼よりもプライドが高く、俺への忠誠心が最も高い魔物なんじゃないかと思う。
そんな冬鬼に向かってマムシは上から目線で嘲笑うだけではなく、俺のことを馬鹿にした。
結果、冬鬼の明確な殺意が込められた眼は真っ直ぐマムシへと向けられる。
その迫力に俺の方が一歩身を引いてしまいそうなほどだった。
さらに俺の後ろで喉を鳴らして殺気立ち、逆立った毛並みから悪意の塊りみたいな邪気を撒き散らすメアちゃん。
その姿はまさに闇そのものだ。
そしてフィーネア――月明かりに照らされた凛とした表情とは裏腹に、握り締められた拳が言外にその怒りを物語っている。
多くを語らずとも、今のフィーネアを見れば俺にはわかる。
フィーネアはとても優しい子だ。
そんなフィーネアはきっと俺のために一人でマムシと戦うという決断をしたのだろう。
しかし結果は敗北。
独断専行し負けた上に目の前で俺がなぶられることを止められなかった自分自身に、フィーネアは憤怒しているのだ。
だけど、そのことを一番悔やんでいるのは他ならぬ俺自身だ。
フィーネアに無謀な選択をさせたのは……他の誰でもない、俺なんだ。
俺がゆかりのことで我れを忘れていつもの俺じゃなくなってしまった、それがフィーネアを一人で戦うという決断に踏み切らせてしまったのだ。
あの時……もしも俺が俺であり続けられたなら、フィーネアが心を痛ませて俺の頬を叩くこともなく、作戦通りの行動を行っていただろう。
そう、すべては俺の心が弱かったのが原因だった。
他者を……誰かを助けたいと願ったとき、その者は何よりも誰よりも心を強く持たなければならなかった……俺は弱い上に愚か者だ。
しかし、人は変われる。生きてさえいればどんなに辛い過去を背負っていたとしても、幸せな未来を目指して歩みを進められる。
そして俺もまた、この後悔と過ちが俺自身をさらに強くさせるのだ!
右足が完全に再生した俺はダンッと確かめるように地面を踏みしめ、鋭い眼光をマムシへと向ける。
「行くぜマムシ! 俺の怒りは超ド級の『不幸』となりて、お前の魂に深く刻まれる!!」
「ほざくんじゃないわよ、クソ豚がぁぁあああああああああああっ!」
俺は走った。
腰に携えたダガーを抜き取り目の前で怒号を上げるマムシへと。
「笑えるくらい遅い。遅すぎて話にならないわっ! 止まったように遅い豚の首を刎ね飛ばしてあげるわっ!!」
マムシは馬鹿にしほくそ笑み、俺に目掛けて風を切り裂く凄まじい音と共に鞭を放つ。
だが! その光景を見てもフィーネアも冬鬼もメアちゃんも誰一人として動じない。
彼らは信じてくれている。
マムシなんかに俺が負けたりしないのだと。
その期待の眼差しを一身に背負ったのなら、俺は全力でそれに応えるだけだ!
俺は左手でポッケから風神飴を取り出しそれを口内へと放り込み、軽く飛び跳ね身を翻して一気に息を吐き出す。
「ふぅうううううううううう!」
俺の口は風神様の風袋。渦を巻く風がトルネードと化して宙に舞う俺の体を投げられたボールのように後方へと飛ばす。
空中で突然急加速する俺の体を捉えそこねたマムシの鞭は派手に空を切り、俺は尻を突き出しそのまま一気に突っ込んだ。
「怒りのヒップアタックだコンニャロー!」
俺のケツを顔面で受け止めたマムシが無様に吹き飛ぶ。
俺は華麗に着地してすぐに吹き飛んだマムシへと視線を向けて確認する。
マムシはポタポタと鼻血を流し、顔を真っ赤に染め上げ屈辱と言わんばかりに身を震わせている。
「どうしたどうした? 調教するんじゃなかったのか? これじゃ俺のケツ舐め調教じゃねぇーか。ひょっとしてあれか!? ドSな振りをして実はわちきはドMですってか? ならちゃんと言えやぁ! ご主人様、わちきを調教してくださいってなっ!!」
マムシは俺の言葉を聞き、絶叫しては辺り構わず吠えまくっている。
「イギャァァアアアアアアアアアアアアアアアッ! ころすっ、ゴロスッ、ぶち殺してやるぅぅうううううううううっ!!」
眼は完全に血走り唾液を撒き散らして、錯乱した哀れなチンパンジーのようにドスドスと地団駄を踏み鳴らしている。
「随分と威勢だけはいい女王さ……いや、調教されて興奮しているただの変態か」
俺は先ほどのマムシ同様、見下すような視線をマムシへと向けて、にかっと笑う。
「もう許さないっ……貴様だけは四肢を切り裂きダルマにして、一生殺さず飼い殺しにして糞まみれの中で死ねぬ恐怖を与え続けてやるわぁぁああああああっ!!」
「あー、御託はもういい。弱い奴ほどよく吠えると言うが、まさにお前のことだったんだな。俺……口だけ野郎に興味ねぇーんだわ。わりぃーな」
「このクソッ豚がぁぁああああああああああああっ!!」
マムシは鞭を振り回しながら俺へと向かって猪突猛進。
冷静さを失ったマムシは考えなしに飛び込んでくる。
愚かとしか言いようがないな。
この異世界ではステータスが全てだと聞かされた。
確かにそれは間違ってはいないのだろう。
高ステータスの者に低ステータスの者が勝つことは極めて難しい。
そう、難しいというだけのことなんだ。
誰も不可能なんて言っていない。
その難題をクリアするために固有スキルや武器スキルなどが存在するのだ。
なら……俺はそれをフル活用し、難問を解いてやるぜ。
俺はポッケから新たな飴玉、死界飴を取り出し素早く口に含むと、再び勢いよく息を吐き出す。
すると、俺の口からは闇が吐き出される。
死界飴――それは食べた者の吐息を文字通り暗闇へと変えてしまう。
死界の中では五感、つまり『視覚』『聴覚』『嗅覚』『味覚』、唯一『触覚』だけを残して四つの感覚が失われる。
要は俺が吐き出した闇の中では誰もが『触覚』だけを残して迷子となる。
それはもちろん俺自身も同様だ。
走り込んできたマムシも俺自身も闇の中で敵を見失い、暗闇に立ち尽くすことになる。
だけど、俺の勝利の方程式は既に出来上がっているぜ、マムシ!
俺は右手に持つ探知ダガーを発動させる。
するとどうだろう……視界を奪われた俺の脳内にははっきりと困惑するマムシが見える。
俺は目を瞑り、ゆっくりとマムシの背後に忍び寄る。
そして『聴覚』を奪われたマムシに聞こえるはずもないのに口にする。
「この闇は……お前に与えられた全ての者たちが味わった苦痛と痛み、絶望という名の闇だ。希望もなく、闇に囚われることがどれほど恐ろしいか……お前に教えてやりたかった」
俺は両手でダガーをギュッと握り締める。
この女郎街で苦しめられた全ての者の痛みを剣先に込めて。
「闇に抱かれて今朽ち果てろ! 女郎蛇のマムシッ!!」
俺はマムシの背中にダガーを突き立てる。
「ギヤァァアアアアアアアアアアアアアアっ!! やめでぇ……いだい」
おそらくマムシは悶え苦しみ叫んでいるのだろう。
だけど……俺にお前の痛みは、苦しみは聞こえない。
お前が多くの者の痛みや悲しみを聞かなかったように、俺にも聞こえないんだよ、マムシ。
マムシは倒れる。音も無い絶望という闇の中で誰に助けを乞うことも叶わぬまま、そっと意識が奪われていく。
「次にお前が目を覚ましたとき、本物の『不幸』が待っているぜ、マムシ」
◆
闇は消える――この地に囚われていた全ての悲しみを優しく拭うように、夜風がそっと闇を吹き消していく。
闇が取り払われた視界の先で、フィーネアたちが優しく微笑んでいる。
「さて、最後の仕上げだな」
俺はメアちゃんにマムシの四肢を食べさせた。
そして深手を負って意識を失ったマムシへと、フィーネアが癒しの炎でその傷を癒していく。
「ぅう゛……ここは……わちきは……」
ゆっくりと目を覚ますマムシ。
「よお! 目が覚めたみたいだな」
「きっ、貴様っ! 一体何をした! わちきが殺してやるっ!」
マムシは状況が理解できていないみたいだな。
そんなマムシに俺は言う。
「マムシ、自分の体をよく見てみろよ」
寝そべるマムシは顎を上げて、自身の体に目をやり絶望に絶叫する。
「ギィヤァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!? わちきの……わちきの体がぁぁああああああああっ!!」
マムシは蛇のように体をモゾモゾさせながら悲壮な叫びを響かせる。
そんなマムシに俺は提案する。
「マムシ、取引しよう」
「とっ、とり……ひき?」
マムシはガタガタと歯を鳴らし、絶望に顔を歪めながら尋ねてくる。
「そうだ、俺の右足首を見ろ。俺の足はお前に切り落とされたがこの通り元に戻っている。俺ならお前の失った四肢を元通り再生してやれるんだよ。だがその為には、この女郎街の女たちにお前が掛けた呪いを解くことが条件だ」
ゴクリと生唾を飲み込むマムシ。
「嫌なら別にいい。お前を殺すだけだ」
マムシは周囲を見渡しさらに顔を歪めた。
無理もない。
マムシの手下は全員地に沈み、自身を取り囲むのは無数の魔物なのだ。
マムシはついに観念したのだろう。
重い口を開いた。
「わかった……わちきの負けだよ。取引を飲むよ」
(なに問題ないさ……元通り体が戻れば……また時間をかけて女郎街を、わちきの国を築けばいいだけのこと)
マムシは宣言通り女郎街に囚われていた全ての者の呪いを解いた。
「ユーリ殿! 間違いござらん! 店の
店の二階の窓から顔を出して、確認しに行った明智が呪いは解けたと言っている。
その声にフィーネアはホッと肩を撫で下ろし、ゆかりたちは安堵したのか泣き崩れてしまった。
「さぁ、約束通りわちきは呪いを解いてやった。お前も早くわちきの体を元に戻せ!」
「えっ……!? なんのこと?」
「は……?」
俺がすっとぼけた顔でそう言うと、マムシは驚愕に目を丸くさせる。
「ななな、なにを言っている! 貴様今わちきと取引をしただろ!?」
俺は『んー』と頭を掻いた。
「口約束は取引のうちに入らないさ。取引ってのは信用が大事だからな、ちゃんと契約書を交わしてからじゃないと成立しないんだよ。一つ勉強になったな、マムシ」
「………………」
マムシが鼻水を垂らしながら固まっている。
こいつは俺を笑わせようとしているのか?
意外とお茶目な奴だな。
「ぎざまぁぁああああああああああああっ!!」
《MFポイント 3000ポイント獲得》
おっ! 新記録更新だな!
「あと……」
俺は辺を見渡し、一人の男を指差した。
「メアちゃん、あいつの手足も食べていいよ。それとフィーネアもあいつを癒してやってくれ」
俺が指差した男は……そう、俺の鼻を砕いたクソ野郎だ。
俺は意外と根に持つタイプなんだ。
その後――俺は生き残っているゴロツキ共をダンジョンに運んでから殺すように魔物たちに命令した。
なんでそんなことするのかって?
俺は恩は返すタイプなんだ。
ダンジョンで殺さないとグルメに魂をあげられないからな。
それにダンジョンレベルやポイントも欲しいもん。
「さてと、そんじゃー騒ぎになる前に街を抜け出しダンジョンに帰るか」
◆
そこは嘗て女郎街と言われた場所だった。
今ではどこにでもあるような街の一角なのだが……一つだけ違う点がある。
大きなテントが張られたそこは見世物小屋として賑わいを見せていた。
「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。世にも珍しい首だけで生きる男女だよ」
「ざまあねぇな」
「なんでもマムシの野郎は女たちに呪いをかけて無理やり働かせていたらしいじゃねぇーか」
「自業自得だな」
「バチが当たったんだよ、この間抜けは」
「「ハハハハ」」
「わちきを笑うなああああああああああああっ!!」
嘗て、女郎街と言われた街があった。
女郎街の女王と名乗った女は月影遊理に四肢を奪われ、「やはり顔以外いらないか」と言われた挙句、見世物小屋に売り飛ばされたのだった。
月影遊理はこれを、MFポイント装置と呼んでいた……とかなんとか。
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