第45話 微笑んだ女神

 上手くこの場を凌ごうと思ったのに、フィーネア殿のせいでヤクザに取り囲まれてしまったでござる。

 絶対絶命のピンチでござった。


 こうなった以上、それがしが助かるためには……。

 それがしは腰に提げた剣を抜き取り叫ぶ。


「剣術の書。心得編第一章――一騎当千の勇気、発動! さらにメタモルフォーゼ、発動でござる!」


 それがしの奥底に眠る真の力がグワッと間欠泉のように湧き上がり、それがしを真の姿へと変えていく。


 拙者はカッと目を見開き取り囲む有象無象の雑魚共をめつけながら、剣先を地面に突き刺しヘアゴムで髪を結う。


「なっ、なんだこいつ!?」

「突然キモいあんちゃんから別人みたいになりやがったぞ」


 拙者に恐れおののく雑魚共が喚いておるでござるな。


「静まらぬか……今宵は半月が美しいでござるな。まるで拙者の勇姿を照らすべくしてそこにあるようではござらぬか」

「なっ、なんなんだこのキザったらしいいけ好かねぇー野郎は!」


 ふんっ。拙者のあまりのイケメンぶりに醜き嫉妬を口にしているでござる。

 拙者は剣を抜き取りそっと構える。


「月夜の晩にだけ姿を現すイケメン侍とは拙者のこと。死にたい奴からかかって来るでござるよ。斬って進ぜよう」

「なっ、なめんじゃねぇーぞ!」

「やっちまえ!!」


 拙者は一度刃先を鞘へと収めると、それを左手で握りしめ居合の構えを取る。


 一斉に襲い来る雑魚共に拙者は敏捷ステータスをフル活用し、目にも止まらぬ居合を披露する。


「秘技、イケメン無限月下!!」


 月明かりを反射し刃がキラリと煌くと、そこから繰り出されるは無限の連撃――僅か3秒間で36連撃を雑魚共に叩き込んでくれる。


「「「ぐうぁぁあああああああああああ!!」」」


 拙者は正面の雑魚共を斬り捨てると、死に際の声を掻い潜り一点だけを見つめ突破する。

 目指すは前方で膝を突くユーリ殿!


「今助けるでござる!」




 ◆




 俺は死ぬのか……先ほどまであれほど痛かったのに……もう痛みすら感じない。

 血が流れすぎたのか頭も思うように働かない。

 それに何より……寒い。


 俺の髪を掴み取るマムシの声も遠くから聞こえてくるようだ。

 フィーネアに……メアちゃんは無事なのか……?


 ゆかりに助けると大見得を切っておいて……このざまか。

 冬鬼たちに帰ると約束しておいて……このざまか。


 いや、諦めるにはまだ早い……まだ可能性は残されている。

 俺の手の中には再生薬が一つ握られているんだ。

 そう、先ほどミスフォーチュンへ駆け込み購入した希望だ。


 これを飲めば右足だって元に戻るし、血も止まる。

 だけど……飲む隙がない。

 どうすれば……。


 その時――俺の耳に馴染みの声……? とは少し違う、あのキザったらしいい声が聞こえてくる。


「ユーリ殿っ! 今すぐにダンジョンをこの場に設置するでござる!」


 背中越しに微かにぼんやりと聞こえる声、明智だ。

 明智が助けに来てくれたのか……?


 しかし、この状況で……しかも街中でダンジョンを設置しろとはどういうことだ?


「ユーリ殿っ! 拙者の声が聞こえていたらすぐにダンジョンを設置するでござる! 頼むから設置するでござるよ!」


 それは無意識だった。

 ろくに回らない頭では今の明智の言葉の意味を、その意図を理解することなんてできなかった。


 だから、俺は言われるがままほぼ無意識下の中で口にした。


「ダン……ジョン、マス……ター、はつ、どう」


 霞む視界にはかろうじてそれが見えた。

 形成されるダンジョンの入口から数多の蠢く眼――それらが俺と目が合うと瞬く間に叫びを響かせる。


「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」」」


 怒り狂うような声が幾重にも幾重にも夜の女郎街に響き渡り。


 次の瞬間――俺の髪を掴み取るマムシがバックステップで後方に下がった。

 背に倒れこむ俺の体を優しく抱き支える逞しい手……。


「ボス! 遅くなって申し訳ない」

「皆殺し皆殺し! 俺たちのボスに手を出しておいてただで済むと思ってんじゃねぇーぜ、脆弱な人間がぁぁあああああ!」

「わっちの怒りは神鬼級でありんす」


 それはありえない光景だった。

 出現したダンジョンからは待っていましたと言うように次から次へと頼もしい家族が月明かりの下に姿を現す。


「どう……して……?」


 ありえない……ありえるわけがない。

 ダンジョンの魔物たちはダンジョンから一歩も外に出ることはできないはずなんだ。

 それなのに……どうして?


 困惑の俺の元にフィーネアと明智が駆け寄り――フィーネアはすぐに俺が手にしていた再生薬をゆっくりと俺に飲ませてくれる。


「炎の書。鳳凰編第一章――癒しの炎」


 そしてすぐに暖かな温もりが俺を癒していく。

 すると今度は透かさず明智が懐から何か取り出し、俺に差し出している。

 俺はそれを受け取った。


「手紙……?」


 俺はすぐに手紙の中を確認する。

 そこには――。


『月影遊理――

 お主を正式に儂の配下と認めることをここに宣言する。

 お主はこれより異世界に還る手段を見つけ、儂に更なる魂を捧げるのじゃ。


 それに伴いお主には優秀な部下が必要じゃろう。

 じゃが、生憎お主に部下を回す余裕はない。


 そこで現在、お主が管理しておるダンジョンの者たちを制限付きで仮釈放とし、ダンジョンから周囲5キロまでの外出を許可することをここに認める。


 PS. 時に勝利の女神は微笑むのじゃ。

 暴食の魔王、グルメ』


 手紙に目を通す俺の手に力が入っていく。


 グルメの野郎……イカしたことしてくれんじゃねぇーか!

 こうなりゃ百人引きだぜぇ!

 人の足首切り落としてくれたあのイカれ女に目にもの見せちゃるわ!!


 俺はフィーネアの肩を借りて立ち上がり、力強く俺を見て頷く魔物たちへ頷き返し、威嚇するようにゴロツキ共を、マムシのクソ野郎を睥睨する。


「なっ、ななな、なんで街中に突然魔物が現れやがんだ!」

「ふざけんじゃねぇぞ!」


 慌てふためくゴロツキ共。さっきまでの威勢はもうそこにはなかった。

 マムシは魔物たちにガンを飛ばし、薄唇を噛み締めた。


「落ち着きいな豚どもっ! よく見れば大半は奇妙ななりをしたゴブリン共だ。それと……何人かは急いでギルドに要請を出してきな! 寝ている冒険者共を叩き起してやりな!!」


 マムシの指示に従い数名駆け出した。


 不味い! さすがに冒険者たちが次から次へとやって来たらいくら冬鬼たちでももたん!


 俺はすぐに魔物たちに走り出した敵を捕らえるように指示を出そうとしたのだが――その必要はなかった。


「そうはさせないですよ!」


 その聞き覚えのある声は遥か上空から聞こえてきた。


 輝く月を背に、鱗粉を舞い散らせるような透明な四枚羽を羽ばたかせた、緑髪のショタ。


「プリンちゃん!?」


 見上げた空にプカプカ浮かぶプリンちゃんを見て俺は驚きの声を上げた。

 だってプリンちゃんは俺がアホほど進化玉を食べさせたせいで昏睡状態だったのだ。


 そのプリンちゃんが俺にペコリとお辞儀して、幼い声を張り上げる。


「あの時は助けられず申し訳なかったです、マスター! でも、今の僕は一味違いますよ! この妖精王プリンちゃんの結界を掻い潜れるものなら……掻い潜ってみるですよ!!」


 その声と同時にプリンちゃんの頭上に神々しい魔法陣が出現し、金色こんじきに輝く半透明のオーロラみたいな光が、カーテンのように女郎街を包み込んでいく。


「す、すごいでござるな」

「驚きでありんす。あれがプリンちゃんだなんて信じられないでありんす」

「ガッハハハ。ボスの為に力を得たのだな、愉快愉快」

「ボス……俺にも何れ進化玉を……」


 皆驚きと喜びの声を上げる中、冬鬼だけはプリンちゃんを見上げて少しムッとしていた。

 きっと悔しかったのだろう。


 そして近くにいたのか、ゆかりたちも恐る恐る周囲を見渡しながら歩み寄って来る。


「ゆう君……このモンスターたちは……ゆう君のお友達……?」

「ああ、俺のファミリーだ!」


 目が点になってしまったゆかりたちのことは明智に任せて、俺は目の前で苦虫を噛み潰したような面のイカれ女を射抜くように見る。


「覚悟はできてんだろうな? 女郎蛇のマムシ!」

「ふっ、ふざけるなぁぁああああああああっ! わちきは女王だ! この街の女郎街の女王だ!! 貴様らのような魔物風情に臆さぬわっ!」


 キャンキャンと吠えるバカ女がまだ状況を理解できていないらしいな。

 自分たちが追い詰められ、もう袋の鼠だということを!


「あの女は俺がやる! お前たちはそこら辺の雑魚を……殺せ! 人を人とも思わないようなゴミは皆殺しにして構いやしねぇ。ヤッちまえ!」


 俺の声に真っ先に反応したのは太郎さんだ!

 太郎さんはヒヒィーンと前足を高く上げ、目の前のゴロツキ共を携えたランスで貫いていく。


 その姿を見て情けない声を響かせながら逃げ惑うゴロツキ共を、ピコピコハンマーで武装したぬいぐるみゴブリン隊が猛追を仕掛ける。


「行くですよ!」

「ヤっちまうです!」

「僕たちゴブリン隊には妖精王がついてるのです」

「ビビらないですよ!」


 指揮を執っているのは上空のショタ王こと、妖精王プリンちゃんだ!

 プリンちゃんは空中で座禅を組み、綺麗なソプラノを響かせている。


 すると、プリンちゃんの美しい歌声を聞いたゴブリン隊の皮膚が赤みを増し、真っ赤なオーラのようなものを身にまとっている。


「なんだあれは?」

「バフでありんすね」

「バフ?」

「おそらくプリンちゃんがゴブリン隊の皆さんにエンチャントと言われる特殊な魔法を掛けているのですよ、ユーリ」


 プリンちゃんはどんだけ強くなったんだ……。

 ひょっとしてダンジョンで最強なのはショタ……プリンちゃんじゃないのか。


 ゴブリン隊はゴブリンとは思えないほど強く。

 ゴロツキ共を圧倒している。


「血沸く血沸く。俺もひと暴れしてやるぜ」

「わっちも暴れるでありんすよ」

「俺は念の為ボスについている。お前たち二人は好きにしろ」


 冬鬼の言葉に魅鬼と剛鬼も参戦しに行ってしまった。


 俺はフィーネアと冬鬼にフィーネアに治療してもらった闇をまとう巨大なメアちゃんと共に、マムシとの最終決戦に挑む。



「女郎蛇のマムシ! テメェーの悪事もこれまでだ。俺が……この月影遊理がテメェーを『不幸』のどん底に叩き落としてやるぜ! 覚悟しろ!」

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