第24話 すべては計算

 まさかの緊急事態。

 俺は走って森へ向かっているのだが、既に前方には誰も見えない。


 皆森へと入ってしまった。

 もちろん。瓜生の姿もない。


 瓜生は俺の足が遅いということを完全に忘れているのか、俺を一人置き去りにしやがった。

 瓜生が俺の足の遅さを忘れているなら大問題だ。


 と言うのも、俺は現在透明人間と化している。

 つまり誰にも俺の姿は見えない。

 そんな中、瓜生は俺が傍にいると勘違いしている可能性がある。


 勘違いしている中でオークの王様とかいう化物と戦闘に入ってしまったら、不味すぎる。

 ここに来て幽体化が裏目に出てしまったということだ。


 とにかく嘆いていても仕方がない。

 一刻も早く瓜生と合流しなければ手遅れになってしまう。


 鬱蒼と生い茂る森の中に駆け込むと、普段は静けさに包まれている森も。

 今はあちこちから怒号が飛び交っている。


 俺は森に入ってすぐに立ち止まり、安全を確認する為に周囲を見渡した。

 透明人間になっているとは言え、ここは戦場だ。

 何かの拍子に巻き込まれる危険性もある。

 

 森に入ったばかりと言うこともあり周囲に人影はない。

 きっとこの奥で激しい戦闘が繰り広げられているのだろう。


 俺は腰に提げた探知ダガーを抜き取り、すぐにスキル探知を発動させる。

 スキル探知は俺の周囲100メートル圏内の生き物を探知するスキルだ。


 脳内に周囲の光景が浮かび上がり、どこに誰がいるのかを明確に教えてくれる。

 だが探知出来る距離に瓜生の姿を発見することは出来ない。


「不味いな」


 この森はかなり広い。端から端に移動するだけでも数時間はかかってしまう。

 実際この世界に来たばかりの俺たちがこの森を通り、反対側に出るまでにかなりの時間を有している。


 勇者である瓜生の敏捷ステータスがどの程度なのかわからないが、間違いなくフィーネア達より速い事くらいは簡単に想像がつく。


 そうなると最悪、瓜生の奴はかなり奥まで進んでいる可能性がある。

 俺の足では数時間掛かる道のりでも、瓜生の足ならそれほど掛からないだろう。


 考えている時間はない。

 こうなれば移動しつつしらみ潰しに探知すしかないのだから。


 俺が森の中を移動しようとした直後、一本目の幽体化が切れてしまった。


「もう15分経ったのかよ。まだ森に入ったばかりなのに」


 仕方ないと2本目を飲み干すと、


《MFポイント30獲得》《MFポイント30獲得》


 次々に視界にMFポイント獲得の文字が浮かび上がってくる。

 一体どうなってんだ?

 こんな時にダンジョンに入った奴でも居るのか?


 そんなバカは流石にいないと思うが、今は気にしていても仕方ない。

 先を急ごう。


 俺は少し進んでは探知スキルを使い瓜生の捜索を続けるが、一向に見つからない。


 あっと言う間にまた15分が過ぎてしまい、三本目を飲もうとしたとき――突如後方から誰かが吹っ飛んできて、ぶつかった拍子に貴重な三本目を零してしまった。


「ああああああっ!? 何すんだっ!」


 怒気を含ませ振り返って飛んできた奴に文句を言ったのだが、そいつに俺の声は聞こえていなかっただろう。

 何故なら、そいつには下半身がなかったのだから。


「…………っ」


 俺は咄嗟に探知スキルを発動させて周囲を確認すると……囲まれている。

 俺の周囲には50匹近いオークとでかいモンスターがいる。


「なんだっ!? あのでかいのは……? オークだけじゃないのか? 話が違うじゃないかよっ!!」


 それによく見ると……オークの種類も違うのが混ざってる。

 俺の知っているオークは巨体のデブなのだが。


 中にはボディービルダー見たく筋骨隆々としたマッチョオークの姿もある。

 明らかに普通のオークよりも強そうだ。

 さしずめハイオークと言ったところか?


 それに……バカほどでかいあれは……?

 ゲームなどに出てくるトロールに酷似している。


 いくらなんでもこの状況はヤバい。

 だけど……大群に囲まれているこの状況で透明人間になっても意味があるのか?


 もしも目前の化物がオークの進化系、ハイオークだったとしたら……嗅覚もオーク以上である可能性が極めて高い。

 幽体化は姿を消すことはできても、臭や音まで消すことは不可能なのだ。


 このままじゃ不味い!

 瓜生の元にたどり着く前に俺が殺されちまう!!


 こんなことになるんならフィーネアを連れてくるべきだった。

 何もかも予定と違いすぎる。


 50匹近い化物たちが威嚇しながら距離を詰めてくる。

 四方を囲まれた俺に逃げ道は皆無。

 戦うなんて以ての外だ!


 ゴブリン一匹程度なら俺でも何とかできるまでになったのだが、オークは絶対に無理だ!!

 逃げるしかない!


 俺は咄嗟に両手を地面に突き、イチかバチか威嚇して時間を稼ぐ。


「うらぁあああああああああああああああっ!! ちょっとでも俺に近付いたらぶち殺すぞっ!!」


 俺は涙目になりながらダガーを振り回して、穴が出来上がる5秒を稼ごうと声を張り上げる。


「ギャハハッ」

「ギャギャギャッ」


 俺の無様な姿を前にモンスター共は馬鹿にしたように嘲笑っていやがる。


 きっと俺のダガーを振る速度が遅いことを馬鹿にしているのだろう。

 だけどそれでいい。

 笑いたけりゃ笑えばいいさ。


 腕力で勝てない俺は頭脳でお前たちに勝ってやるよ!

 人間様をなめんじゃねーぞ!!


 化物共が一斉に身を乗り出した瞬間――

 俺の体は地面に吸い込まれるように、穴の中へと吸い込まれる。


「痛っ!!」


 勢い良く自らが作った落とし穴に落ちると、俺は痛みを堪えて立ち上がり、透かさず横穴を開けるべくタッチ!


 そして心の中で2秒数えて今度は足元にペタリと手を突く。

 そのまま頭上を見上げると、オーク達が薄ら笑いを浮かべながら穴を覗き込んでいやがる。


 俺は奴らを挑発するように天高く中指を突き立てた。


「かかって来いやぁぁああああああああっ! この腰抜け共がっ!!」


 よく響く穴の中から怒号を上げると、俺は速やかに開いた横穴に飛び込んだ。

 すると、俺のあとを追いかけて次々にオーク達が穴へと飛び込んでくるが、時間差で穴はさらに深くなる。


 そう、俺は大怪我をしないように浅い穴を掘り、落ちるとすぐに横穴を開けてから、さらに真下に100メートルほどの穴を掘ってやったのだ。


 これが飛び込んでびっくり時間差落とし穴だ!

 浅いと思って飛び込めば、実は超絶深い落とし穴!


 100メートルも落下すれば流石にぺしゃんこになるだろう。

 俺は地底深くに次々と落ちていくオーク達に背を向けて歩き出す。


「どんなもんじゃぁぁあああああああああっ!! 穴しか掘れない情けない俺でも、これなら戦えるんだよ! まさに人間様の知恵の勝利ってやつだな。豚なんぞにはこの頭脳プレイは思いもつかんだろう!」


 俺は興奮のあまり一人狂喜乱舞しながらスキップする。

 この先で上り穴を作って地上に出よう。

 いや、このまま地下を移動しながら瓜生を探知すればいいのかもな。


 今日の俺は冴えている!

 自分で言うのもなんだが、天才だ!!


「わはははっ――」

「グワァァアアアアアアアアッ!」


 ん……?

 馬鹿でかい声が穴の中に響き渡り、俺を抜き去って行く。

 俺は恐る恐る後方を振り返った。


「うそ…………」


 なんと……信じがたいことに。

 ハイオークさんやトロールさんは落下しながら壁を蹴って、次々と横穴に飛び込んできているのだ。


 どんだけ運動神経いいのっ、忍者かよっ!

 つーか落ちたのはオークだけかよっ!


 驚愕にあんぐりと開いた口が塞がらないが、直ぐに意識を引き締め頭をフル回転させる。


 不味い!!

 これは予定外の事態だ!

 一難去ってまた一難とはこのことか。


 俺はテンパってとりあえず地面に手を突き穴を作り、走り出した。

 すると、耳を塞ぎたくなるような重量感溢れる無数の足音が追いかけてくる。


 俺は死に物狂いで駆け出して首を回して後方を見やると、今しがた出来た直径10メートル以上ある穴を、ハイオーク達は軽々と飛び越えているのだ。

 ハイオークだけじゃない、太っちょのトロールまでもが軽々と飛び越えていく。


「イヤァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! お母さぁぁああああああああああん!!」


 パニックを起こし過ぎて訳の分からない事を叫びながら俺は走ったのだが、このままではすぐに追いつかれる。

 追いつかれると思った俺だったが、それよりも先に行き止まりにぶち当たってしまった。


 終わった……。

 真後ろにはハイオーク達がニヤついてこちらを一睨している。

 俺は岩壁に背中をつけながら必死に考えた。


 後ろの壁に穴を開けるのはもう無理だ。

 穴を開けるまでに5秒かかってしまう。

 そんな時間は最早ないだろう。


 仮に開けれたとしても意味がない。

 俺の足では一瞬で追いつかれる。

 どうしよう……?


 なんて考えていると、ハイオーク達がお怒りのご様子で一斉に飛びかかって来た。

 俺は咄嗟に懐から結界スクロールを取り出して、自分に使った。


 結界のお陰でなんとか窮地は免れたのだが、絶対絶命のピンチには変わりない。

 一体あとどの程度で結界は消えてしまうのだろう。


 真夜ちゃんの時はものの数分で消えたはず。

 つまり、俺の命はあと数分……。


 なんてなっ!

 実は全ては計算!

 流石にハイオーク達が空中で壁を蹴ってここに来るとは思わなかったが、オークが馬鹿じゃないことを俺は知っている。


 何れ蔦をロープ代わりにしてここに来ることは予想ができた。

 少し予定とは違うから焦ってしまったが、問題ない。

 その為にもう一つ穴を掘ってやったんだ。


 俺は懐からガチャガチャの景品、流れ玉を取り出した。

 こいつはヴァッサーゴの話だと、玉の中から約1分間。

 激流のように水が飛び出してくると言う代物だ。


 俺は薄ら笑いを浮かべながら眼前の化物たちに言ってやる。


「このマヌケ共がっ! 人間様の知恵をなめんじゃねぇーぞ。ば~か!」


 俺の言葉がわかるのか、それとも俺の顔に腹を立てたのか、ハイオーク達は騒ぎ立てている。


 にたーっと顔を歪ませ俺は待った。

 俺を囲む光が消える瞬間を。


 そして、その時はすぐに訪れる。


 光が消えると同時に一斉に飛び込んでくる化物たち。

 俺は流れ玉を素早く頭上に投げて発動させる。


「くらいやがれぇええっ! 秘技、トイレ流し!!」


 俺の頭上で青く輝く流れ玉から怒涛の勢いで水が吐き出されると、寸前まで迫っていた化物たちは聖なる水によって弾かれる。


 そのまま激流に飲み込まれ後方に流されていくと、その先に待ち受けるは深さ100メートルの穴!


 例えとんでもないステータスの持ち主であっても、数トンと言う水圧を踏ん張ることなど出来るはずもない。


 俺はまるで便所に汚物を流すかの如く、奴らを地底深くへと流し込む。

 流れ玉から1分間に吐き出される水の量は半端じゃない。

 だから俺は二つの穴を作ってやった。


 手前の穴が水で溢れ返っても後方の穴へと水が行くようにしたのだ。

 こうすることで俺の元に水が来ないようにしてある。


 ハイオーク達の体は水圧に叩きつけられた挙句、大量の水を飲み込んでしまったことで意識不明の重体だろう。


「汚いモノはしっかり流さないとな。俺はマナーに厳しいんだよ。いや、常識か」


 さてと、安全な地下を進んで瓜生のボケを探すとするか。



「さしずめモグラ大作戦だな」

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