第25話 勇者と豚の王様

 横穴を開けて移動して探知スキルを発動。

 これを繰り返しながら瓜生を探していると、不意に巨大な穴にぶち当たった。


 一体全体なんでこんな所に穴が空いてるのだろうと覗き込むと、薄暗い穴の底には無残な転落死体が転がっている。


 思わず口に手を当て血の気がサッと引いていく。

 そのまま両手を合わせて「なんまいだーなんまいだー」と唱えながら来た道を引き返した。


 しかし、あんなに深い穴に落ちてしまっては死んでしまうのも無理はないと思うのだが、一体あの穴は何なんだ?


「あっ!」


 俺はとんでもないことに気が付きその場で固まってしまった。

 先ほどのMFポイントはこれかっ!?


 予めオークの数を減らすためにコツコツ地道に作り上げた落とし穴。

 どうやらその落とし穴はオークと兵を無差別に奈落の底へと導いてしまったようだ。


 つまり俺が殺っちゃったってことか……。

 いや、これはただの事故だ。

 俺のせいじゃない。


 俺だってオークの数を減らすために必死だったんだ。

 戦場で事故は付きものなのだから仕方ない。


 俺は頭をブルブルと振って気を取り直す。

 そして、探知スキルを使用して再び地上の様子を確認する。


 地上では血で血を洗う人間と魔物の戦闘が絶え間なく続いている。

 敵は約一万五千の大軍勢に対し、こちらは約五千。

 普通に考えれば勝ち目などないだろう。


 しかし、それは俺の世界での一般常識だ。

 圧倒的に数が少ないからこちらに勝ち目はないとか、殲滅させるなど無理だと言う馬鹿がいるなら、そいつは異世界で生きてなどいけないだろう。


 この世界では数より質なのだ。

 例え数百数千の大軍勢が相手であっても、たった一人の存在で戦況は簡単にひっくり返ってしまうファンタジーな世界。


 現に今俺が探知している千金楽は身の丈以上の槍を振り回しながら、魔物を次から次に薙ぎ払っている。

 まさに勇者無双と言った感じだな。


 出来ればこいつを仲間に加えて瓜生の元に連れて行きたいのだが、無理だろうな。

 瓜生の話だと勇者同士の仲は良くないという。


 元の世界に還りたい瓜生とゲーム感覚の千金楽では物事の考え方が180度違う。

 誰が一番多く魔物を狩れるかって張り切っていたみたいだし、協力は望めないだろう。


 それに何よりあいつに頭を下げるなんて絶対にゴメンだ。


 神代に至っては論外だと瓜生は言っていた。


 神代は元の世界にこれっぽっちの未練もないらしく、それどころか真の勇者は自分一人だけだと言い張っているらしい。

 瓜生は神代のことをサイコ野郎だとも言っていた。


 俺は神代と同じクラスだったが、正直あいつのことはよくわからない。

 ミステリアスと言うか、いつも窓の外を睨みつけているような奴だったから話しかけずらかったと言うのもある。


 噂では両親を早くに亡くしていると聞いたことがあるが、真相は不明だし興味もない。

 他人のことを詮索するのは好きじゃないからな。


 今は当てにならない勇者二人のことより瓜生を探すことが先決だ。

 俺は穴を掘り進め瓜生の捜索を続けた。




 ◆




「うらぁぁあああああああああっ! 死にたい奴からかかって来んかぁあああっ!!」


 森に入って既に40分以上。

 俺はただひたすら化物を切り刻んでいた。


 俺たち勇者には一応護衛が二人付けられとる。

 けどそれは俺たちを守るためやない。


 そもそも騎士団の連中より俺たち勇者の方が圧倒的に強い。

 早い話がこいつらは監視役や。

 俺たち勇者が裏切って逃げへんようにする為の足枷。


 勇者として召喚された俺たち三人は他の連中と違って高待遇を受けとる。

 だけど完全に信用されとるわけやない。

 その証拠がこの二人っちゅうことや。


「ああああっ! もうめんどくさいわっ!!」


 俺は怒りに身を任せるように握り締めた刀身を振り回す。

 凄まじい風斬り音と共に化物の体躯が真っ二つに引き裂かれると、地面を蹴り上げて瞬間で化物たちの中へと切り込む。


 そのまま剣を水平にその場でコマのように一回転して一刀両断っ!

 俺の剣は国王が用意してくれたAクラスの武器にして最上級の代物や。


 4ヶ月以上訓練を積み、鍛え上げたこの俺に敵う奴なんて居るはずない。

 そもそもこの俺に訓練なんて不要や。


 俺の固有スキル【剣聖】は次にどう動くべきかを的確に教えてくれる。

 さらに固有スキル【刹那の時】は一瞬だけ相手の動きがスローモーションのように見える優れ物。


 もちろん乱発はできひん。

 【刹那の時】は一度発動させるだけでごっそり体力を持っていかれる。

 せやけどこんな雑魚共に使う必要なんてない。


 【剣聖】と武器スキル【重力変化】だけで十分や。

 【重力変化】は文字通り使用者の周囲に重力結界を創り上げて、俺以外の全ての重力を変化させる。


 要は俺の周囲におると、


が高いわっ! 頭下げんかぁぁあああああああっ!!」

「「「グギャァアアアアッ!!」」」


 この通り俺を取り囲む化物は皆地面にへばり付く。

 さらに力を込めて重力を増すと、俺の足元以外陥没して巨大なクレーターが出来上がる。


 同時に化物は重力に耐え切れず、ブチッブチッと潰れて弾け飛ぶっちゅう訳や。

 しょうみ楽勝やわ。


 オークの王様言うんがどの程度の強さか知らんけど、この俺が負けるわけない。

 やっぱり円香の未来予知は完璧やない言うことかもな。


「ぐわぁぁああああああああああっ!!」


 ん? なんやっ!?

 突然一緒に戦っとった護衛騎士がどこからともなく吹き飛んできよった。

 砂埃を巻き上げながら地面に体を叩きつけて大木を薙ぎ倒してようやく止まると、大量の血を吐き出してピクリとも動かんようになってもうた。


 あの出血量から見て……内臓が破裂したんは間違いない。

 最悪心臓が破裂したんとちゃうか?

 もうあの騎士おっさんは助からんやろ。


「お気を付けください瓜生さまっ! どうやら手練のようですっ!」


 もう一人の騎士おっさんが吹き飛んできた方角に体を向けて、透かさず剣を構える。

 俺もその方角に目を細めると、ぎょうさん居る化物が一斉に後退して跪き始めた。


 その異様な光景はまるで偉大なる王に敬意を表すようや。

 場の空気が一変し、緊張が体中を駆け巡る。


 間違いない。

 オークの王様言う奴のご登場やろ。


 俺が生唾を飲み込んだ次の瞬間――


 跪く化物共の群れの中からそいつは威風堂々と現れた。

 まるでおとぎ話の王様がまとうような白いフサフサの毛皮が施された真っ赤なマントに、両手にはボクサーみたいなグローブを装着した化物。


 他のオークと違い150センチほどと明らかに小柄。

 せやけど全身から漂うオーラみたいなもんが目に見えるほど禍々しい。


 ゆっくりと歩み寄って立ち止まる化物が睥睨し、目が合った瞬間――俺の額からは一筋の汗が流れ落ちた。


 瞬刻――


 ニヤついたオークの姿が一瞬消えて、木々を薙ぎ倒す爆音と共に騎士おっさんが遥か後方に吹き飛ばされた!


 なんやこいつ……!?

 恐ろしく速い上にとんでもない怪力やんけっ!


 こんなんとサシでやれってか……?

 アホ吐かせっ!

 いくらなんでもヤバ過ぎるわっ!


 俺が化物を見据えると、そいつはその場で軽快なステップを踏み、シュッシュッとシャドウボクシングし始めよった。

 せやけどそれはただのシャドウボクシングやない。


 化物が拳を振り抜く度に凄まじい突風が吹き荒れて、俺の体を後方へと押し返してしまうほどの風圧が襲って来る。

 勇者の俺でさえ踏ん張らんかったら吹き飛ばされてしまいそうなそれは、並大抵の者では立ってることすら困難やろう。


 これがオークの王様!?

 俺は咄嗟に近くで透明化のまま待機してる月影に援護を求めた。


「月影っ! お前の奇妙なアイテムで援護頼むっ!」


 俺の緊迫した声音が森に木霊するが、月影からの返事はない。

 どういうことや!?


 いや……考えれば簡単なことや。

 王国騎士のおっさんが簡単に倒されるほどの化物。

 そんなんを目の前にして逃げへん奴の方がどうかしてる。


 俺は……本気であんなオールFの雑魚がなんとかできるなんて信じてたんか?

 友達でも仲間でもないあんな奴に頼ろうなんて本気で思っとったんか?

 アホ吐かせやっ!!


 端からあんな雑魚になんの期待もしてないわっ!

 俺は瓜生禅やぞ!!


 自分のピンチくらい自分で何とかしたるわっ!

 運命に打ち勝つのがスーパースターっちゅうもんやろっ!!

 やったるわっ!!!


「かかって来いやくそがぁぁああああっ! このスパースター瓜生禅がぶち殺したるわぁぁあああああああああっ!」


 俺は運命なんかに負けへん。

 必ず生き延びて還るんや。

 最後に頼れるんはいつだって己自身やろ!



 俺はオークの王様と数十分間に渡り攻防戦を繰り広げたが――最早ここまでのようや……。

 相手がボクサータイプやと油断したのが悪かった。


 奴から繰り出される拳に耐えるだけの耐久ステータスも、その速度に対抗するだけの俊敏ステータスも兼ね備えてたのに……まさか腕を噛みちぎられるなんて思わんかった。


 あかん……出血が酷すぎて目の前が霞む。

 それにめっちゃ寒いわ。


 結局運命からは逃れられへん言うことか。

 もうこの腕じゃバスケもでけへん……生きててももう意味ないわ……。


「はよ殺せや……」


 俺の腕を貪りながら見下すオークが腕を後方へ投げ捨てると、悪魔のような笑みで突っ込んでくる。


 俺にそれを躱す体力も気力ももう残ってへん。

 俺は死を悟り、ゆっくりと瞳を閉じた。


 瞼の裏に浮かぶのはあの日の試合。

 蒼甫からパスを受けてラスト三秒前の大逆転シュートを決めた、最高の瞬間。


 ブザービーターが鳴り響く中、蒼甫たちチームメイトが一斉に俺へと抱きついてきて、俺は会場を見渡して真っ先に客席で歓喜を上げる彼女あいつに拳を突き出すと、あいつは咲き誇る笑顔で親指を俺へと突き返してくれる。


 ああ、幸せやったな……。

 死の直前――人生最高の瞬間を思い出す言うんはほんまやってんな……。


 でも……思い出してもうたからやろか……?

 涙が一気に溢れ出て……止まらんわ……。 


 あかん……死にとうないわ。

 誰か……助けてぇえや……。


 こんなになってまで……大好きなバスケができん体になってまで、生きたい思う俺は滑稽やろか?

 滑稽でもカッコ悪くてもなんでもええわ。

 誰か……誰か……。


「助けてくれやぁああああああああっ!」


 泣き叫ぶ俺の声が雷鳴のように響き渡り、目前に迫ったオークが拳を振り抜いたその時――


 俺の体は宙を舞い急降下する、同時に頭上で空振るオークの拳。


 へっ!? なんやこれっ!?


 逆らうことさえ出来ず体はトンネルみたいな穴を通って地の底へと真っ逆さま。

 けど、すぐに誰かが俺を受け止めた。


 それはとても暖かくて、優しさに包まれたような感覚。

 すると――力強い声音が俺の耳朶を打った。


「遅れてすまんっ! 探すのに手間取った!」



 そこに居ったんは逃げたはずの……影月やった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る