第21話 生きるため

 修行が開始されて、既に三ヶ月が過ぎようとしていた。

 その間も、俺は生き残るための行動を取り続けた。


 現に、俺は今。ダンジョンではなく、森の中に居る。

 一体なにをしているのかって?


 答えは簡単。

 落とし穴を作っているのだ。


 直にここにオークの大軍勢がやって来るのなら、少しでも数を減らせればと思い。

 森中に落とし穴を作り、枯葉などでカモフラージュしている。


 これが結構手間なんだ。

 穴を掘るのは一瞬だけど、穴を隠すために木を網目状にセットして、その上からこうやって枯葉を撒く。


 一人でこれを幾つも作り出すのは骨が折れる。

 が、俺と瓜生の生存率を引き上げるためだ。

 文句も言っていられない。


 オークの数を減らすことができれば、誰かが瓜生の援護に入ることも、可能かもしれないんだ。


 落とし穴を作り終えた俺は、慣れた様子で森を走りながらダンジョンへと戻る。

  その間も、俺は気を緩めない。


 いつ、どこからモンスターや冒険者が襲ってくるかわからないのだ。

 俺は探知ダガーのスキル探知を使用し、安全なルートを選びながら移動する。


 そう、認めたくはないが、俺は指名手配犯なのだ。

 街では極悪非道の脱獄囚として、俺の似顔絵が描かれた手配書が出回っているらしい。

 ご丁寧に懸賞金まで懸かっている。


 冒険者ギルドの連中があとを絶たないのも、そのためだろう。

 この三ヶ月の間に、俺がこの森のどこかに潜伏していると言う情報が、飛び交っているらしいしな。


 さらに、俺を追って森へとやって来た連中が、俺のダンジョンを発見して、攻略しようと躍起になっている。

 本当は……人を傷つけたくなんてないが。


 襲ってくるなら、俺だって容赦しない。

 こちとら命が懸かってんだ!


 ま、お陰でダンジョンポイントやランキングも上がってる。

 もちろん、レベルも順調に上がり。


 現在のダンジョンレベルは8となっている。

 レベル3までは階層が増えることはなかったが、以降――

 レベルが一つ上がるごとに、一階層ずつ増え始めた。


 結果、現在のダンジョンは8階層まである。

 魔物の数も順調に増やしている。

 ランキングも986位と、上昇中だ。


 俺は周囲に誰も居ないことを確認して、ダンジョンへと入る。

 入ってすぐに、転移の指輪と言う便利アイテムを発動させた。


 この指輪は、ダンジョン通販で購入したものだ。

 ダンジョン内でしか発動できない指輪だが、発動させると。


――――――――――


ダンジョン内 転移可能一覧


1F

2F

3F

4F

5F

6F

7F

8F


マスタールーム


――――――――――


 と、表示される優れ物だ。

 俺は迷わずマスタールームを選択する。


 すると、UFOにでもさらわれてしまうのかと思うような、光の輪っかが俺の体を上から下へ通過する。


 気が付くと、あっと言う間にマスタールームというわけだ。

 マスタールームも見違えるほど、快適になった。


 俺は原始人みたいに、洞穴なんかで暮らしたくはない。


 なので、ポイントでマスタールームをお城のようなリッチ感溢れる内装にチェンジさせ、ベッドにテーブル、ソファなどの家具を一式購入した。

 まさに、住めば都というわけだ。


 ちなみに、三人と一部の魔物にも、転移の指輪を持たせてある。

 何事も、連絡を取り合うことは大切だからな。


《MFポイント30獲得》


 突然、視界にMFポイント獲得の知らせ。

 どうやらまた、アホがダンジョンで不幸に遭ったらしい。


 このダンジョンは俺の固有スキル。

 つまり、このダンジョン内で不幸に遭うということは、俺が不幸にしているのも同然。


 だから、自然とMFポイントが加算されていく。

 見事なコンビネーションだ。


 俺は誰も居ないマスタールームを出て、修行中の明智たちの様子を見に行くことにした。


 明智と真夜ちゃんは王国兵としての仕事をこなしながら、時間を見つけては、ダンジョン8階層のボス部屋で修行をしている。


 なぜ明智たちが修行しているのか、それも簡単。


 オークが攻めて来れば、勇者たちが駆り出されるほどの事態になる。

 ということは、兵である明智たちは嫌でもオークと刃を交えなければいけないのだ。


 一度目のオークの時や、二度目のダンジョンの時のように、次は……二人を助けてやれない。

 俺は瓜生に付きっきりになるだろう。


 だから、明智と真夜ちゃんもせめて自分の身くらい守れるようにしているのだが……。


「立ちなさいっ! それでも男ですかっ!」

「かっ、勘弁して欲しいでござる、フィーネア殿。それがし……これ以上はもう無理でござるよ。死んでしまうでござるよっ!」


 いつもはモンスター達と修行をしている明智だが……今日は何故かフィーネアに修行を付けてもらっているみたいなのだが……なんか様子が変だ。


 明智は見るからにボロボロで、地面にしがみついている。

 そんな明智のベルトを両手で引っ張り、フィーネアが無理やり立たせようと奮闘しているのだ。


 その光景はまるで、おもちゃ売り場で駄々をこねる子供と、母親のよう。


「あなたはフィーネアよりステータスが優秀だと威張り散らしていたではありませんかっ! いいから立ちなさいっ!!」

「これ以上は本当にそれがしが天に召されるでござるよっ! 気に障ったのなら謝るから、許して欲しいでござるよ、フィーネア殿っ!!」


 二人は一体何をしてんだよ!

 それに……真夜ちゃんは真夜ちゃんで何をしてるんだ?


「絶対にこっちの方がいいと思うの。プリンちゃんはキュートねっ! 太郎さんはこっちね」

「マヤ、修行をしなければ。私はマスターにマヤ達の修行をするように言われているのだ」

「そうですよ。毎回毎回、修行サボって……それに変な名前付けるのやめてくださいよ!」

「やだー。怒った顔も可愛い!!」


 …………。

 真夜ちゃん……修行する気あるのか?


 真夜ちゃんはどこから摘んできたのかわからないが、大量のお花を地面に撒き散らせ、それを使って花冠などをこしらえている。


 出来上がった花冠などをぬいぐるみゴブリンこと、プリンちゃんの首に掛け。

 ケンタウロスこと、太郎さんの頭部に花冠を乗せて、遊んでいるのだ……。


 明智はともかく……真夜ちゃんは自分が置かれている状況を理解していないのだろうか?


「ユーリ殿っ!? ユーリ殿! 助けてくだされっ、それがしフィーネア殿に殺されるでござるよっ!」


 俺に気付いた明智が声を張り上げると、一斉に皆こちらに顔を向けてきた。


「なっ、ななな、なんてことをユーリに言うのですか!? これは修行の一環ですよ、ユーリ」

「あっ! おかえりなさい。遊理くんにも作ってあげるねー」

「マスター。マヤは修行をする気がありません」

「もうっ、僕この姉ちゃんの子守は勘弁ですよ! マスター!!」


 一斉に声を掛けてくるこいつらに、若干嫌気がさした俺は、怒鳴り声を上げた。


「うるさああああああああああああいっ!!」

「「「「「………………」」」」」


 静まり返る、8階層ボス部屋。

 こいつらは本当に、事の重大さを理解してるのかよっ!


 勇者でも死んでしまう事態に、俺たちは巻き込まれようとしてるんだぞ!

 人が一生懸命働いているって言うのに、何やってんだよ!

 頼むからちゃんと修行してくれよ。


 疲れ果てて、俺が嘆息すると。


「ボス、どうやら客人がお見えのようです」

「こちらにお通ししても、いいでありんすか?」

「ガハハハッ、つかもう連れて来たぜぇ」


 ボス部屋に来るなり、声を掛けてきたのはケンタウロスと共に、一番最初に購入したオーガ三人衆だ。


 左の額から片角を生やした白髪のイケメン。冬鬼とうき

 合気道の道着のような身なりだが。袖は通しておらず、何故か常に半裸。


 腰には刀と小太刀を提げている。

 何れも、襲ってきた冒険者から剥ぎ取った物だ。

 オーガ三人衆の、リーダー的存在。


 もう一人は女。

 淡い桃色の髪を一纏めにかんざしで留めて、胸元を露出した花魁のような身なりの、魅鬼みきである。


 頭部から生えた小さな二本の角で、かろうじて人外であることがわかる。

 口元に扇を当て、とても色っぽく微笑む姿に、たまにドキドキしてしまう。


 最後の一人は、一際体格の良い男。

 まるで元NBA選手、デニス・ロッドマンのような派手な坊主頭に、額からは大魔王みたいな角が二本生えている。名を剛鬼ごうきと言う。


 紺色の甚兵に身を包み、握り拳サイズの数珠を首から下げている。

 道端で偶然ばったり出会ったら、あまりの迫力に全力ダッシュすること間違いなしだ。


 三人もオーガが居たら紛らわしいので、何れも俺が名前を付けてやった。


 それにしても、客って誰だ?

 なんて考えなくてもわかる。

 明智と真夜ちゃん以外にここに訪ねてくる奴なんて、あいつくらいだ。


「よお。逃亡生活は順調みたいやな?」


 瓜生のボケだ!

 瓜生はニヤニヤ笑いながら、片手を上げている。


 この野郎っ! 人のこと馬鹿にしてんじゃないだろうな。


「何しに来たんだよ」

「まぁ、そう邪険にすなや。なぁ? 今日はちょっと報告に来たんや」

「オークのことか?」

「まっ、そう言うこっちゃ」

「……ここじゃなんだから、中で話そう。フィーネア、茶の準備だ。勇者さまがっ! 来たんだから、うんと熱いのを淹れて差し上げなさい。口の中が火傷するくらいのな」

「はい。ユーリ」



 俺たちはマスタールームのソファに腰掛け、話をすることにした。

 瓜生はテーブルに茶を並べるフィーネアを見やり、ニヤついてる。


「それにしても従順やな。一体どこでこんなメイド手に入れてん? それに、こないなダンジョンまで……お前ホンマに人間か?」

「何バカなこと言ってんだよっ。それよりオークについて話せよ」


 俺は瓜生に早く話せと促して、フィーネアが淹れてくれた茶を啜った。


「アッチィィイイイイっ!!」

「大丈夫ですか? ユーリ?」

「も、問題ないよ。熱いの淹れてって言ったのは俺だもんね」


 それにしても熱過ぎるだろ。

 口の中の皮が一気に捲れた。

 瓜生は相変わらずのにやけ面だ。


「ほな、本題に入ろか。あれから何度か、俺の仲間が未来予知してんけどな、どうやら明日とちゃうかって話やねん」

「……はぁああああああああああああっ! いくらなんでも急すぎるだろ! 確かなんだろうな?」

「おう。多分な」


 多分って……その割には随分と落ち着いてるみたいじゃないか。

 明日には、お前は死ぬかもしれないんだぞ?


「随分余裕だな?」

「いや、内心焦っとる。けど、明日死ぬかもしれへんって言われても、なんか実感ないねん」

「ま……そうだろうな」

「それより、さっき居た二人は大丈夫なんか?」

「なにがだよ?」

「いや、あいつら兵士やろ? 生き残れんのか? 俺の仲間の話やと……現在兵士をやっとる奴は120人ほど居るらしいねんけど、その内半数は死ぬって話や」


 半数もかよ……。


「まぁ、なんか修行してるみたいやし、大丈夫か」


 いや、全然大丈夫じゃない。

 特に真夜ちゃんは……不味い。

 明智に真夜ちゃんのことを頼んではいるけど……あいつは化物を前にしたら真夜ちゃんを放ったらかしにして、逃げかねない。


 もう少しポイントが貯まってからにしようと思っていたが……そうも言ってられないな。

 アイテムを大量に買い込んで、二人に持たせるか。


 俺は瓜生と明日のことを話し合い。

 瓜生はあまり長いこと城から抜け出していたら怪しまれると言い、帰って行った。


 瓜生が帰ってすぐ、俺は【他人の不幸は蜜の味】を発動した。


 これまではこの止まった世界で、幽体離脱が出来るのは俺だけのはずだったのだが。

 今はフィーネアも一緒だ。



 俺はフィーネアと共に、ミスフォーチュンの扉をくぐった。

 そして、久々にあの胡散臭いヴァッサーゴの顔を目にする。

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