第20話 逃亡……

 声の方角に顔を向けると、ランタンを手にする明智の不気味な顔が真っ先に飛び込んで来た。


 そしてすぐに、涙目の真夜ちゃんが俺へと駆け寄り、抱きついてきたのだが。

 チラッとフィーネアに視線を流すと、明らかに不機嫌な表情をしている。

 明智は『いいな~』と言った顔で、人差し指を咥えていた。


 俺は苦笑いを浮かべながら、真夜ちゃんの肩を抱き引き剥がすと、何故かフィーネアは納得したように小さく頷いた。


「ユーリ、心配しました。ご無事でなに――」

「遊理くん! 本当に心配したんだからっ! もし遊理くんに何かあったら、私……耐えられないっ!」


 フィーネアの声音をかき消して、真夜ちゃんが嬉しい言葉を口にしてくれているが、不穏な空気を感じる。


 自分の言葉を遮った真夜ちゃんの後頭部を睨み、フィーネアが顔を引きつらせて、ムッとしているのだ。


 ……俺は見なかったことにした。


「それよりも、よく俺がここに出てくるってわかったな」

「ユーリ殿が穴を掘り、脱獄することを瓜生殿に教えられていたでござるよ」


 なるほど。

 あいつは端から俺を一度牢獄に閉じ込めるため、謁見の間では何も言わず黙っていたのか。


 ま、こんな状況にでもならないと、俺が協力しないと思ったんだろうな。

 その通りだけど。


 でも、穴掘って脱獄することはわかっても、俺がどこから出てくるかまでは流石にわからんだろう?

 それとも、それも瓜生に聞いていたのか?


 あいつの仲間には未来がわかる奴がいるみたいだしな。


「俺がここから出てくることも瓜生に聞いていたのか?」

「ううん。そこまでは瓜生先輩も教えてくれなかったの。遊理くんが――」

「ユーリがここから出てくることは知らされていませんでした。だから、追ったのです」


 やり返してやったと真夜ちゃんの方を見て、控えめに微笑むフィーネア。

 真夜ちゃんは愛らしい瞳をジト目にして、フィーネアを見ている。

 いや、睨んでいる。


 これも……見なかったことにしよう。


「追った?」

「はい。これです」


 フィーネアが差し出してきたのは、俺の探知ダガー。

 地下牢に幽閉される前に、取り上げられた俺の愛刀だ。


「ユーリのダガーを、あの瓜生という方が返してくださったのです。その際、ユーリを脱獄させる計画を聞かされて、待機していたのです」

「フィーネア殿がユーリ殿の武器を使い、ユーリ殿が地下を移動していることを確認して、それがし達は追ったのでござるよ」

「なるほどな。探知ダガーのスキルで、俺を探知していたということか」


 その通りだと、笑顔で頷く三人。


 安物の探知ダガーも少しは役に立つじゃないか。

 一番のネックだった、フィーネアとの合流も難なくクリアだな。


 と、言うのも。

 脱獄した俺は、瓜生が何とかしてくれるまで街には入れないだろう。

 もしも、街に足を踏み入れたら、その時点で王国兵に捕えられるだろうな。


 だから、こうして街の外まで穴を掘り進めたのだが、仮にフィーネアが機転を利かせていなければ、街の外と内側にいる俺たちが、合流することは困難だっただろう。


 とは言え、いつまでもここに留まっても居られないな。

 今頃、俺の脱獄に気が付いた兵たちが、迷宮のような穴の中を駆けずり回ってる頃だ。


 俺たちは追っ手から身を隠すため、外灯一つない暗闇の中を歩いた。

 フィーネアの助言でランタンの灯りも消していたから、足元さえ見えないほど真っ暗だ。


「それでユーリ殿、それがし達はどこに向かってるでござるか?」

「遊理くん、ここから一番近い街に移動するってのはどうかな?」


 確かに真夜ちゃんの言う通り、本来なら別の街に移動するのがいいだろう。

 もっと言えば、別の国に逃亡する方が賢明だろうな。


 ただ、それはできない。

 何故なら、俺はこのままではどの道、指名手配犯だ。


 この世界の法律なんかがわからない以上。

 この国から抜け出せても、世界手配されていれば終わりだ。


 今の俺がすべきことは、瓜生を死なせないように全力を尽くすこと。

 その為には、瓜生の居る城から離れるわけにはいかない。


 近々オークの大群が襲ってくると言っていた瓜生だが、肝心の正確な時期まではわからないらしい。


 時期がわからなければ、一度この場を離れて戻ってくることもできない。

 確実なのは、瓜生の傍から離れないことだ。


 幸い、こっちには王国兵が二人もいる。

 首尾よくこなせば、瓜生と連絡を取り合うことは容易なことだろう。


 なら、俺が潜伏する先は……。


「街には行かない。向かう場所は森だ!」

「森っ! あの悪夢の森でござるか!?」

「あんなところにユーリくんは隠れるの? どうして?」

「フィーネアはどこであろうと、ユーリの側に居ますよ」


 困惑する二人と、嬉しいことを言ってくれるフィーネアに、俺は瓜生との契約内容を伝えた。


「つまり、そのオークの王様ってのをユーリ殿が倒さなければ、どの道ゲームオーバーってことでござるか?」

「普通のオークでも危険なのに……」

「大丈夫です。ユーリはフィーネアが守ります」

「いや、俺が倒すんじゃない。オークを倒すのは飽くまで瓜生だ。俺はサポートに徹するつもりだよ」


 俺が戦わないと聞いて、安堵の表情を見せる三人。

 だが、すぐに明智が疑問を口にする。


「事情はわかったでござるが、なんでよりにもよって、あの森なのでござる?」


 明智の疑問に、俺は指を三本立てながら、答えた。


「理由は三つ。一つは身を隠すのに森ほど適した環境が周囲にないということ。二つ目。オークが襲ってくるとしたら、おそらくこの森を通過すると予測ができること」

「ん? どういうこと?」

「真夜殿の言う通りでござる。なぜオークが森から来るとわかるでござるか?」


 二人は小首を傾げて、クエッションマークを頭に浮かべているが。

 フィーネアはそのことに興味がない様子だ。


「簡単だよ。最初に俺たちがこの世界に来たとき、オーク達は森の向こう側、荒野から襲ってきたんだ。その後、街に来なかったことを考慮すると、おそらくオークは引き返したと思う。だとすると、再びオークが襲ってくるのは、森の向こう側からの可能性が高いということ」

「なるほど、一理あるでござるな」

「じゃあ、三つ目は?」

「あるものを森に設置したいと思っている」

「「あるもの?」」


 息ぴったりに声を揃える明智と真夜ちゃん。

 フィーネアも少し興味が湧いたのか、口を開いた。


「ユーリ、あるものとは何ですか?」


 その問に俺はにやっと笑い、言う。


「森に入ればすぐにわかるよ」


 俺の言葉に三人は顔を見合わせて、再び小首を傾げた。



 その後、森までやって来た俺たちは、嫌な思い出しかない森の中を、突き進んだ。


「どこまで行くでござるか?」

「私、もう疲れちゃったよ」

「ユーリ、あまり深くまで行かれると魔物に襲われる危険があります」


 フィーネアの言う通りだな。

 真夜ちゃんも疲れているみたいだし。


 それに、丁度近くに川もあるし、この辺でいいか。

 俺は川辺に佇み、ある言葉を口にする。


「ダンジョンマスター、発動!」


 俺がスキルを発動させると、ダンジョンの入口が地面に根を生やした。

 その光景を見ていた三人は、驚愕に開いた口が塞がらずにいる。


 と、次の瞬間――

 我に返った三人が、騒ぎ出した。


「ななな、なんでござるかこれはっ!? 一体何がどうなってるでござる!」

「いやぁああああああああああああ!! こんなのもう二度と見たくないのに!」

「ダンジョン……!? ユーリ……ユーリはダンジョンを自在に出したりできるのですか?」

「ああ、驚くよな……てか、俺も初めは驚いたんだけど」


 明智は不安気な表情でダンジョン入口を見やり、真夜ちゃんは嫌なことを思い出してしまったのか、恐怖で腰を抜かして、両手で顔を覆った。


 フィーネアは興味津々と言った感じで、ダンジョンを覗き込んでは、俺に顔を向けて、何故か瞳を輝かせている。

 それは、尊敬の眼差しとでもいうのだろうか……。


「驚かせて悪かったよ」

「これはどういうことなのですか? ユーリ!」

「ちゃっ、ちゃんと説明して欲しいでござるよっ」


 俺は座り込む真夜ちゃんを起こして、このダンジョンについて説明した。

 と、言っても。

 俺自身、知っていることの方が少ないのだが。


「要は箱庭ゲームみたいな感じでござるな。様々なものを設置し、自分の領土を広げつつ、イベントランキング的なものを駆け上がるということでござろう」

「よくわからんが……多分」


 明智はこの手のことに詳しいのかな?

 後でそれとなく聞いてみるか。


「ユーリはダンジョンを統べる、選ばれたお方なのですね。フィーネア、感激です!」

「遊理くんが管理するダンジョンなんだから……大丈夫なんだよね?」


 俺はとりあえず、中で話をしようと、三人をダンジョンに招待した。


「ここではなんだし……中の方が安全だから、入ろうか?」


 三人は恐る恐る俺の後に続き、ダンジョン内へ足を踏み入れる。

 しばらく歩くと、前方からぬいぐるみゴブリンがやって来た。


「あっ! マスター、おかえりなさいです。ちゃんと設置はしてくれましたか?」


 三人は目の前の、歩きながら喋るぬいぐるみを見やり、固まってしまった。

 と、思った次の瞬間――


「なにこれっ!? かっ、かわいいぃぃいいいいいいいっ!!」


 真夜ちゃんが突如黄色い声を上げて、色めき立ち。

 ゴブリンの元まで駆け寄り、ムギュっと抱きかかえてしまった。


「なっ、なんでしゅかっ!? 離すですよっ!? マスターこの人間は何ですか?」

「やだー可愛すぎる! ねぇ遊理くん、この喋るぬいぐるみちょうだいっ!」

「バッ、バカ言うでないでしゅよっ! 助けて下さいです、マスター」

「……」


 さっきまでの怯えた真夜ちゃんはなんだったんだ?

 まるでネズミーランドに来たみたいな、はしゃぎようだ。


 真夜ちゃんに抱きしめられるゴブリンが少し羨ましいが。

 今はそんなことよりも、マスタールームを目指すことにした。


 マスタールームに向かう途中、次から次へと出てくるぬいぐるみゴブリンに、真夜ちゃんの興奮は冷めることはなかった。


 マスタールームに辿り着いた俺たちは、今後について話し合ったのだ。



 そして、俺たちの(主に明智)生き残りを掛けた。

 モンスター達による、地獄の修行が幕を開けたのだ。

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