第19話 登場、瓜生禅

「はぁ……?」


 予期せぬ瓜生の言葉に、俺の口からは間の抜けた声が漏れた。


 固まる俺に、瓜生は続けた。


「ああ、大丈夫やで。見張りの兵には席を外してもらっとるから、この会話が誰かに聞かれる心配はない。つーか、俺のことは知っとる?」

「いや、まぁ……有名人なんで」


 と、言う俺の返答に、瓜生禅は腹を抱えて笑っている。


「せやったら、話は早いわ。ここから逃がしたるから、俺と組もや?」

「意味がいまいちわかんないんだけど……」


 瓜生は「う~ん」と、頭をポリポリと掻いて、言った。


「俺の仲間にな、未来予知言う固有スキルもっとる奴が居るんやけど。そいつがとんでもないことを言いよってん」

「とんでもないこと?」

「それがな、直に俺が死ぬって言いよんねん」

「勇者が?」

「そう、勇者が」


 なんかいまいち信用できないな。

 それに、それが俺となんの関係があるんだよ。


 俺が疑いの目を向けると、瓜生はチッチッと顔の前で指を振った。


「もちろん。そいつの未来予知は確実やない。そいつはこの約一ヶ月間の間に、四つ予知して、うち三つは見事に的中してんけど……一つは外れたんや。ちなみに外れた一つに、お前が関係してんねん」

「俺が?」

「そう。そいつはこの間の調査団は全滅するって予知しててんけど、結果はお前も知っての通り、13人も生きて帰ってきた。それを助けたんはお前や」

「信じてんのか? ステータスオールFの俺が倒したって」

「おう」


 一切、躊躇することも迷うこともなく、瓜生はニヤけ面で頷き、言葉を紡ぐ。


「なんでも、未来予知出来る仲間の話によると、お前の運命だけ全然見えへんらしいねん」

「見えない……? それどういう能力なんだ?」

「いやまぁ、俺も詳しくは知らんねんけど。人には運命の糸ってのが頭の先から出てるらしくて。それが切れたとき、人は死ぬらしいねんけど。お前の糸だけ黒い靄で隠されてて見えへんらしいねん」

「俺のだけ?」

「おう」


 黒い靄……?

 俺には少し心当たりがある。

 ミスフォーチュンの扉にかかっている、あの靄だ。


 もしも【他人の不幸は蜜の味】という俺の固有スキルと、その運命の糸ってのが密接に関わっているのなら、なんとなく納得出来る。


「それで、重要なんはここからやねんけど――」


 瓜生の話はこうだ。

 なんでも近々、瓜生の仲間が予知した未来によると。


 オークの王様とかいうのがこの街に攻めて来るらしい。 

 基本的にオークは雑魚だから自分が負けることはないと豪語する瓜生だが。


 問題はオークの王様だと言う。

 仲間の未来予知者によると、勇者たちは王様の指示でオーク討伐に狩り出される。


 勇者が出なければいけないほどの、とんでもない数が来るのだとか。

 しかし、未来予知者によると。

 瓜生はこのとき、オークの王様と一騎打ちをすることになり、敗北するという。


 その後、瓜生が仕留め損ねた満身創痍のオークを、神代が倒すらしい。


「その話と俺に、一体何の関係があるんだよ?」

「あのキモいロン毛の兄ちゃん、なんつったけ?」

「明智?」

「そうそう。そいつから聞いたんやけど、お前奇妙なアイテム使うらしいやんけ。なんでも、オークを木っ端微塵に吹き飛ばしたり。この間のダンジョンでも同じような玉、投げてたらしいやん」


 圧縮玉のことか。


「そんで俺閃いてん! 運命の糸が見えず、他人の運命を変えてしまうお前。さらにお前は奇妙なアイテムを駆使して、ステータスハンデを乗り越えてきてる。つまり、お前やったら俺の運命を変えれるんちゃうかなって思ってな。もちろん。勇者の俺がオーク如きに殺られるなんて信じとるわけやないけどな」

「早い話が……助けろってことか?」


 瓜生は少し違うという感じで、首を傾げた。


「いや、俺もほんまのこと言うたら、オールFのお前が俺を助けるなんて無理やと思っとる。けどっ! 念には念をって言うやん? 俺、用心深いから。これは簡単な取引や」

「取引?」

「俺はここからお前を逃がしたる。お前は俺が死なんように全力を尽くすってことや」


 正直、めんどくさいな。

 勇者のステータスにはSがあると聞く。

 その勇者でも勝てない相手を、俺がどうこうするなんて不可能だろ。


 そんな奴の攻撃を少しでも受けたら、俺が死んじまうかもしれない。

 それに、どうせしばらくしたら釈放されるだろ。


「あっ! 言っとくけどな。お前近々処刑されるで」

「えっ……えええええええええええええええええええええええええっ!? 処刑ってどういうことだよ!?」

「見せしめや。ついこの間、兵士として雇われた連中が、賃金が安いって文句言いおってんけどな」


 確か……この間、明智も似たようなことを言っていたな。


「そのせいで、一部の貴族がお怒りやねん。そんで、もう二度とあんなことが起きんように、見せしめに異世界人のお前を処刑するってことや」

「ふざけんじゃねぇーよっ!」

「まぁまぁ、落ち着け。せやから俺が逃がしたるって言ってんねん。そんで、無事オークを倒したあとは、俺の勇者パワーで、お前の罪を不問にするってことや」


 はぁ……?

 勇者パワーとやらで俺を救えるなら、今すぐにそうしろよ!


「今すぐに王様に言ってくれよっ!」

「そりゃあかん」

「なんでっ!?」

「お前が裏切るかもしれし。何より俺が死んでもうたら、お前を逃がす意味がない」

「ちょっと待てっ! 逃がすってのは、王様に言って俺を解放してくれるんじゃないのか?」

「お前、俺の話聞いとったか? 混乱しとんとちゃうか? そないなもん決まっとるやろ。脱獄や」

「………………」


 こいつ何言ってんだよっ!

 それじゃウォンデッド、指名手配犯になっちまうじゃないかっ!


「それでどないすんねん? 手ぇ組むか?」

「ふざけんなぁ! 誰がそんな危険な橋を渡るかっ!」

「いや、俺と組まんかったら、お前処刑されるんやで?」

「……」


 くっそおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!


「どうやら、交渉成立みたいやな」

「……ちなみにどうやって脱獄すんだよ? 言っとくけどなっ! 走ってとか無理だぞ。俺はめっちゃ足が遅いんだからな。お前らみたいなチート星人じゃないんだからなっ!!」

「わかっとるよ。だから、これ持ってきたんや」


 そう言うと、瓜生は懐から分厚い辞書みたいな本を取り出し、俺に差し出している。


「なんだよこれ?」

「スキルの書や」


 スキルの書?

 フィーネアが覚えている……あれか!


 俺が受け取った黒い書をパラパラと捲と、突然本が輝きを放ち始めた。


「なっ、ななな、なんだよこれ!?」


 だが、すぐに光は消え。

 同時に手にしていた書物が砂になって崩れ去っていく。


《スキル 穴の書を獲得しました》


「穴の書? なんだよ、この見るからにダサいネーミングは。俺も炎の書、なになに編とかがいい!」

「贅沢言うなや。それにスキルの書は一つまでしか覚えられへんねん」

「はぁあああああああああああああ!? お前はそんなに貴重なことを俺に教えず、こんなダサいもんを俺に覚えさせたのかっ! どうしてくれんだよっ! 削除出来るんだろうな?」

「出来るわけないやろ!」


 なんてことしてくれんだ!

 ステータスオールFの俺は強力なスキルを覚えなきゃいけなかったのに。

 よりにもよって穴の書だとっ!


 でも、待て。

 冷静になれ。

 言ってもこれは魔法の書だ。

 穴と言ってもブラックホール的な最強系のスキルかもしれない。


「おい、固まっとるけど……大丈夫か?」

「つ、強いスキルなんだろうな?」

「穴の書って書いてるやろ。強いもクソも、穴掘るだけのスキルや」

「……このヤロウオオオオオオオオッ!!」


 俺は鉄格子を掴み、動物園の猿みたく暴れた。

 きっと、いや、間違いなく。

 鉄格子越しじゃなかったら、襲いかかっていただろう。


 こいつ……マジで殺したい。

 殺意が止まらん。

 弱い俺が覚えたのは、穴を掘るだけの糞スキルでしたってか?

 笑えない……。


「まぁーそない落ち込むなや。どうせオールFで弱いんやから、何覚えても同じやて。それに、普通のスキルは回数制限があるんやけど、穴の書は無制限で穴を掘れるんやから。ええやろ」

「無限に穴なんて掘ってどうすんだよっ!!」

「ま、今回は脱獄の為やねんから、我慢しろや。な?」


 自分は勇者で最強ステータスだから、そんなことが言えんだよ!

 俺の身になってみろよ。

 我慢とかで済む問題じゃないんだよ。


「とにかく、脱獄の手順と、オークが襲ってくるまでの間のことを、話し合おか」


 全然、まったく、これっぽっちも納得していないが。

 俺たちは今後の予定を話し合った。


「ほな、手はず通りにな」


 話し合いが終わると、瓜生の奴はそそくさと帰って行きやがった。

 本当にあいつを信用してもいいんだろうか?

 とはいえ、処刑は勘弁だ。


 それから俺は日が暮れて、夜中になるのを待った。

 幸い、地下の牢獄だったが。

 天井付近に格子越しの窓があったので、そこから夜になったか、確認ができた。


 俺は瓜生に言われた通り、夜になって、見張りの兵が交代のため地下牢から出て行った僅かな時間で、行動に出た。


 スキル穴の書は、俺が触れた位置に大穴を開けるというもの。

 触れて5秒ほど経つと、自動的に落とし穴みたいな穴が出来る。


 フィーネアみたいにかっこいい魔法陣が出ることもない。

 なんとも情けない能力だ。


 俺はとにかく穴を掘った。

 下穴を掘り、飛び込んで、次に横穴を掘る。


 穴の深さは意識することで変えられる。

 と、いうことを、横穴を掘り続けたことで把握した。


 最大で100メートルくらい深く掘れるらしい。

 ちなみに、穴の直径もある程度までは変えられる。


 俺は追っ手が来てもすぐには追いつけないように、無数に穴を掘り進めながら進んで行く。

 まるで地下迷宮を創っている感覚だ。


 ある程度、掘り進めた俺は斜め上に穴を掘り、坂道を駆け上がるように、地上へと出た。


 すると――


「ユーリ!」

「ユーリ殿!」

「遊理くん!」



 と、馴染みの声が聞こえる。

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