第656話 ここは俺に任せて……

 ラムスィを使ったモンスターバトルの順番が一通り巡り、みんなが遊び尽くしたあと、ケビン一行は更に森の奥地へと足を進めた。


「鬱蒼としてきたな」


「あまり光も入らないみたい」

「木漏れ日」

「癒されるねー」

「お茶会の場に丁度良さそうだわ」


 生い茂る木々、そこかしこに生えている野草。自然豊かな光景は、マイナスイオンを発生させているかのように見える。そのような光景の中を突き進むケビンたち。未だ目的のモン娘は姿を見せていない。


「暇だ」


 そう愚痴っているのはケビンだ。雑魚処理がラムスィ担当となってからは、以前にも増してすることがなくなっている。


 それ故に、さてどうしたものかと考え込むケビンは、とりあえずサラの言っていたお茶会に着想を得て、昼食会をこの場で行うことにしたのだった。


 だが、昼食会とそれっぽく言いつつも、実際のところはただのお昼ご飯である。


 木漏れ日の中で摂る食事も中々の風情だと感じたケビンは、ピクニックのようにレジャーシートを敷いて、その上に料理を並べるとみんなで食していく。


「こういう風に摂る食事もたまにはいいね」


 そのようにティナが言うと、ほかの面々も相槌を打ちつつ料理を堪能していた。


 そのような中でも、ラムスィだけは元々魔物ということもあってか、風情云々など理解していない。


 だが、目の前に出された人族の料理というものを始めて食すと、未知の味が思いのほか美味しかったのか、喜びによって体をプルプルさせながら打ち震えていた。


「この味を知ってしまったラムスィは、ますますケビン君から離れなくなるだろうねー」


「同意」


 ラムスィがプルプルしながら食べているせいか、喜んでいるのだろうと判断したクリスがそう言うと、ニーナも同じことを考えていたみたいで、すぐに相槌を打っていた。


 そのように和気あいあいと昼食を楽しんでいると、草むらから1匹の蛇が出てくる。当然のことながら全員がその蛇に気づくが、距離もあったことからすぐさま対処するということはなかった。


「ラムスィ、あれは食事の邪魔だから食べていいぞ」


 ケビンがそう言うと、ラムスィは蛇に近づくのではなく体の一部を伸ばしてそれを取り込んだ。その全く見向きもしない行動から推測されるのは、ラムスィ自体もケビンの食事を堪能しており、蛇を邪魔だと感じたのかもしれない。


「なんか片手間って感じだねー」


「きっとラムスィちゃんも食事を邪魔されたくなかったのよ」


「さっきから手を止めずに食べ続けているしね」


「なくなりそう」


 その後、ニーナの指摘通りにラムスィの皿が空になると、ラムスィは小刻みにプルプルしながら打ちひしがれた。よほど、ケビンの創ったご飯が美味かったとみえる。


 そして、何を思ったのかラムスィは体の一部を伸ばすと、ケビンの足をちょんちょんと突き始めた。


「何だ?」


 ケビンが気づいたことによって、今度は自分の皿をちょんちょんとつつき始める。その行動を見たケビンは、あからさまな態度だったため、おかわりが欲しいのだとすぐにわかった。


 そして、おかわりが望み通りに差し出されると、ラムスィはまたパクパクと擬音が聞こえそうな感じで食事を再開させる。


 その後も、ほのぼのとした空気の中で食事が進んでいき、ちょくちょく蛇がお邪魔しにやってくるが、食事を楽しんでいるラムスィが邪魔をするなと言わんばかりに、片手間で吸収していった。


 それから食事を終えたケビンたちが探索を再開させると、茂みの奥から待ちに待った者が現れる。


「貴様らか、使い魔をことごとく殺していたのは」


 その者は手に持つ槍を突きつけ、あからさまな敵対行動を見せつけていた。それにより、ティナたちはすぐにでも動けるよう構えるが、ケビンだけは違う。


「ラ……ラミア……」


 ボソッと呟いたケビンはその姿を目にし、感無量といった表情を見せる。


 すると、ラミアは訝しむような目つきでケビンを見据えるが、今はことの真偽を確かめるべく頭を振ると、再度同じ質問を繰り返した。


 それに対しケビンが答えたのは、特に嘘をつく理由もないことから肯定の返事だ。


「勇者が攻めてきたという報せがないのに、何故ここまで人族が入り込んでいるのかは、捕まえたあとの尋問にて吐かせることにしよう」


 そう言い放つラミアが戦闘体勢を取ると、それに伴いティナたちも武器を構える。そして、ラムスィはケビンから嫁たちの所へ行くように言われたので、ケビンの次にお気に入りなサラの肩の上に小さくなって乗った。


「覚悟はいいな?」


 そう言うラミアは仮にも魔大陸中部西寄りに住んでいるため、自身の強さに対して絶対的な自信を持っていた。その上、人族など群れなければ何も出来ない弱小種族という価値観を持っており、警戒することすらしない。


 だからだろうか、いつもの狩りの感覚でケビンに向かって飛びかかるのだった。


 その行動によって反射的にティナたちは身構えるが、自分たちではなくケビンに向かっていることから、様子を見るために動き出すことはなかった。


 そして、襲いかかられたケビンは迎え撃つでもなく、無様に地面を転がりラミアの攻撃をかわす。


 その光景を目にしたティナたちは、ケビンの実力を知っていることから『遊びが始まった……』と、すぐさまその考えに行きつき、事の成り行きを見守るために警戒をしたまま傍観者と化していく。


「ふん……私が攻撃を当てられないとは、幸運に恵まれたな」


 あくまでもケビンがかわせたのは、実力ではなくラッキーであると判断したラミアはそう言うが、ティナたちからしてみればとんだ茶番劇である。


 そして抱くは、ラミアに対する同情という感情であった。


「くっ……なんて鋭い突きなんだ……」


 そのラミアが勘違いしているせいもあってか、ケビンがここぞとばかりに調子に乗ってしまい、如何にも危ない状況であったという演技を継続していく。


「無様に転がらなければ、一撃で気を失わせていたものを……多少は痛い目に遭いたいと見える」


「俺だって冒険者の端くれ。仲間と協力して、やっとここまで来られたんだ。簡単にやられるわけにはいかない!」


「冒険者というものはわからないが、その頼みの綱の仲間とやらは、恐怖に包まれて動けないようだぞ? まぁ、動けたところで、私の速さについてこられないがな」


 そう言うラミアの言葉を聞いたティナたちは、その壮大な勘違いによって棒立ちしてしまった。その行動が更にラミアの勘違いを増長させていくが、ティナたちが敵であるラミアの勘違いを正すことはない。


 その後もケビンが無様に転がり続けながらラミアの攻撃をかわしていると、そのことに疑問を抱くのではなく苛立ちを抱くのが勘違いラミアの為せる技か。


「貴様っ! 貴様も武人の端くれなら堂々と立ち合え! 避けてばかりで恥ずかしいとは思わないのか!」


 とうとう苛立ちを隠せずに声を荒らげてしまったラミアに対して、そろそろケビンも服の汚れが気になっていたのでお言葉に甘えることにしたようだ。


「くっ……ラミアがここまで強いとは……」 


 そう言いながらマジックポーチから鋼剣を取り出すと、両手でしっかりと握りしめ構えるケビン。お遊び用に創って死蔵していた武器がここで活かされた。


「ようやくその気になったか」


 全くもって不憫にしか思えてならない勘違いラミア。そのラミアは真剣だというのに、ケビンの遊びは加速していく。


 そして、繰り広げられる剣戟の音によって、ケビンがただの逃げ腰だけではないと評価を改めるラミア。


 だが、本気ではないが遊びに全力を尽くしているケビンは、そのようなラミアの気など知りもせず、所々危ない場面を演出しつつ、如何にも必死で食らいついていますというアピールを続けていた。


 その後、必死なケビンが横薙ぎによってラミアを牽制して間合いを開かせると、ティナたちに向けて声を上げる。


「ここは俺に任せて先に行け!」


『キター! 1度は言ってみたい名ゼリフ! この後は膝に傷でも負って、辺境の地でのスローライフに突入ですか!?』


 ケビンの狙ったセリフによってサナは大はしゃぎだが、言われた側のティナたちはそうもいかない。


 先に行けと言われても、いったい何処へ向かって行けばいいのかわからないのだ。完全にケビンの遊びに巻き込まれた形である。


 そのようなティナたちは、コソコソと内輪で会話を始めだす。


「ねぇ、ケビン君はああ言っているけど、何処に向かって行くか聞いてる?」


「聞いてない」


「これはアドリブってやつだよねー」


「ラムスィちゃんは、何処か行きたい所があるかしら?」


「プルプル」


 その後も会話は続いていくが、ケビンの指し示す行き先が全くわからないティナたちの会話は、混迷を極めていく。


 その後、お手上げとなったティナたちは、指輪の力を使ってケビンに対し通信を試みた。すると、ケビンから適度に離れてくれれば転移で帝城へ帰すという回答を得られる。


 だが、この場に残るケビンの行動がわからないためそのことを訊ねてみると、わざとラミアにやられたあとは住処まで案内させるというものが、この後の流れになるという説明を受けた。


「みんな、行くよ!」


 ティナがそう掛け声をかけると、一目散に全員が森から出るための方角へ走り出す。それを確認したケビンは、ティナたちのあとをラミアに追わせないため果敢に攻め立てていく。


「ふん、仲間を逃がしたか……まぁ、いい。お前だけでも連れ帰って、この森に入った理由を問いただしてやる」


「そう簡単にやられはしない!」


 何処ぞの主人公みたいに熱く威勢を放つケビンだったが、ティナたちがある程度離れたのを【マップ】で確認したら、そのまま帝城へ転移させる。


 その後、ケビンは憂いがなくなったことにより、当初の予定通りに苦戦を演出し、最終的には膝をついた。


「呆気ないものだな」


 ラミアがケビンの首元に槍を突きつけながらそう言うと、ケビンは悔しそうにしながら負け惜しみを披露した。


「俺にもっと力があれば、お前なんかに……」


「ふん、所詮人族など力があったところで、我らラミアの敵ではない」


 そして、住処へ連れていくためラミアがケビンを立たせると、後ろから槍を突きつけつつケビンを歩かせ、人知れず森の奥へと消えていく。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ラミアに捕えられたケビンがしばらく歩き続けていると、ようやくラミアの住処を目にすることになった。


「殺風景……」


 ケビンがそう呟いてしまうのも仕方がない。何故ならば、そのケビンが目にしたものは、岩山に入口らしきものがくり抜かれているだけの、ただの洞窟じみた見た目だったからだ。


 だが、ケビンはこの後に驚くことになる。


「早く中に入れ」


 そうラミアに急かされたケビンが再び歩き始めると、洞窟の中に足を踏み入れる。すると、次第に外の光が届かなくなり、ケビンは灯りを要求しようとしたのだが、それを言おうとした矢先にその存在を目にする。


「あれは何だ?」


 ケビンが指し示すものは、洞窟の中を照らしているぼんやりとした灯りだ。そのことを訊ねたケビンだったが、ラミアからは呆れ混じりの回答が返される。


「人族はヒカリゴケのことも知らないのか……所詮は自然を破壊するしか能がない害虫だな」


 ラミアから害虫呼ばわりされたケビンはさすがにムッとするが、人が自然を破壊して生活圏を広げていることは否定できないので、何とも言えない気持ちに陥った。


 そして、それからしばらく歩かされたケビンは、次第に外の光がまた洞窟内を照らし始めていることに気づく。


 そのことを不思議に思うケビンが更に進んでいくと、やがて外に出ることになり明るさからか眉をひそめる。


 そのような出来事により外に出たと思っているケビンは思考を巡らせると、ラミアたちは洞窟に住んでいるのではなく、ただ単にトンネルとして洞窟を利用していただけなのではと予想した。


 だが、その結論も間違いだと気付かされる。なんと、ケビンが木々の生い茂る開けたところに出て眩しいと感じていた光源は、太陽の光ではなく天井に結晶化している不思議物質が発光して乱反射し、その光が辺りを照らしているのが原因だったからだ。


「綺麗だ……」


 ケビンの素直な気持ちが、そのまま口から出てしまったのを聞いたラミアは気を良くしたのか、得意げな顔つきで口を開いた。


「人族の中にも、美的感覚の優れたやつがいるとはな」


 得意げなラミアから何気にディスられてしまったケビンだが、今は目の前に広がる綺麗な光景に目を奪われており、痛痒を感じることもなく聞き流していた。


 そして、その後はラミアが感嘆としているケビンをせっつかせ、目的地である住処へと急がせる。


「さっさと歩け」


 やがて、生活空間を感じさせる建物が見え始め、別のラミアたちの姿もちらほらとうかがえてきた。


 そのような中で、ケビンは見世物小屋の動物にでもなったかのような視線に晒されるが、ケビンはケビンで色々なラミアを観察しながら物色していく。


 そのケビンが視界に収めていくラミアたちの上半身は、タンクトップやチューブトップなどのバリエーションはあったが、下は短めのパレオで統一されており、申し訳なさ程度に隠しているだけだった。


(マーベラス!)


 多種多様なラミアたちに対し感嘆とするケビンは、ご自慢のカメラアイで不躾な視線にならないよう瞬時に撮影すると、それをあまさず脳内フォルダに保存していく。


 ……能力の無駄遣い、ここに極まれり。


 その後、先へ先へと促されるケビンは、とうとうお偉いさんらしき者が居そうな場所へと辿りつく。


 その見た目は、行きしなに見ていた簡素な住居とかではなく如何にも代表者が住まうような、ちょっとだけ威厳のある住居だ。


 その住居は岩肌を削って作り出しているのか、見た目的にはただの洞窟にしか見えないが、所々で手の込んだ削り出しがなされており、如何にもボスがいますというような様子が伺える。


 そして、その入口を守るようにしてラミアが両側に立っていた。


「森にいた侵入者を捕まえてきた」


「そいつが使い魔を?」


「ああ。他にも仲間がいたが、逃げられた」


「お前がいて、逃げられるとはな」


 それからラミアが簡単な経緯を門番に説明し、ケビンは家の中に入ることになる。その通された住処の中は人族の家のような間取りとは違って、至ってシンプルな造りをしていた。


 そして、入ってすぐは通路となっており、ケビンはそこを奥に向かって進んでいく。


 外とは違って、既に袋のネズミと化しているケビンが逃げられないと判断しているのか、ラミアは後ろから槍を突きつけることはなく、ケビンの前を歩いていた。


 その後、2人がそのまま通路を突き進むと、門番役のラミアが1人だけで立っている扉のない入口に行きあたる。


 それを目にしたケビンはようやく終着点かと思い至ったが、その予想は見事に裏切られてしまい、入口をくぐり抜けた先はまたしても通路だった。


 そして、その後もそのようなことが幾度となく繰り返されていき、ケビンはとうとう飽きてしまった。


「まだ着かないの?」


「黙れ侵入者! この先は一族を纏めあげる御方がおられるのだ。そう簡単に辿り着いてはお守りできぬだろ!」


 そのようなことをラミアから言われても、迷路のような道のりを歩かされているケビンからしてみれば、ただただ面倒くさいだけである。


「ラミアを見に来たのは失敗だったかな……」 


 そう呟くケビンの言葉はラミアに聞かれることなく、虚空へと消えていくのであった。

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