第657話 ご対面

 しばらくラミアに連れられ歩き続けたケビンは、ようやく目的地らしき場所を目にすることができた。


 そこには、扉などつけておらず守衛2人が入口を警護しており、中は人工的な手が加えられたであろう空間が広がっていた。


 その空間の一番奥には、如何にもなラミアが柔らかそうなクッションらしきものを抱えて気怠そうにしなだれている。そして、その周りでは近衛兵ばりにラミアが複数名配置についていた。


「長、領域をうろついていた侵入者を捕らえてきました」


 ケビンをここまで連れてきた連行役ラミアがそう報告すると、長はケビンを品定めするかのように不躾な視線を向けた。


「人族とは珍しいな……ここまで来るのならば勇者か?」


 長とラミアのやり取りを聞いているケビンは、既に見学の気分だ。さっきまで迷路を歩いていた精神的疲労もあっただろう。ゆえに、呆けてしまうのも仕方がない。


 ケビンとしては、ラミアが報告していたので我関せずになっていたのだが、どうやらそれを周りは許してくれないようだ。


「おい! 長が尋ねているのだぞ、答えろ!」


 連行役のラミアがそう怒鳴ると、呆けていたケビンが現実に戻される。


「えっ? お前に尋ねてたんじゃないの? 報告してたのは俺じゃなくてお前だろ?」


「なっ!?」


 あっけらかんとしたケビンの物言いに対して、連行役のラミアはわなわなと震え出す。そして、万が一間違えがあってはならないと思い至り長の表情を見るが、その表情からは思考を読み取ることができない。せめて、頷くなり何なりの動作をしてくれればわかるというのに、ラミアの眺める長は無反応だ。


『くっ……』


 歯を食いしばり俯くラミアを見たケビンは、少しだけ迷路で疲れた心が癒されたのかラミアに対して助け舟をだす。


「……冒険者」


 ボソッと呟いたケビンの言葉によって、『我、天啓を得たり!』といった感じで顔を上げたラミアは、そのまま長に向かって報告するのだった。


「この者は森で【ボーケンシャ】と名乗っていました! 勇者とは違うのではないでしょうか?」


「ボーケン……ボーケン……冒険? 確か、古い文献にそのようなものが記されておったような……まぁ、よい。そのことは後で調べさせるとして……」


 空中を眺め思考にふけっていた長が、再びケビンへ視線を向ける。


「そやつ……ここまで来るということは、それなりの実力者なのだろう?」


「はっ。私には及びませんが、それなりには強いかと」


「それなりか……我が食った後は配下にでも下賜するか……」


 何気ない長の「食べる」発言にギョッとしてしまうケビンだが、いざとなれば逃げればいいやという考えのもと、引き続き傍観者になりきった。


「あれを持ってまいれ」


 その長の言葉に反応した警護の者が隣の部屋らしき所へ向かうと、大した時間もかけずに戻ってくる。何やら首輪らしきものを手にして。


 その後、警護の者が手に持つ首輪を長に手渡すと、長はそれをケビンに見せつけるかのようにして掲げた。


「これが何かわかるか? お前ら人族には馴染みの深い物だろう?」


 それを見たケビンは、『何でここに?』という思いが頭の中を占めた。


「元々の出処は戦争時の戦利品だな。これはそれを解析して複製した物だが、交易品として魔族領では出回っておる。それなりに高くつくが、効果については言わずともわかるだろう」


 その言葉を皮切りに連行役のラミアから押さえつけられ、ケビンは地面に頭をぶつけてしまう。


「や、やめろ!」


 それとなくそれっぽさを出してしまうケビンが暴れると、抑え込むラミアが次々と増えていき、ケビンは完全に首を差し出す受刑者のような格好にさせられた。


 そこへ長がズルズルと蛇部を引きずりながら移動してくると、暴れるケビンの首に奴隷の首輪をはめた。


「くくっ……これでもうお前は逃げられない。元より見回りの兵に負けるくらいだ。端から逃げ場などなかったの」


「く、くそっ! 何が目的だ!」


「日常は種の提供だな……他はどうするか……」


 特に隠すでもなく目的を話してしまう長は、別の使い道がないか思案しだすと、周りにいる警護の者が口を開いた。


「長、我らが目覚めたということは、ナーガ族も目覚めている頃合かと。あいつらとの戦争に、コレを使うのもありかと愚考します」


 それを聞いたケビンは頭に“?”が浮かぶ。


 今、目の前にいるのはラミア。そして、そのラミアが語るナーガ族。ケビンの頭の中には、ラミアの格好をしたラミアとナーガ族が浮上している。そして、結論に至る。


『どっちも同じ蛇人族じゃね?』


 以前、犬人族と狼人族の違いがわからず、狼人族の嫁に「犬なの?」と発して激怒されたケビンは、その反省を活かすことなくここでもやらかしてしまう。


「ラミアとナーガって同じ蛇人族だろ」


 その瞬間にケビンの体は宙を舞い、部屋の壁に激突する。激しい激突音とともに下に落ちるケビンだが、特に痛くも痒くもない。ステータス差によるチートである。


 その後、それっぽく演出して体勢を整えるケビンが視線を向ける先には、警護のラミアが尻尾をゆらゆらと揺らしていた。


「我ら誇り高きラミア族と下賎なナーガ族を同一視するとは、万死に値する!」


 ケビンからしてみれば『そう言われても……』状態である。ナーガ族を見ていない以上、ラミアの姿でしか想像できないのだ。ゆえに、次いで出る言葉がこれである。


「どこが違うの?」


 完全に無自覚な煽りが発生しているが、ケビンとしては知識を得ようとしているだけで、ラミアを貶めようとはこれっぽっちも思ってはいない。


 だが、相手のラミアは違う。相手の思考が読めず、わかり合えないからこそ争いは起こるものである。


「き……さまっ!」


 完全に怒髪天に達していそうなラミアたちだが、長だけは違った。首を傾げながら何かを考えていたかと思うと、おもむろにケビンに対して尋ねた。


「お前はラミアを見るのは初めてか?」


「ああ」


 それに対してケビンが正直に答えると、長は次の言葉を発する。


「ナーガ族は見たか?」


「見てない」


「それもそうよな。見ていたら、今頃あいつらに捕まっておるか」


 ここでケビンの回答を得た長は、正論パンチを同族に放つ。


「見たこともないものの違いを、端からわかれというのが無理な話であろう。そなたたちは人族の違いがわかるのか? あやつらは同じ見た目だが、国ごとで区別されておるぞ。そんなもの、まず聞かねばわかるまいて。それと同じだの」


 意外と常識人だった長の言葉を聞いたケビンは、目が点となった。


「それにせっかく手に入れたオスだぞ。ここでいたぶって死なせてはもったいない」


 だが、長の続く言葉を聞いたケビンは尊敬しそうだったところ、その思いがなくなってしまった。


「とりあえず、こやつは牢にでも入れておけ」


 長がそう結論づけると、警護の一人がケビンを立たせて牢へと連れていく。


 そして、広間に残っている長とラミアたちは、ケビンの使い道についてじっくりと話し合うのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 あれから牢に連れてこられたケビンは、数ある牢の中の1つに押し込まれてしまう。


「ここに入ってろ!」


「もうちょっと丁寧に扱ってもいいんじゃない?」


「減らず口を」


 初めてケビンを見てからというもの、あまり悲壮感を感じないその様子によって、変な人族だと思い込んでいるラミアはそうそうにこの場から立ち去っていく。


「暇だ……」


 ここから逃げられないとでも思われているのか、奴隷の首輪をはめられたというのに、特にこれといった禁止事項も告げられず牢に入れられたケビン。


 周りを観察したりもしたが石壁しかなく、簡易ベッドもなければトイレもない。ただの石箱の中に入れられた状態となっている。


 そのような中で声をかけてくる者が一人。


「もし……」


 ケビンは自分以外にも人がいることは気配探知でわかっていたが、それが女性であることまではわからなかった。ゆえに、声を聞いた瞬間にケビンのやる気ゲージが上昇した。


 だが、ここで疑問点が浮かぶ。牢に入っているということは、何かしらの罪を犯したということ。もしくは、件のナーガ族かもしれない。


「ないな……」


 しかし、ケビンはナーガ族という推察を捨てた。何故ならば先程のラミアたちの会話でナーガ族が目覚めたばかりであり、それを既に捕まえて牢に入れているということはない、という予想がつくからだ。


「あの……もし……」


 ゆえに、ケビンは結論づけた。ここにいるのは、ラミア(願望)であると。


 それからのケビンの行動は早かった。いとも容易く牢の鍵を開けると、るんるん気分で声をかけてくれた女性の方へ歩いていく。


「どうもお嬢さん、こんにちは」


 そこは牢階層の一番奥であり、そこだけは重罪人用とでも言うのか他の牢に比べ枷が備え付けられており、声をかけてきた者はそれに繋がれていた。


「…………」


 しかし、目の前のラミア(願望が現実となった)は声をかけてきたにも関わらず、目が点となっている。


 それもそうだろう。先程牢に連れてこられた罪人(仮)が、牢から抜け出して目の前に来ているのだ。理解が追いつかないのは、致し方がないと言える。


 そして、今度はケビンが声をかける番となった。


「もしもーし」


 目の前にいるラミアは白蛇モデルとでも言うのだろうか、白髪のロングストレートの赤眼で、肌は色白、下半身は白い鱗に覆われた胴体となっている。


 その見た目もそうだが何よりケビンの目を引くのは、憚ることなく晒されているたわわな果実である。罪人(?)に服はいらぬと言わんばかりに、もろ出し状態なのだ。


「もしもーし」


 そして、再度ケビンが声をかけたことで、目の前のラミアが再起動を果たす。


「ど、どうして牢の外に……」


「出てきたから」


「……」


 混乱する中、かなり頑張って絞り出した質問を当たり前のように返されてしまい、ラミアは絶句する。「そうだけど、そうじゃない」と、きっとラミアは言いたいはずだ。現に思っていたことが、口から出てしまったのだから。


「そうではなくて……」


「そうではない?」


「あっ……いや、その……」


 思っていたことが口から出ていたことに驚いたのか、ラミアは違う違うと否定しようとして両手を振るが、ジャラジャラと鳴る鎖の音が意外にも大きく耳障りなものだった。


 だが、ケビンは耳障りな鎖の音より、手を振ることによって一緒に揺れているたわわな果実の方が、気になることこの上ない。


 そして、がっつり凝視しているケビンを見てしまったラミアは、長年積み重ねてきた経験から自虐思考が加速していく。


「やはり気持ち悪いですよね。こんな全身白いラミアなんて」


 だが、ケビンが見ているのはたわわな果実だ。


「生まれてきた時から忌み子として、集落の皆から嫌われていましたから」


 それでも、ケビンが見ているのはたわわな果実だ。


「忌み子は災いを振りまく者として生まれた時に殺す対象ですが、白き忌み子は殺しても災いを振りまくと口伝されていますので、私は生かさず殺さずでここに閉じ込められているのです」


 なんだか身の上話を始めているラミアだが、ケビンが見ているのはたわわな果実だ。


「ところであなたは誰ですか? ラミア……ではないですよね? 噂に聞くナーガ族というものですか?」


 生まれて初めて自種族以外の者を見たラミアは、ケビンが人族だということを知らない。そもそも牢の中で過ごしていたせいで、一般的なラミアより圧倒的に常識や知識がない。


 だからだろうか、ケビンがたわわな果実を相変わらず見ていても、恥ずかしいという羞恥心は湧いてこず、忌み子という呪われた体を見られているという自虐心しかない。


「何故、そんなにもこの呪われた体を見続けるのですか? 忌み子を見たのは初めてですか? 気持ち悪くないのですか?」


 さっきから質問攻めを受けているケビンだが、ラミアが動くたびに揺れるたわわな果実に夢中である。だが、質問されていることには気づいているので、名残惜しそうに視線をラミアと合わせた。


「ただのアルビノだろ」


「……?」


 初めて応答してくれたと思いきや、ラミアの知らない言葉を使われてしまい反応に困っていると、ケビンはそれを察したのかアルビノについての説明を始める。


「私は忌み子ではないと……?」


「結論から言えば、そうだな」


「ですが、過去には実際に災いが……」


「そんなもん、たまたま起きた出来事に対して、たまたま居合わせた珍しい姿の者がいたから、当時のやつがそいつのせいにしただけだろ」


「え……」


「目に見えてわかりやすいだろ? 他とは明らかに違う見た目なんだから、『こいつの呪いだぁ!』って言ったほうが知識の乏しい者たちにはわかりやすくはある。自然現象とか理解していない者たちは、神の裁きだと言われてしまえば納得するしかないしな」


「そんな……」


「まぁ、これはあくまでも俺の予想だ。世の中には呪術とかも存在するし、実際にはどうかわからん。もしかしたら、過去にはアルビノのラミアが呪術を覚えて、実際に誰かを呪ったかもしれないしな」


「やはり忌み子……」


「アルビノ全部が悪いわけじゃないだろ。お前は呪術を覚えているのか? 祈祷して天候を操ったりしたのか?」


「私は生まれてからずっとここで暮らしてます。知識など他のラミアに比べたら子供レベルです」


「まぁ、スキル構成もそんな感じだしな」


「スキル構成とは……?」


 本当に何も知らないのか、ラミアはケビンの言う言葉ひとつひとつを拾っては質問攻めにしていき、会話が途切れることがない。


 それに対してケビンもやることがなくて暇ゆえに、ラミアの知的好奇心を満たすためだけに居座り続けて話し相手となる。


 それから暫くはラミアの相手をしていたのだが、別のラミアが来ている気配をケビンが察知したため、その旨を伝えるとケビンはその場を後にした。


「あ……どなたかをまだ尋ねてませんでした」


 ケビンがいなくなった後で、今まで話していた者が誰だったのかを知らないことに気づいたラミアだが、警戒心がないゆえか、はたまたただ単に無垢すぎるのか理由はわからない。


 だが、また次に会った時にでも尋ねればよいという結論に達すると、今日教えてもらったことを復習するかのようにして思い浮かべるのだった。


 その後、ラミアとは別で自分の牢に戻ったケビンは、近づいてくる看守を待っていた。恐らく用があるとすれば、今日収監されたばかりの自分だろうと予想を立てていたからだ。


 そして、その予想は当たる。看守ラミアがケビンの牢の前までやってくると、面倒くさそうに口を開いた。


「おい人族、生肉は食えるのか?」


「食えるか食えないかで言えば、食える。ただし、病気になる」


「面倒な生物め」


「野菜はどうだ?」


「野菜も同じだな」


「ちっ!」


 尋ねたいことが終わったのか、看守ラミアはケビンをギロリと睨みつけたあとは、来た道を引き返してこの場から立ち去っていく。


「美味しい料理を期待してるぞー」


 ケビンが尋ねられた内容から推察してそのように言うと、ラミアからの返答はなく、代わりに遠くの方で物に当たる音が返事として返ってくるのであった。

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面倒くさがり屋の異世界転生 自由人 @Tasky

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