第612話 男の試練再び?

 24時間耐久レースが終わった昼頃、ケビンはトリカたち全てのアラクネを討ち取り、服を着るという文化を根付かせるための権利を勝ち取るのだった。


「……鬼畜」


 すっかり魔王らしさの威厳がなくなったトリカがそう呟くと、ケビンはニヤリと笑って言葉を返す。


「24時間をおかわりしたいのか?」


「ごめんなさい」


 すぐさまケビンに対して謝るトリカを見るに、24時間耐久レースが相当堪えたようである。


 それからケビンは有言実行と言わんばかりに、アラクネたちの服を着せていく。すると、満足のいったケビンはトリカに魔導具を渡した。


「何だ、これは?」


「結界用の魔導具だ。洞窟の入口にでも置いておけば、外敵から身を守れるだろ」


「魔王となった我が、そこらの有象無象に負けるとでも?」


「新米魔王なんだから、イキがるなよ。それに……これからは子育てが始まるんだろ?」


「むむ……それはそうだが……」


「だったら、用心するに越したことはない」


「…………わかった。他ならぬケビンの言うことだしな」


「……デレ期か?」


「うるさい! 用が済んだのなら、さっさと帰るがよい!」


 ムキになって反論するトリカは“デレ期”の意味はわからなかったが、なんとなく本能的にバカにされたような気がして反論し、ケビンはそのようなトリカを見て笑いながら別れの挨拶をしては、嫁たちの待つ【携帯ハウス】へ転移するのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ただいまー」


 何食わぬ顔で転移してきたケビンを迎え入れたのは、のんびりと過ごしていた嫁たちであった。


「2日間、お楽しみでしたね」


 そう言ってケビンをからかうのはティナである。


「まぁ、楽しかったな」


 悪びれもせずそう言うケビンに対して、クリスが口を開く。


「予想通りだねー」


 実のところ大人しく待っていた嫁たちはケビンが帰らないこと、相手が女性であることから、すぐに転移して戻ってこなければ確実にケビンの魔の手が、拉致犯であるアラクネたちに襲いかかっているだろうと予想していたのだ。


 そして、それは一晩明けても帰ってこなかった時点で、予想から確信に至ってしまった。


「それで……ケビン君は帰ってきたばかりだけど、そのまま冒険に出発するの?」


 今日の予定の話をティナがすると、ケビンはアラクネたちから貰った糸玉をパメラに届けることを伝え、それを聞いたティナたちは今しばらくのんびりとした時間を過ごすこととなる。


 そして、嫁たちにまた出かけてくると言い残したケビンは、帝都にある【パロナプ】の店へと転移した。


「ッ! ちょーびっくりだし! 口から心臓が飛び出るし!」


「飛び出るぅぅぅぅ!」


「……2人とも。静かにしないとお客様にご迷惑よ」


 いきなり店内に現れたケビンによって、バイトをしていた百鬼なきりと千喜良はビクッと反応をし、素でびっくりしていた。


 そして、千手も内心は心臓が飛び出るほどドキドキとしていたのだが、そこは落ち着きを持った女性を演出したかったのか、驚いた素振りを見せず平然とした態度で2人を注意する。


「きゃー! 陛下よ!」

「こんな間近に生ケビン様がいるわ!」

「陛下に会えるなら、もっとおめかししてくればよかった」


 思いもよらぬケビンの来店によって、買い物に来ていた女性客たちが色めき立ち、その女性客たちは服そっちのけでケビンを見つめている。


 さながらその瞳は恋する乙女のようだ。


「ケビン……何気に人気だし……」

「アイドルぅぅぅぅ!」

「話には聞いていたけど、ここまで女性を惹き付けてしまうのね……」

「おなごホイホぉぉぉぉイっ!」


 女性客たちが色めき立つ中で、何やら不穏なことを千喜良に言われてしまったケビンは、その出処を探るために声をかけようとしたが、女性客の1人がその行く手を阻んだ。


「ケ、ケビン様っ!」


「ん?」


「こ、こっちの服とこっちの服、どっちがいいと思いますか?!」


「――ッ!」


 2種類の服を手に持ちつつ話しかけてきた女性客のその内容に対して、用事があってたまたま来ただけのケビンは戦慄した。


(……なん……だと……!?)


「ちょっと! あなた、抜け駆けは禁止よ!」


「抜け駆けじゃないわよ! ケビン様に質問をしているだけよ!」


「それが抜け駆けなのよ!」


「違いますぅー! 質問は質問であって、抜け駆けとは言葉の意味が違うんですぅー! 学園の1年生から勉強をしなおしたら?」


「なっ……なんですってぇぇぇぇ!」


 女性客2人がぎゃーぎゃーと低レベルな言い合いをしていると、それによって考える時間を得られたケビンが、口喧嘩など歯牙にもかけず答えを口に出した。


「……こっちだ。この服の方が君の清楚さを引き立たせる」


 その言葉を聞いた女性客の1人は、言い合いをしていたもう1人のことを完全にスルーし、パッと顔を輝かせるとケビンに満面の笑みを見せる。


「私とケビン様の好みが一緒なんて、きっと運命です! これは女神様がもたらした奇跡です。ケビン様と好みを共有できるなんて……尊い……」


(と、尊い?!)


 とある人物の口癖とも言えるその単語を耳にしたケビンは、その人物が頭の中に浮かび上がり、一抹の不安を抱えてしまう。もしや、ルルの布教活動が一般人にまで及んでいるのではないかと。


「つ……つかぬことを聞くが……」


「はい、なんでしょうか?」


 ケビンは一抹の不安を払拭するためにも、勇気をだして問いかける。


「ルルって名前に聞き覚えは?」


「教祖様ですね!? 教祖様のお教えは素晴らしいものです!」


 ケビンはガックリと項垂れた。まさか、一般人にケビン教信者がいるとは夢にも思わなかったのだ。いたとしても、身内の嫁たちくらいだろうと高を括っていただけに。


 そのような打ちひしがれるケビンの気も知らずに、他の女性客が声をかける。


「陛下、こちらの服とこちらの服……陛下はどちらが好みですか?」


「――ッ!」

(またかっ!? まさかあの地獄の選択問題が再来するとでも言うのか!?)


 ケビンは考える。ひたすら考える。


 それは何故か……


 今日会ったばかりの女性の好みなど知る由もないからだ。ゆえに、ヤケクソになったケビンは第一印象からの先入観で決めてしまう。


「こ……こっちだな。明るい君には明るい色合いの服がピッタリだ。その服を着ている君を想像するだけで、俺は明るさをわけてもらえる気になる」


「――ッ! 私としては、お淑やかな服で大人の女性らしくしようと思っていたのに。私の明るさが陛下の御心を癒せるなら、喜んでこちらの服を買いたいと思います!!」


 奇しくもヤケクソ理論からの服選びを都合良く解釈した女性客によって、ケビンは選択問題を外したものの強制的な正解を引き当てたようなものとなる。


「陛下――」

「ケビン様――」


 それからも来るわ来るわの千客万来となり、ケビンは嫁相手ではないが一般人相手に選択問題をいられることになった。


 そして、軽く1時間は服選びに付き合わされたケビンに対し、予想外のご褒美タイムが訪れる。


「へ……陛下……あの……陛下のお好みの下着はどちらでしょうか?」


 頬を染めつつおずおずと差し出される下着2着を見せられたケビンは、ゼロコンマ単位で即答する。さながらそれは、条件反射のようでもある。


「右っ! 右しかないだろ!!」


「いつか……寝所に呼んでくださいね。お披露目させていただきます」


「もちろん!」


 その光景を目にした他の女性客たちは、しれっと出し抜かれたことに対して『してやられた!!』と思いつつ、我先にと急いで下着コーナーへ足を進めていった。


 それからのケビンはとても有意義な時間を過ごし、当初の目的を忘れてしまい、女性客の下着選びに精を出していた。


「ケビン……マジでスケベだし……」

「スケベぇぇぇぇ!」

「男だから仕方のない部分ではあるわね」


 傍から女性客に群がられるケビンを見ていた百鬼なきりたちは、ケビンの出現によって接客する必要がなくなってしまい、呆れとともにケビンの下着選びを眺めていたのだった。


 そのような時に下着選びをしているケビンに対し、声をかける者がいた。その者は店が騒がしくなった時に、奥からやって来て一部始終を見ていたパメラである。


 そのパメラも女性客の服選びまでなら、ケビンが苦手としていることがわかっていたので黙っていたが、それが下着選びになると水を得た魚のごとく、次から次へとケビンが迷いなく選び続けるので、このままでは収拾がつかないと思い至り中断させるために声をかけたのだ。


「パパ、いい加減にしないと出禁にするよ?」


「――ッ!」


 ケビンが愛する義娘の声を聞き逃すはずもなく、すぐさまその声の主に視線を合わせる。


「パメラ!! 出禁はやめてくれ! パメラたちに会いに来れなくなってしまう!」


「……はぁ……私としても売上が上がって大助かりだから、出禁にするのはやめておくよ」


 すでに客寄せパンダ以上の働きを見せているケビンによって、この日の売上は過去に類を見ないほどのものとなっている。


 そして、店長でもあるパメラとケビンの会話が始まってしまったために、ケビンに群がっていた女性客たちは、後ろ髪を引かれる思いで会計を済ませにレジへと向かう。


 その女性客たちの腕の中には、ケビンの選んだ服や下着が抱えられており、精算の対応はバイトをしている3人の中でも、しっかり者の千手の役目だ。


 千手の手が空かない時には千喜良が代わりにすることもあるが、百鬼なきりだけは1度たりとてレジを任されたことはない。それは、千手が何がなんでもさせないからだ。


 何故なら練習でレジ打ちをさせていた頃、よく金額を間違えたりしていたからで、それ以降は千手か千喜良がレジ係をすることになっている。


 そして、保護者役の千手による采配で、百鬼なきりは持ち前の明るさから接客係専門となっていたのだ。


「……で、何か用があって来たんじゃないの? たしか今は冒険中のはずだよね?」


 パメラの言葉にハッとしたケビンは当初の目的を思い出して、それをパメラに伝えるのだった。


「実はな、魔大陸で上質な糸を手に入れたから、これを使って反物が作れないか相談に来たんだ」


「糸?」


 どのような糸かわからずに首を傾げるパメラに対して、ケビンはアラクネたちから貰った糸玉を見せた。


 それを手にしたパメラが感嘆とする。


「すごい…………ちょ……ロナっ、ロナっ! こっちに来て!」


 パメラが店奥にいるであろうロナに呼びかけると、奥からロナが姿を現した。


「どうしたの? あ、騒ぎの原因はやっぱりパパだったんだ」


「え……なんで俺だと?」


「パパが来た時だけ騒がしくなるもん。特にヤエさんとか」


夜行やえ?」


 ケビンは確認を取るため百鬼なきりに視線を向ける。


「うち、騒がしくないし! ケビンがうるさいだけっしょ!」


「いやいや、パパがいる時といない時とではだいぶ違うよ。いつも元気だけど、それが天元突破する感じ? あと、女性専門店に平気で入って来るのはパパだけだから、お客様たちが騒ぐとパパが来たってすぐにわかるんだよ」


「「……解せぬ」だし」


 ロナからの指摘に対して、2人はさも納得がいかないとばかりに言葉をハモるが、パメラはそのような些事よりも糸玉のことをロナに話すのだった。


 そして、それを聞いたロナは糸玉を手に取り、パメラ同様に感嘆としてしまう。


「これは確かに凄いね……光沢や手触りがそこら辺の糸とは一線を画してるよ。パパ、これは魔大陸で買ってきたの?」


「いや、貰った」


「え……こんな上質な糸をタダであげるなんて……魔大陸ってそこまで凄い技術があるの?」


「魔大陸の技術に関しては、まだ大して探索が済んでないからわからないが、その糸はアラクネたちが出したものだぞ」


「アラクネ? 糸を出すって……ワーム系の魔物?」


「魔物じゃなくて魔族だな。女性の下半身から蜘蛛の胴体になっている感じだ」


 それを聞いたロナやパメラに限らず百鬼なきりや千喜良、それに会計を済ませ女性客を見送った千手も想像してみるが、自分の下半身がスパイダー種になったのを想像したのか、悪寒が走りぶるっと体を震わせた。


「……パパ……まさかとは思うけど……したの?」


 そのような中でロナが含みのある言い方をすると、ケビンは何を指しているのか理解しており堂々と答えた。


「もちろん。めっちゃ綺麗だったぞ。あと、可愛い」


「「はぁぁ……」」

「「「――ッ!」」」


 平常運転なケビンの行動に対してパメラやロナは溜息をつき、百鬼なきりたちは異様な姿をした相手であっても寝てしまうケビンに対して戦慄した。


「……パパって女性の姿があれば、あとは何でもいいの? 人じゃないんだよ?」


 そう言うロナに対してケビンは反論する。


「それを言ったら、クララたちだってそうだろ? クララたちはドラゴンなんだしな。それにクズミはとても偉いお狐様だ」


 その言葉を聞いた百鬼なきりたちは首を傾げる。クララたちがドラゴンなのは知っているが、クズミに関してはほぼ会うことはないので、ミステリアスな女性という印象しかない。


 それゆえかケビンによって“お狐様”と言われたところで、獣人族の中で身分の高い狐人族なのだろうかという予想しかできない。


「でも、クララ義母さんやクズミ義母さんたちは、人型をとってるよね? アラクネさんたちみたいに本来の姿をしたままじゃないよ」


 そこに拍車をかけるかのようにして、ロナから告げられた追加情報。


 百鬼なきりたちは更に悩む。クララの本来の姿はドラゴン。では、クズミの本来の姿は何なのだろうかと。


 だが、予想できるのは狐耳や尻尾がヒョコっと生えて、獣人族みたいな姿になるというところまでだ。しかしそれとて、人型と言えば人型である。だから百鬼なきりたちは大いに悩む。


 3人とも、クズミがまさか狐の神様とは予想だにしていないため、予想の範疇である狐の姿が頭の中に浮かび上がるが、神様という事実を知らないのですぐに否定することになる。


 そもそも、フィリア教団在籍中に習ったこの異世界の常識において、獣人族が獣の姿に変身することはないと教えられているからだ。よって、3人の思考の中は狐人族で止まってしまうのだった。


 せめてケビンが“お稲荷様”と言えば、百鬼なきりたちも狐の姿を察することができて、頭の中に浮かんだ姿も否定はしなかっただろう。


「最低ラインという基準はあれど、どんな姿であろうとも女性なら愛す。それが俺だ」


「なんか格好よく締めくくってるけど、簡単に言えば節操なしだよね?」


「……パメラ……ロナが反抗期だ」


「パパが女性となると見境なく抱くからよ」


「見境はある! お仕置き以外は同意のもとで抱いている!」


「つまり、同意があれば際限なく抱くってことでしょ?」


「……夜行やえ……娘たちが反抗期だ」


「うちに振るなし! ケビンがスケベなのが悪いんじゃん!」


「千代……」


「ご、ご主人様はカッコイイよ」


「千代ぉ~……」


 ケビンのためにフォローを入れた優秀な借金奴隷の千喜良。それに感極まったケビンは千喜良を抱きしめる。


「はうっ……ご、ご主人様……!?」


 急に抱きしめられてワタワタとする千喜良だったが、顔を赤らめて大人しくなるとケビンにされるがままとなった。


奏音かのん、3人が反抗期だ。味方が千代しかいない」


「うちは反抗期じゃないし!」


 すかさず百鬼なきりが反論するも、ケビンから問われた千手は完全にスルーしてケビンに話しかける。


「仕方ないと言えば仕方ないよね。私はケビンさんがそういうものだって納得してるけど、奥様たちはそうもいかないでしょ? よその女性にうつつを抜かすなら、自分にかまって欲しいって思ってるはずよ」


「つまり?」


「嫉妬よ。女性はいつまでも大好きな人の1番でありたいの。ケビンさんの家庭内事情で言うと、愛してくれるなら2番以降でもいいって言う人がいるでしょう?」


「ほうほう、確かに」


「同じ“妻”という枠組みの中でなら嫉妬も大したことないでしょうけど、その枠組みから外れた女性に対しては、そうもいかないのが女心ってやつなの」


「女心と秋の空か……」


「全然かすりもしてないけどね」


「千代……奏音かのんまでもが反抗期に……」


 ケビンは腕の中にいる千喜良に声をかけたが、ケビンの持つ称号のせいで癒されまくって夢見心地となっている千喜良は反応しない。


「心外ね。私はケビンさんの味方よ。今もこうして平和に暮らせているのはケビンさんのおかげなんだし、魔物といえど殺しまくる殺伐とした日常より断然いいよ」


奏音かのん……」


 千喜良から離れたケビンが千手に向かって両手を広げると、スススっと移動してきた千手がケビンの腕の中にすっぽりと収まった。


「こういうところよ。奥様たち以外の女性にうつつを抜かすと、いつか愛想を尽かされるわよ」


「そう忠言しつつも、俺の腕の中に自主的にやって来てるじゃないか」


「だって、ケビンさんの抱擁は極上なんだもの。これでまた、お仕事を頑張ろうって気になれるよ」


 そのようにして千喜良とバトンタッチした千手が心地よさそうにしていると、親友である百鬼なきりが声を上げた。


「しれっと引っ付き過ぎだし! ケビンに毒され過ぎっしよ!」


「反抗期ね」


「違うし! ツッコミだし! 漫才だし!」


「…………なんでやねん?」


「そんなタイミングのズレた棒読み疑問形のツッコミなんて、初めて聞いたし!」


「なんでやねぇぇぇぇん!」


「いや、今のツッコ厶ところないし! 奏音かのんも千代も、ケビンのせいでおかしくなってるっしょ!」


 3人がやいのやいので騒いでいる中、千手を抱きしめているケビンは生温かい目で百鬼なきりのツッコミを見守り、そのケビンを見ているパメラやロナは、溜息とともに4人のやり取りを傍観していた。


「「はぁぁ……」」


「パパたちは放っておいて、このアラクネの糸玉を研究しようか?」


「そうだね。まだ長くなりそうだし、もう店仕舞いの札を外に下げておくよ」


「お願い」


 店内で騒いでいるケビンたちよりも、パメラとロナはアラクネたちが出した糸玉の方が興味を引かれており、ケビンたちのことを放置すると糸玉を持って、ナターシャやプリモのいる奥の作業部屋へ向かうのであった。

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