第611話 ケビン、新たな商売の種を得る

「腹が減った……」


 あれからケビンはアラクネたちや、復活した長を相手に休むことなく体を動かしていたのだが、唐突に何も食べていなかったことを思い出すと、急に何かを食べたいと衝動にかられてしまう。別の意味では散々食べ続けていたのだが。


 そう思い立つケビンの周りには、ぐったりとしている長やアラクネたちの姿がある。ケビンは座り込んでいるが、まだまだ余裕の表情だ。


「なぁ、腹が減らないか?」


 ケビンがつい先程相手をし終えた長にそう尋ねると、長は途切れ途切れに言葉を口にした。


「……ケビンは……底なし……か? 我は……腹が減る以前の……問題……だ……」


「腹が減らないなんて羨ましいな」


「……お前……」


 ぬけぬけとそう言うケビンに対して、「このような状態になるまでしといて、何を言っているんだ!?」と長は口にしたかったが、そこまで言う元気が今はない。せめてもの抵抗として、恨みがましくジト目を向けるくらいである。


「連れてこられた時も思ってたけど、ここって何もないのな」


 ケビンは料理が作れないかと周りを見渡してみるが、洞窟の岩肌が見えるだけで他には何もない。


「仕方ない……創るか」


 アラクネたちそっちのけで我が道をゆくケビンは、辺りを魔法で綺麗にして後処理を終えたら、お腹を満たすためにご飯を創造していく。そして、ふと思い出すのは残されている嫁たちのことである。


(母さんやクリスがいるし、ご飯のことは問題ないだろう)


 奇しくも【携帯ハウス】を出した後に拉致されたこともあり、冷蔵庫に保存しているもので料理は作れるはずだとケビンは思った。これがティナやニーナだけなら、惨憺たる料理になってしまうことは間違いなしだったが。


 そのようなことを思い浮かべながらも、ケビンはしれっと1人だけで深夜食を食べ始める。夕ご飯を作ろうと思っていた矢先での拉致だったので、お腹が空きすぎて思いのほか箸が進み、バクバクとご飯を口にしていく。


 ――ぐぅ~……


 そして、どこからともなく聞こえてくるのは、誰かの腹の虫が鳴いている音だった。


 その音を聞いたケビンが視線を巡らせると、「私じゃない!」と言わんばかりにアラクネたちは首を振る。


 それからケビンはひと通り見た後に1番近くいる長へ視線を移せば、長からサッと視線をそらされてしまい、それだけで誰が犯人なのかわかってしまった。


「腹……減ってるのか?」


 ――ぐぅ……


 長が何かを答えるまでもなく腹の虫が先に答えてしまい、長は視線をそらしたまま耳を赤くしてしまう。ケビンからは見えていないが、恐らく顔も真っ赤になっていることだろう。


「へ……減っておらん!」


 羞恥からか涙目の長がキッと睨んでそう答えるが、腹の虫が催促している以上、説得力は皆無である。


(何こいつ……ちょっとカワイイ)


 なけなしの意地で強がる長が可愛く見えたケビンは、追加でご飯を創り出していくと、それらをアラクネたちに振る舞った。


「好きに食べていいぞー」


 ケビンからのゴーサインが出ると、アラクネたちは腹の虫が鳴らずともお腹が空いていたのか、わらわらとご飯に寄ってきて食べ始める。


「ほら、お前も食え」


 ケビンが長の前にご飯を置いて促すが、長はチラチラと見るだけで手を出そうとはしない。その様子に対してケビンは『そのうち食べるだろ』と安直な答えに行きつき、長のことは放置して自分の食事を再開させた。


 そして、ケビンの視線が長から外れたことにより、長はチラチラと見ていたご飯に生唾を飲み込み、やがて空腹には勝てなかったのか手を伸ばして持つと、少しずつだが食べ始める。


 それから食事を終えたケビンは【無限収納】からベッドを取り出すと、そそくさとベッドの中に入っていく。


「おやすみ」


「ん? ああ、おやすみ」


 不意におやすみと言われてしまったので長も普通に返答してしまったが、すぐさまこの状況がおかしいことに気づいてしまう。


「――って、おい! 何をふてぶてしく寝ているんだ!」


 寝ているケビンのベッドをバンバンと叩きながら長が抗議すると、ケビンは面倒くさそうにして顔を長に向けた。


「眠いから寝るに決まってるだろ。もう深夜だぞ? 良い子は寝る時間だ」


「どの口が“良い子”などとほざいておる!」


「この口だ」


「きぃぃぃぃ!」


 ケビンが指をさしながら言った無自覚な煽りに対して、長は蜘蛛の脚で地団駄を踏んでしまう。


 人をおちょくらせたら右に出る者はいないと言われる程のケビンに対し、まともに張り合うのがそもそもの間違いなのだ。だが、長がそのことを知る由もない。


 いや、現在進行形で知ってしまったので、地団駄を踏んでいるのであろうが。


「お前たちも寝ろ。疲れてるだろ」


「疲れさせたお前が言うな!」


「ったく……あー言えばこー言う」


「~~っ!」


 どう足掻いてもケビンに対して口では勝てない(物理でも無理)長は、せめてもの抵抗でベッドをバンバンと叩く。長であるというのに、やっていることは子供じみていた。


「あー、もう! 何がしたいんだよ、お前は」


「だから、我らを放置するでない!」


「放置してないだろ。寝ろって伝えたぞ、俺は。お前らからもこいつに何とか言ってやれ」


「こいつではない! 我は長だ!」


「長は立場だろうが。名前を言え、名前を」


「名前などない!」


「名前がないって不便すぎるだろうが。よく今まで困らなかったな」


「長が我の名称だ」


「だからそれは立場だって……はぁ、仕方ない。アラクネ……アラクネ……んー……よし、お前は今からトリカって名乗れ。【捕食の魔王】トリカ……思いのほかしっくりくるな」


「トリカ……?」


「わかったな? とにかくもう寝ろ。騒いでいるのはトリカくらいだぞ。他のアラクネたちは寝ようとしてるんだし」


「トリカ……トリカ……」


 ケビンが何を言おうとも上の空な長は、“トリカ”と名付けられた名前を繰り返し口にしていた。そして、ケビンはトリカが上の空になっているのをいいことに、さっさと寝てしまうのだった。


 そして翌日、ケビンは深夜に寝たこともあってか、昼前までぐっすりと眠りこけており、たった今、目を覚ましたところだ。


 そのケビンの視界を埋め尽くすほどに映っていたのは、トリカの顔である。


「何をしている?」


「それは我の台詞だ」


 そう言い返したトリカの言い分によれぱ、真っ裸のままケビンが寝静まったあと「寒い」と呟いていたので、トリカがアラクネらしくケビンを糸でぐるぐる巻きにして、寒くないようにしようとベッドに近づいたらしい。


 そして、それがトリカの運の尽きとなるのだった。


 いつも誰かしら嫁を抱き枕にしているケビンは、トリカが近づいたところで捕獲したらしい。


 そして、腕を掴まれたトリカは何とか振りほどこうとするが、『本当に寝ているのか?』と思えるほどに振りほどけず、あれよあれよという間にベッドに引きずり込もうとされたのだった。


 そのままの体勢ではトリカがきつかったので、仕方なくベッドに上がりケビンの上に跨ると、ケビンは掴んだ腕をグイッと引っ張り、不意に体勢を崩されたトリカはそのままケビンに抱き締められたと言う。


 結局のところ、トリカはそのままケビンに捕縛されたままになってしまい、仕方なくケビンの上で寝ることにしたそうだ。


「わかったのなら、この手をほどけ……って、おい。何故ここがカチコチになっている?」


「男の生理現象だ」


「お、おい、動かすな」


「ついでだ。トリカが鎮めてくれ」


「何を言っているんだ、貴様は!」


「昨日だってあんだけ気持ちよさそうにしていただろ? トリカにしてみれば願ったり叶ったりじゃないのか?」


「な……な、な……」


 そう言うケビンが手をほどいたら、トリカはワナワナと口を震わせていたが、そのケビンが諦めずに催促をしていたら、トリカは渋々といった感じでぎこちなくご奉仕を始める。


「何で我がこのようなことを……」


 愚痴愚痴と愚痴をこぼすトリカだったが、結局のところご奉仕しているうちに気持ちが昂ってしまい、自らも気持ちよくなってしまうのであった。


 それから目覚めの一発が終わったケビンは、魔法で後始末をすると服を着てから朝食兼昼食となるご飯を創り出して、アラクネたちと一緒に食べ始める。


「あ、そうそう。これを食べ終わったら、俺は帰るからな?」


「帰るのか? ずっとここにいないのか?」


 不意にそう言ってしまったトリカに対して、ケビンはニヤリと笑みを浮かべる。


「ずっと一緒にいて欲しいのか?」


「――なっ!? ち、違うぞ、馬鹿者! お前がいなくなったら、うまい飯にありつけないと思っただけだ!」


「へー……ほー……ふーん……」


 意味深な笑みを浮かべるケビンを見たトリカは、何か言葉を口にしてもまた負けてしまうと思ったのか、黙々とご飯を口にしていく。


「とりあえず、トリカの気持ちは置いといて」


 ケビンが正面から横へ透明な箱を避けるような仕草をすると、トリカがすかさずツッコミを入れた。


「置くな、馬鹿者!」


「まぁまぁ、俺にはやるべきことがあるんだ」


「……やるべきことだと?」


「ああ、勇者らしく魔王を倒す」


「――ッ! 貴様、勇者だったのか!?」


「いや、違うけど」


 即否定したケビンによってアラクネたちはズッコケそうになるが、そのアラクネたちからケビンは、ジト目の集中砲火を浴びせられるのだった。


「今は勇者ごっこをして遊んでいる最中なんだ。それで、種族ごとの魔王を倒して、種族制覇を狙おうかと――」


 次の瞬間トリカはケビンから距離を取り、臨戦態勢に入る。


「あぁぁ……戦う気満々のところを悪いが、トリカたちは殺さないぞ」


「……信じられるとでも?」


「殺す気ならさっさと殺してる。殺さないのはトリカたちが女だからだ」


「…………は?」


「俺も気持ちいい、トリカたちも気持ちいい。ウィン・ウィンの関係だろ?」


「うぃん・うぃんの関係とやらはわからないが、お前がとてつもなく馬鹿者だということはわかった」


「女性は世界の宝なんだぞ。子供もだけど」


「男はどうなんだ?」


「野郎のことなど知らん」


「フッ……やはりお前は馬鹿者だ」


 ケビンがケビンらしさを説いたことにより、トリカは警戒してしまった自分が馬鹿らしくなり、それから元の位置に戻ると、ケビンに対して話の続きを促すのだった。


 そして、ケビンが種族制覇を狙っているのに、似たり寄ったりな魔物ばかりでうんざりしていることを話すと、目新しい魔物は近場にいないのかとトリカに相談した。


「キラーマンティスは倒したのだろ? あと、いるとすれば森に潜むスパイダー種かスネーク種、アント種やビー種ってのもいるな」


「他には?」


「フライ種だったり……とにかく森に住むのは虫系が多い。魔獣種とかもいるがな」


「そうか。それなら今までは平原だったが、今度は森を重点的に攻めてみるか」


「ああ、それと……魔大陸を東西にわけて、中間から南寄りはラミアたちがいるかもしれないぞ」


「――ッ! ラミア!?」


 ケビンは新たな虫系魔王の話よりも、あからさまにハイテンションとなってラミアの話にかぶりつく。それを見たトリカは溜息をつきながら、言わなければ良かったなどと思ってしまうのだった。


「フッフッフ……ラミア……ラミアかぁ……そっちの種族制覇もしてみようかなぁ……」


「お前というやつは……」


 たった1日にも満たない付き合いだというのに、トリカはケビンが女性に対して目がないことを確信してしまい、呆れ果ててしまう。


 それもこれも“目は口ほどに物を言う”というのを体現している、ケビンのだらしない目つきを見て感じ取ってしまったからだ。


「あ、それはそうと。トリカたちの糸ってネバネバしないやつとか出せるのか?」


「当たり前であろう」


「糸の太さを調整したりとか?」


「当然できる」


「それなら、糸玉を作ってくれ」


「なにゆえ?」


「服の素材に使えるかどうか研究させてみる」


「服の素材だと?」


「そうだ。まずは反物だな。反物にできれば服を作ることも可能だろう」


 それからケビンが善は急げと言わんばかりに、アラクネたちに言って糸玉を作り出してもらうと、そのようなケビンに対してトリカは溜息とともに呟く。


「まったく……アラクネ使いの荒い……」


 そうして出来上がった糸玉は、トリカ以外のアラクネたちのものは普通だったのだが、トリカのだけはひときわ質が違って見えたのだった。


「これ……なんか白すぎるし、あからさまに魔力を帯びてないか? ってか、帯びてる……」


 純白のシルクと言わんばかりのトリカの糸玉に対し、ケビンはそのような感想を口にする。


「これは、もし使えても王侯貴族用になりそうだな。あとは魔術師系のローブ辺りか……」


「我は魔王となったのだ。普通のアラクネの出す糸と同じなわけがなかろう」


「それはそうだが……加減ってものをだな……いや、トリカに加減を求めても無駄だな。自分の魔力すら操れないんだし」


「き、貴様! それが糸を提供した者に対する物言いか!?」


「まぁ、いいか。とりあえず、みんなにはお礼で下着と服をプレゼントだ」


 ケビンはそう言うと、アラクネたちの下着や服を創り出してそれを着せていく。そして、アラクネ生初の服類を着るという行為に対し、アラクネたちは戸惑いを隠せない。


「おい、動きにくいぞ!」


「仕方がないだろ。そのうち慣れる」


「何故我らがこのようなものを着ないとならんのだ」


「トリカたちが真っ裸だから、目に毒なんだよ。後から後から抱きたい衝動にかられてしまって、ほとほと困り果てるんだ」


「ならば、抱けばよかろう」


「1日中抱くぞ?」


「ふんっ、たかが1日中くらい我らの敵ではないわ!」


「「「「「長の言う通り!」」」」」


「ほう……」


 色欲の魔王であるケビンに対し、挑戦的なことを言ってしまったトリカたちは、この時ほど自分たちの浅はかさを呪ったことはない。そう思うのは未来のトリカたちであるが。


「いでよ、2号から11号!」


 そう宣言するケビンによって、複製体となるケビンの分身たちがこの場に現れる。


「「「「「――ッ!」」」」」


「何だ、その面妖な術は!?」


「なんだかんだと聞かれても、お前たちに教えるのは快楽だけだ! 皆の者かかれ! 24時間耐久レースだ!!」


「「「「「おう!」」」」」


 2号から11号たちが周りのアラクネたちに襲いかかると、ケビンはケビンでトリカのお相手をする。


「『たかが1日中』と言ったことを後悔するんだな」


「気をしっかりと持てば、そなたの快楽などに屈しはせぬ!」


 それからケビンはせっかく着せたトリカの服を脱がせると、24時間耐久レースを始めるのだった。


 そして、数時間後……


 早くもアラクネたちの中から脱落者が出始めてしまう。しかし、それでケビンが許すはずもなく、魔法にて回復させると再び快楽地獄へと誘うのだった。


 更に、数時間後……


「ごめんなさい……もう許して……」


「おいおい、まだ半日も経っていないぞ。気をしっかりと保てば、たかが1日中くらい乗り切ってみせるのだろ?」


「無理……無理なのぉ……ケビン、お願い……」


「ダメだな。きっちり24時間、付き合ってもらうぞ」


「もういやぁ……」


 最後まで頑張っていたものの、とうとうトリカも脱落者の仲間入りを果たすのだが、ケビンの回復魔法によりそれすらも許されない。


 こうしてケビンは帰る予定だったのを先延ばしにしてしまい、24時間耐久レースを他の10人のケビンとともに完走するのであった。

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