第587話 足の小指の先をぶつけた時のような痛さと怒り

 剛剣を振りかざし襲ってくる魔王に対し、ケビンも魔力を体に纏わせてそれに対抗しようと【黒焰】を抜き放ち身構えた。


 だが、魔王はケビンの姿を見るなり攻撃を中止して、まじまじとその姿を見定める。


「ま……おう……ブヒか……?」


 急に攻撃を中止した魔王に対してケビンが首を傾げていると、魔王は頼んでもいないのにペラペラと喋り始めてしまった。


「何で魔王がこんな所にいるブヒ! この地を攻め始めたのは俺様が1番のはずブヒ!」


「教えてもないのに魔王ってわかるのか?」


「その身に纏っている魔力が証拠だブヒ! 可視化できるほどの魔力を纏えるのは真の魔王だけブヒ!」


「真の魔王……? 何だそれ?」


 ケビンは魔族事情を知らないために、上手いこと聞き出せないかと魔王に問いかけてみると、魔王はそこまで頭が良くないのか何の疑念も抱くことなくケビンの問いかけに答えた。


「魔王の中でも可視化できるほどの魔力を纏った魔王ブヒ! 真の魔王は領地を持ってるから、そうそう他国までは出てこないブヒ!」


「魔大陸に領地なんて持ってないぞ」


「流れ者の魔王ブヒか!?」


「流れ者の魔王?」


 次から次に知らない言葉が出てくるために、ケビンは根掘り葉掘り聞き出そうとし、魔王はおバカなためにそれに答えてしまう。


「領地を持たず、気の向くままに戦いに明け暮れている恐ろしい魔王ブヒ! 気まぐれの魔王ブヒ! お前は何の魔王ブヒ?」


「何の魔王って何だ?」


「魔王の名を冠する称号ブヒ! 頭の中に自然と流れてくるブヒ! 俺様は悪食の魔王ブヒ!」


「ああ、そういう……」


「早く教えるブヒ!」


「教えて何になる?」


「俺様が勝てるかどうかわかるブヒ!」


「聞いただけでわかるのか?」


「わかるブヒ! だから早く言うブヒ!」


「憤怒の魔王」


「ブヒっ!?」


「色欲の魔王」


「ブヒヒっ!!?」


「怠惰の皇帝」


「ブヒヒヒっ!!!?」


「あとは強欲なんてのも押し付けられたから持ってるな」


「ブヒョヒぃぃぃぃっ!!!!!?」


「どうだ、勝てそうか?」


 先程までの勝ち誇っていた威厳などどこへ行ったというのだろうか、魔王は奇声を上げてはケビンを信じられないような目で見るしかできない。


「嘘ブヒ! そんなに持っているわけがないブヒ! そんなに持ってたら魔大陸で噂になってるブヒ!」


「噂になるわけないだろ。そもそも魔大陸に住んでないんだから」


「ブヒ?」


「俺は人族だ?」


「何で自分で言ってて疑問形ブヒ……」


「最近、人族と認めてもらえなくなったからだ。どこからどう見ても人族なのに」


「お前も辛い人生を送ってるブヒね……同情するブヒ……」


 ケビンが人族と認めてもらえない苦悩?を愚痴ると、それを聞いた魔王は自分も忌み嫌われるオーク族ということもあってか、ケビンの心情を慮っていた。


 だが、冷静になった魔王は人族が魔王になるわけがないと思い至り、そのことに関して抗議する。


「いやいや、人族が魔王になるわけないブヒ! 魔王は魔族の特権ブヒ! 早く正体を現すブヒ! 魔法か何かで人族の姿を取っているだけブヒ!」


「正体も何も、これが俺の本来の姿だ。他の種族に変身はできるけどな」


「それが正体ブヒ! さっさと姿を現すブヒ!」


「あの姿は戦いにくいから嫌なんだけどな……」


 そう言うケビンが【龍化】のスキルを使うと、ケビンの姿は光に包まれていき、見る見るうちにホワイトドラゴンへとその姿を変えた。


「ほわっ!? ホワイトドラゴン!!!?」


 そして、その姿を見た魔王以外の部下たちは腰を抜かしてしまい、その隙に嫁たちからどんどんと数を減らされていく。


「さて、ある程度の情報も得たから戦うぞ」


「ブヒっ、ブヒっ……こ、ここは1つ協力をしないブヒ? 一緒にセレスティア皇国を滅ぼそうブヒ」


 ケビンの正体がホワイトドラゴンだと完全に勘違いをした魔王は、絶対に勝てないと悟ったのかもみ手をしながらケビンに協力体制を提案する。


 その姿は既に魔王としての威厳はなく、パシリに使われそうな三下感が満載である。


「断る」


「くっ……こうなったら……」


 ケビンに提案した交渉をズバッと切り捨てられた魔王は追い詰められてしまい、懐に手を忍ばせると先程飲んだ小さな何かを掴み取り、口の中へとどんどん放り込んで飲み込んでいく。


「グルァァァァ――!」


 魔王はけたたましい咆哮を上げながら自らの内に溢れる力を感じ取り、万能感に浸っていた。だが、その眼は血走っており口からはだらしなく涎をこぼしながらで、傍から見れば異常者と言われても仕方がないくらいの変貌ぶりだ。


「ふぅ……ふぅ……死ねぇぇぇぇ!」


 先程よりも早いスピードでケビンに斬りかかる魔王は、ケビンの前足を狙って剛剣を振り下ろした。


 そして、もの凄い音とともに衝撃がケビンの前足の指に伝わる。そう……言うなれば、足の小指を家具の角に不意にぶつけてしまったかのような、大した勢いでなくても何故か無茶苦茶痛いというあの衝撃だ。


 それを不意に食らってしまったケビンはたまらず、勢い余って手加減なしの力で、叩かれた方とは逆の前足を魔王に振り下ろした。それはまさに腕に止まった蚊を叩くような、容赦のない1撃だ。


「いっ……てぇだろうが、この豚がっ!」


「ぷぎゃっ!」


 その光景に辺りは静まり返り、ケビンはあまりの静けさに自分のした現状を理解すると、恐る恐る前足をどかしてみたら、そこには轢かれて潰されたカエルのような姿に成り果ててしまった魔王の死体があった。


「…………」


 いつの間にか周りで魔物の駆除に当たっていた冒険者や勇者たち、それに救助や応援に回っていた兵士たちまでケビンの所業を目にしてしまい、呆気に取られて言葉を失うと、魔王が倒されたというのに誰も勝鬨を上げることはなかった。


 そして、居た堪れなくなってしまったケビンは、静まり返る中でやけくそ気味に勝鬨を上げる。


「悪しき魔王はここに倒れた! 俺たちの勝ちだぁぁぁぁ!」


 だが、周りから歓声が上がることはない。その静けさがケビンにはとても痛かった。


『マスター……』


《プークスクス》


 その痛々しさはサナからの同情を買い、システムからは笑われてしまう始末だ。


 そして、居た堪れないままケビンが元の姿に戻ると、サラが近寄り抱きしめながらケビンの頭を撫でるのだった。


「ふふっ、いい子いい子」


「母さん……俺、帰る」


「一緒に帰りましょうね。今日はお母さんがご飯を作ってケビンと一緒に寝るわ」


 それからケビンはサラに抱かれたまま、集まってきた嫁たちとともにこの場から姿を消し、残された勇者たちはしばらく呆然としていた後に、ケビンから置いていかれたことに気づく。


「え……俺たち……」 

「置いていかれた?」

「マジで……?」


「うそ……」

「帰りは歩きなの!?」

「ば、馬車を借りないと!」


「ぬあっ!? ここに置いていかれては、勝利のミートソーススパゲティと抹茶にありつけぬではないか!」

「私も置いていかれた……勝利のケーキ……」


「健兄……落ち込みすぎて周りが見えてない……」

「回収されたのはドーム内のお嫁さんだけ……」

「ソフィ様に連絡する」


 そのようにして慌ただしく動き出した勇者たちにより、同じく呆然としていた兵士たちや冒険者たちも再起動を果たして、魔王を倒した英雄がいなくなった現場という、なんとも言えない空気の中で後処理を進めていく。


 だが、魔王との戦争の後で1番手を焼いた後処理は、シーラの残したドーム状の氷の壁を溶かす作業であったことは言うまでもないだろう。


 これには王国軍や冒険者たちの魔術師だけでなく、帰ろうとしていた勇者たちも引き止められてしまい、今まで以上の一致団結を見せつけて溶解作業に身をやつすことになるのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ハハハハハ!」

「ワハハハハ!」


 魔王との戦争が終わって翌日のこと、帝城の会議室では2人の笑い声が響き渡っていた。


「部下からの報告で聞いてはいたが、まさか本当だったとは!」

「誰しもが恐れる魔王をまさか叩いて殺すとはな!」


 笑いが止まらずもそう言っているのは、アリシテア王国のヴィクトール国王とミナーヴァ魔導王国のエムリス国王である。今日は戦後報告のために、帝城の会議室で報告会を開いていたのだ。


「笑いごとじゃないし……」


 ケビンは唇を尖らせてそっぽを向いているが、ヴィクトールやエムリスにはケビンの心情などわかるはずもない。いや、他の誰にしてもわからないのだ。


 なにせ、魔王を叩いて倒すという所業をしてのけたのは、過去を振り返ってもケビンくらいなものだろう。他の誰しもがその現場を見ても、呆気に取られて言葉を失うしかないという反応以外は、見せることができないと思う。


「いや、すまんすまん。我が国の危機を、またしても救ってくれた恩人にする態度ではないな」


「もうその勢いのまま、攻めてくる魔王を片っ端から叩いていけよ。それだけで人族の平和は保たれるんだからな」


 ヴィクトールは国を救ってくれた恩もあることから、ケビンのことをもう笑うことはやめたようだが、エムリスは悪びれもせずに先の戦い方を更に続けさせようとする。だが、ケビンは仕返しとばかりにエムリスの泣き所を的確に突いた。


「マレナやマノラにエムリス義父さんが意地悪するって告げ口するからな」


「なっ!? それは卑怯だろう!」


 愛娘に告げ口されると言われてしまったエムリスは慌てふためくが、ケビンは悪い笑みを浮かべてニヤついている。


「せいぜい可愛い愛娘に嫌われるがいいさ」


「ケビン、お前っ! マレナやマノラが『パパと一緒にいたくない』って言い出したら、どうするつもりだ!?」


「その辺は大丈夫。いつでも泊まりに来ていいって伝えてあるから。息子や娘たちもその方が喜ぶ」


「くっ……」


 こうしてケビンをからかって遊ぶつもりのエムリスは、逆にケビンからの仕返しで苦渋を飲まされるはめに陥るのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 報告会を終わらせたケビンは他にもやることが多々ある。それは、置き去りにした勇者嫁たちのご機嫌取りだ。


 昨日、戦場に取り残された勇者たちは朔月さつきのファインプレーによって、ソフィーリアの力で昨日のうちに帰還を果たしている。その際はケビンが思い出して転移させたということにしてあるが、事情を知っている勇者嫁は置き去りにされた悲しさを、帰ってきてからチクチクとケビンにぶつけていたのだ。


 こればかりはケビンとしても何も反論できず、他の勇者たちならいざ知らず、嫁を置き去りにしたことに関しては猛省していた。それゆえに今日から1人1人の勇者嫁たちと、個人的な時間を作っては一緒に過ごすというご奉仕の予定を立てたのだ。


「まずは1番簡単に許してくれそうなももからだな」


 ケビンが最初に向かう相手として定めたのは、特に責めてこなかった九十九である。昨日責められなかったとはいえ、置き去りにしたのも確かなのでお詫びする相手として数えているのだ。


 そして、ケビンは帝城内をフラフラと歩いている九十九を見つけると、さっそく特攻される前に特攻した。


ももっ!」


 いつもケビンがされているように九十九へ特攻をかましたのだが、九十九の反応はイマイチである。と言うよりも、感情の読めない表情でケビンを見ていた。


「君は誰だ? 淑女に抱きつくというのは、いささか褒められた行為ではないと思うが」


「え……」


「私だったから良かったものの、他の者であれば速やかに衛兵へ突き出されるぞ」


「あの……」


「それよりも早く離れてくれないか? この身も心も愛すべき人のものなんだ」


「あ、はい」


 ケビンが複雑な表情を浮かべて言われるがままに離れると、九十九に対して疑問を口にする。


「もしかして……怒ってる?」


「怒る? はて、君とは初対面だったと思うのだが、何か怒られるようなことでもしたのか?」


「うっ……」


 ケビンは昨日の出来事を言うべきなのかどうなのか迷っていたが、まさか九十九からこのような対応を取られとは思わずに、段々と居心地が悪くなっていく。そして、怒られている子供が必死に言い訳を考えているような、視線を彼方此方に動かしては挙動不審となっていた。


「何もないのなら私にはすることがあるので、これで失礼させてもらうが」


「いや……その……」


「何だ? 何かあるなら早く言いたまえ」


「ご……ごめん!」


 ケビンは結局のところ何も思い浮かばずに頭を下げると、チラッと顔を上げて盗み見た九十九の表情は満足のいった満面の笑みを浮かべていて、ケビンはどういうことなのかサッパリだった。


もも?」


 不思議に思ったケビンが佇まいを正し呼びかけると、九十九はこのやり取りの種明かしをする。


「いやな、私は別に怒ってないのだ。お義母さんと私たちとでは、旦那様と過ごしてきた時間があまりにもかけ離れているだろう? それこそ年単位でだ」


「……うん」


「あの居た堪れない空気に晒されている旦那様が、新参者の私たちを忘れていたとしてもそれはそれでしょうがないことだ。覚えていたのならかなり嬉しかったことではあるがな」


「それで?」


「私は普通に接しても良かったのだが、ソフィ殿が気になることを教えてくれてな」


「ソフィが?」


「旦那様をからかうと思いのほか胸がキュンキュンするから、今回の件で試してみたらと教えてくれたのだ」


 九十九から明かされた事実によって、ケビンはソフィーリアのせいで最初から九十九にからかわれていたことを知ってしまい、何とも言えない表情となる。


「可愛かったぞ、旦那様。特に言い訳を考えている時の視線の泳ぎようが。ソフィ殿がハマるといった理由もわかるというものだ。こう、胸がキュンキュンしたのだ、キュンキュン」


「旦那イジメだ……」


 ケビンが唇を尖らせてそう言うと、九十九はイジけたケビンを抱きしめて耳元でボソッと呟く。


「お詫びに私を好きにしてもいいぞ。何ならソフィ殿にもらった着物でも着ようか?」


 その瞬間ケビンの瞳がギラリとして、そのまま寝室へ九十九を拉致してしまう。


もも! さっそく着替えてくれ!」


「ふふっ、旦那様はエッチだな」


 そして、マジックポーチから着物の入った箱を取り出した九十九は、ケビンのリクエストに応えて生着替えをお披露目する。


「旦那様、下着はどうす――」


「ナシで!!」


 1秒も待たずして即答するケビンを見た九十九は微笑みを浮かべながら、ソフィーリアがハマり込むと言っていたケビンの魅力の話を思い出し、着付けを進めていく。


「お待たせしました、旦那様」


「ま、回していい?」


「ふふっ。旦那様、着物の良さは何も回すだけにありませんよ? あえて帯をしたままで、局所をはだけさせるのも一興かと」


 九十九が大和撫子モードに入り、袖口で口元を隠しながらそう答えると、ケビンは雷に打たれたかのような衝撃を受けた。


もも!」


 ケビンが待ちきれず九十九をベッドに引きずり込むと、九十九は瞳を潤ませながらケビンにオネダリする。


「旦那様、ももはややこが欲しいです。コウノトリのご機嫌に任せることも考えたのですけれど、旦那様との愛の証を授けて頂けませんか?」


「ミートソーススパゲティばかり食べられなくなるけどいいのか?」


「愛する旦那様とのややこです。それ以上に優先すべきことがありましょうか?」


「わかった。ももを孕ませる」


「嬉しい。お慕い申し上げます、旦那様」


 こうしてケビンはご奉仕回りの1人目で長時間を費やしてしまうこととなり、九十九と熱い時間を過ごしては九十九の願い通りに妊娠させてしまうのであった。

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