第566話 エレフセリア学園 ~武闘会~ ⑦

 クララが退席してから代わりに隣へ座ったのは、次の試合の出場選手の母親となるスカーレットとヴァリスだ。ちなみに偽装によって変装しているソフィーリアもテオの試合中に仕事が一段落ついたので、応援するために駆けつけていたのだが、テオの試合が終わったために席を譲っている。


「はぁぁ……」


 ケビンの隣に座っているというのに憂鬱そうに溜息をこぼすのは、次の試合を観戦するスカーレットだ。


「レティ、溜息ばかりつくと幸せが逃げるぞ」


「ですがケビン様……シアとティのことを考えると……」


 そのような憂慮をしているスカーレットに対して、ダークエルフの代表であるヴァリスがフォローのため声をかける。


「スカーレット様、その……子供は元気が1番と言いますし……」


 スカーレットの悩みの種を知っているヴァリスはそのように言うが、その言葉はフォローのようであってフォローではない。ちなみにヴァリスに限らず、スカーレットの悩みの種というのは他の嫁たちも知るところではある。


 その嫁たちも適度にフォローはするものの、実子ではないためスカーレットほど頭を悩ませることはなく、結局のところヴァリスのような曖昧なフォローの言葉をかけてお茶を濁すのだ。


 そのようなスカーレットの悩みを嘲笑うかのようにして、ペア戦の進行が始まってしまった。


「さぁ、お次のペア戦となる対戦カードはこれだぁ!」


 実況のヨルスが手馴れた感じで進行すると、モニターにはスカーレットの悩みの種であるフェリシアとフェリシティの名が表示され、対戦相手にはヴァリスの娘となるヴァレンティアとヴァレンティナの名が表示される。


「ペア戦の真骨頂、双子VS双子の試合です! まず最初のペアは未だペア戦において負けなし! 誰が言い出したか【双星の戯姫そうせいのぎき】! フェリシアさんとフェリシティさんです!」


 ヨルスの紹介で舞台に姿を現したフェリシアたちは、観客席や家族に笑顔で手を振って歩みを進めている。


 そのような時に、ヨルスの隣に座る者が声を発した。


「あぁ、あの双子ちゃんでごわすな。某もイタズラされたことがあるでごわす」


 その言葉の内容を掘り下げるでもなく、ヨルスは別のことを口にする。


「もーツッコミませんよ! 知らない人が隣に座っていても、トイレ交代として判断することにしました! さぁ、自己紹介をどうぞ!」


 既に3度目となるヨルスは、いつの間にか百武ひゃくたけがいなくなり別の人物が座っていても、何も動じず鋼の精神で進行することにしたようだ。


「某はトモヤと申すでごわす。ヨルス氏の言う通りでシスイ氏はトイレに行ったでごわす」


「はっはー! ここまできたらもう動じませんよ! 最初のマサノブさんはいったいいつまでトイレに行ってるつもりですか!? もう絶対にバックれていますよね!?」


「ぶっちゃけてしまうと、彼女と観戦デート中でごわす」


「…………」


 苦節十数年、実況というお仕事に没頭したためか、彼氏の“か”の字もないヨルスはぷるぷるとしながら、心の底からの叫びに大いなる気持ちを乗せつつマイクを通して叫びあげた。


「爆ぜろ!!」


 その叫びに同感したのは会場にいる独り身男女たちである。ヨルスの涙の叫びは独り身男女に余すことなく平等に届き、心の友を得ることになるのだった……恐らく。


「コホン、気を取り直しまして……お次はヴァレンティアさんとヴァレンティナさんです! 本来は挑むつもりがなかったお二人ですが、親友のマレナさんとマノラさんから懇願されたことにより、嫌々ながら【双星の戯姫そうせいのぎき】に挑むことになったようです!」


「心中お察しするでごわす」


 にのまえが相手選手に同情していると、舞台に姿を現したのはヴァレンティアたちである。その表情はどこか沈鬱としており、笑顔を振りまいているフェリシアたちとは対照的であった。


「元気ないじゃん」

「何かあったの? ティアティナ」


 元気のない原因が自分たちだと知ってか知らずか、そのようなことを言ってのけるフェリシアたちに、ヴァレンティアたちも無視はせずに答えた。


「シアティがいるから」

「気分が乗らない」


 基本的に双子は共にいることが多いからか、お互いに名前を区切るようなことはせずに、続けて呼ぶことが習慣となっているようだ。


 ちなみに別々に呼ばれたとしても、フェリシアたちとヴァレンティアに関しては何も思うところはないが、ヴァレンティナだけは“ティナ”という名の母親がいるために、個別に呼ばれてしまうと“チビティナ”と兄弟姉妹から言われてしまうので、セット呼びされることを望んでいたりする。


「元気だしていこーよ!」

「せっかくパパやママたちが応援に来てるんだよ?」


 そのようなことを口にしながらフェリシアたちが開始線の位置につくと、ヴァレンティアたちも重い足取りで開始線の位置についた。


 それを確認した審判が開始の合図を宣言すると、この場に出てきた以上はしっかりやろうと考え直したヴァレンティアたちが、気持ちを切り替えて武器を片手に駆け出す。


「「きゃっ!?」」


 だが、駆け出した途端に滑ってしまい、ヴァレンティアたちは思い切り尻もちをついてしまう。


「「冷たっ!」」


 ヴァレンティアたちは尻もちをつくタイミングで受け身を取ったため、咄嗟の判断で地面に手をついたのだが、その地面は凍っていてひんやりとした感触が手から伝わってくる。


「引ーかかったー」

「引っかかったー」


 ヴァレンティアたちがその声に反応して視線を前に向けると、満面の笑みでハイタッチを交わしているフェリシアたちの姿が映った。それを見ている母親のスカーレットはと言うと、思い切り頭を抱えて溜息をこぼしていた。


「ヴァリスさん……うちの娘たちがごめんなさい……」


「い、いえ……あらゆる作戦を模索して実践に移すのは、常在戦場の心得をしっかりと持っているからで……」


 フェリシアたちが戦う以上は絶対に何かあると思っていたヴァリスだったが、それをいつも聞かされているスカーレットの心労を慮ると、咄嗟に思いついた在り来りな言葉によって、オロオロとしながらもフォローをしっかりと入れていた。


 そして舞台では、気持ちを切り替えてしっかりやろうとした途端に、出鼻をくじかれたヴァレンティアたちは既に涙目になっている。


「うぅぅ……」

「もうやだぁ……」


 初手のみで相手の戦意を喪失させてしまうフェリシアたちの行いを凄いと褒めるべきなのか、それとも真面目に戦えと指摘するべきなのかは、賛否両論となることだろう。


「ニャハハハハ!」

「私たちに挑むのはまだ早かったにゃ!」


 両手を腰に当てて胸を張りながらそう言ってのけるフェリシアたちに、会場からある意味想定内の言葉が上がる。


「にゃにゃ!? にゃん娘たちがいるにゃん!」


 そう。その声の主は「にゃ」に反応する猫屋敷その人である。勇者たちはエレフセリア学園で武闘会があると聞かされていたので、休みを取れる者に関しては観戦に来ているのだった。


 そして、獣人族じゃないのに猫屋敷が使う“にゃ語”をフェリシアたちは面白いと思っており、時おりこうして真似をしていたりもする。その言葉遣いが相手を逆撫でするかどうかはともかくとして。


 こうして完全にケビンの子供バージョンとも言える戦い方は、相手を手玉に取る分には有効なのだが、傍から見れば相手に同情してしまう戦術となってしまい、さすがケビンの血を引く者として思われても仕方がないとも言える。


「無詠唱相手は辛いだろうな」


 そのような感想をこぼすのはケビンであるのだが、決してとは言いきれないものの、相手が無詠唱を使うことだけが戦い辛いのではなく、フェリシアたちの戦術の組み方が戦い辛いということに気づいてはいない。


 何故なら、ケビンもフェリシアたちの戦い方をやりかねないからだ。ケビンとしても相手が敵であるのなら、転ばせるという戦い方は理にかなっていると思っているのだ。


「うぅぅ……私の教育が間違っていました……」


 どんよりとした雰囲気を醸し出しているスカーレットは、フェリシアたちを育てるにあたって、『ケビン様の御子らしく、恥じぬ成長を遂げさせないと!』という信念のもと、英才教育を施していたのだった。


 その英才教育は、実戦経験のないスカーレットは実戦に関してこそ大したことを教えることができないでいたのだが、こと知識に関しては本の虫であるスカーレットにとって水を得た魚のごとく教えこんでおり、フェリシアたちはそれをスポンジのごとく吸収していったのだ。


 それだけならまだまともな人間というのもおかしいが、まともな戦い方をする成長を遂げていたのだが、遊び好きのケビンとお転婆だったスカーレットの血を引いているので、「さもありなん」と言わんばかりの化学反応を引き起こし、2人の特徴を引き継いだ最凶の双子へと成長を遂げてしまっていたのだ。


 そういう経緯からフェリシアたちは【無詠唱】という、魔術師の高みにその若さで到達しており、初手の攻撃も【無詠唱】で地面を凍らせたというのが種明かしとなる。


「さてさて、どうするティ?」

「どうしようか、シア?」


「「とりあえず、剣技いっとく?」」


 双子ならではと言うべきか、言葉に出したもののお互いの意思は共通していたようで、次の行動指針が決まったとなれば、フェリシアたちは何もない空間に手を突っ込んだ。


 それは、ケビンがデモンストレーションでよくやる、【無限収納】から武器を取り出す仕草に似ている。


 その光景に会場の初見の者たちは目を見開いて、何度も目をこすってはその光景を数度見していた。


「おぉーっと! フェリシアさんとフェリシティさんが、何もない空間に手を突っ込んだー! これはいつものように武器を取り出すのでしょうか!? 何度見ても突っ込んだ先の腕が消えているあたり、ホラーのようでもあります! トモヤさん、あれはいったいどうなっているのですか?」


「説明しよう! あれは空間魔法の一種でこことは違う別空間を作り出し、そこに色々な物を収納しているのだ! 言うなれば、【アイテムボックス】の代わりとなるものを、自らの手で作り出したということだ!」


「あんた誰だぁぁぁぁ?!」


 にのまえ相手に喋りかけていたつもりだったヨルスは、横を振り向けば全くの別人が座っていることに驚愕する。


「ふむ、自己紹介がまだだったな。私はモモと言う。ちなみに好きな食べ物はミートソーススパゲティで、好きな飲み物は抹茶だ。あぁそれと、トモヤなら彼女のところに戻ったぞ」


「あんたの好みなんて聞いてねぇぇぇぇ! ってゆーか、またしても彼女かっ!? 爆ぜやがれ、リア充どもっ!!」


 にのまえが消え去り九十九が現れたことによって、ヨルスはもう言葉を取り繕うことすら忘れてしまい、盛大にツッコミを入れる。


 しかし、相手はあの九十九である。そのような言葉など何処吹く風といった感じで、己の欲求を満たすために口を開いた。


「旦那様ぁぁぁぁ! ミートソーススパゲティと抹茶を出してくれぇぇぇぇ!」


 会場の舞台を挟んで反対側にいるケビンに対して九十九が大声で叫ぶと、ケビンは言葉を返すことなく淡々と作業をこなす。それにより、実況席に座る九十九の前のテーブルに、ミートソーススパゲティと抹茶がポンっと現れるのだった。


「やはり、ミートソーススパゲティを食べながら観戦するのが定番と言えるだろう」


 何事もなかったかのようにして、ミートソーススパゲティを食べ始める九十九を見たヨルスは、更にツッコミを入れることになる。


「なに食べてんだぁぁぁぁ!」


 それに対して九十九は、首を傾げて答えるのだった。


「見ればわかるだろう? ミートソーススパゲティだ」


「わからないから聞いてるのよ!」


「なに、ヨルス殿も食べればわかる。ということで、旦那様ぁぁぁぁ、ミートソーススパゲティと抹茶を一人前追加してくれぇぇぇぇ!」


 再び叫んだ九十九に応えたケビンが、ヨルスの前にもポンっとミートソーススパゲティと抹茶を出した。それを確認した九十九が手を差し伸べて口を開く。


「さぁ、冷めないうちに食べるといい」


「わけがわからないし! 食べますけど!」


 そして、ヨルスは九十九の食べ方を真似しながら、フォークをクルクルと回しパスタを絡めていくと、そのまま口へと運んで咀嚼する。


「う…………うまぁぁぁぁっ! み、皆さん、このミートソーススパゲティという食べ物、とても美味しいです!」


 いったい何を実況しているのだと観客たちはポカンとしてしまうが、実況席が混沌と化している中でも、フェリシアたちは既に愛用の武器を取り出し終えていた。


 その武器は2人とも両剣となっていてとても珍しくはあるが、観客たちの視線を集めているのは、今やミートソーススパゲティを食べる九十九とヨルスである。


「モモ母さん、相変わらずだね」

「ブレないよね」


 舞台上にいるフェリシアたちもポカンとしており、いつしかケビンが口にした「嵐のような女性」という表現を思い返していた。


「モモお母さんが来た……」

「混沌の気配……」


 そして、滑りこけていたヴァレンティアたちも既に立ち上がっており、フェリシアたちが武器を取り出したことよりも、九十九が相変わらずミートソーススパゲティを食べていることに呆然とする。


「もぐもぐ……ごくん……おぉーっと! 食べ物に夢中になっている間に、フェリシアさんたちは武器を取り出したようです! しかし、何度見てもあの武器は変わっていますねぇ。そこのところどう思いますか、モモさん」


 ヨルスが再び実況を再開したことによって、観客たちもフェリシアたちの武器に注目するが、九十九の口から放たれた言葉は当たり前のことだった。


「あれか……あれは両方に刃がついている剣だな」


「そのまんまかいっ!」


 思わずツッコミを入れてしまったヨルスではあるが、九十九はミートソーススパゲティを食べたいがために、説明をさせる身代わりとなる、ある人物を召喚する。


「いでよ、【奈落の鍛冶師アビスブラックスミス】のマサノブ!」


 九十九が声高々にそう発すると、少ししてからどこからともなくあずまが何食わぬ顔でやってくるのだった。


「モモ氏、小生は今あーちゃんと観戦デートの真っ最中ですけど、何か?」


「観戦デートならここですれば良いのではないか? いや、むしろするべきだ。そして、シアたちの武器について解説をするといい」


「これは鍛冶師のマサノブさん! 解説の前に一言だけ」


「何でありますかな?」


「爆ぜろリア充!」


 当人を前にしてようやく心の叫びを伝えることができたヨルスは、スッキリとした表情になるとあずまに武器の解説を促していく。そして、いつしかリア充を妬む側から、妬まれる側になっていたのだと感じ取ってしまったあずまは、感慨深く遠くの空を眺めるのだった。


「小生……あーちゃんと一緒にいられるのなら、甘んじてその言葉を受け入れるであります」


 だが、あずまの決意表明は乱入者からスパーンと頭を叩かれたことによって、シリアスさがなくなりコミカルさがマシマシになる。


「あーちゃんって言うなぁぁぁぁ!」


 そのような言葉とともに現れたのは、先程まであずまと観戦デートをしていたいちじくだ。


いちじく氏が、未だに公の場で名前呼びを許してくれない件」


 ガックリと肩を落とすあずまに対し、ラブラブしているリア充のことなどどうでもいいヨルスは、フェリシアたちの持つ武器のことをさっさと説明しろとばかりに先を促した。


 そして、九十九もミートソーススパゲティのために、その催促に便乗する。


「マサノブ、とりあえず座って解説を頼む。なに、実況席は無駄に場所を取っているからな。座る場所などいくらでもあるぞ」


 そう言う九十九の隣に座ったあずまは頼まれた解説を行う。ちなみにいちじくあずまの隣にしれっと座っているのであった。

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