第565話 エレフセリア学園 ~武闘会~ ⑥
会場がクラウスの不敗記録に向けて熱気で包まれている中で、反対の入場口からはテオがその姿を現した。
そして、テオが舞台上に上がると、クラウスが挑発的な笑みを浮かべて声をかける。
「兄貴には悪いが、今日は俺が勝たせてもらうぜ」
それに対してテオは挑発に乗ることもなく、落ち着いて言葉を返した。
「そういうわけにもいかない。母さんに“父さんの子供たちの中で1番強い子を持つ母親”っていう、1番シリーズをプレゼントしたいからね。母さんが“1番”好きなのは知っているだろ?」
ソフィーリアがケビンの“1番”を取るのが好きなのは、家族内では周知されている事実であり、テオとしてもその1番を1つくらいは母親にプレゼントしたいと考えているのである。
「たとえそれがあっても勝ちは譲らねぇ」
「どちらが勝つかは結果が証明してくれる」
静かに火花を散らす2人が開始線の位置につくと、審判によって試合の開始が告げられるのだった。
「始めっ!」
その合図によって先手必勝とばかりにクラウスが間合いを詰めると、スピードを乗せた拳を打ち放つ。それに対してテオも拳を打ち放ち、クラウスの拳を相殺するのだった。
だが、クラウスはたとえ拳を止められたとしても、次は逆の手で拳を打ち放ち、それも止められたのならば足技を繰り出し、いつしか舞台の上では拳や蹴りの応酬が繰り広げられていた。
一方で観客たちはその戦いに飲まれてしまい、言葉の発し方を忘れてしまったかのように一言も言葉を口にせず、ただ食い入るように舞台上での戦いに見蕩れている。
そして、実況席にいるヨルスもその1人だが、ハッと我に返ると忘れていた実況の仕事を始めるのだった。
「おぉーっと、これは凄まじい攻防です! 両者一歩も譲りません! 恥ずかしながら私は2人の戦いに目を奪われてしまい、しばらく実況であることを忘れていました!」
ヨルスによる実況が響きわたる中で、観客たちも言葉の発し方を思い出したかのように口を開き、会場内は騒然とした沸き起こりを見せて熱狂に包まれていく。
そのような大歓声が沸き起こる中で、クラウスはまだ他のことに意識を割く余裕があるのか、相対するテオに喋りかけている。
「腰の獲物は使わねぇのか?」
「相手の土俵に立ってから倒した方が、僕の強さに説得力が増すだろ?」
「負けても後悔すんなよ!」
「そういうのは、僕を倒してから言ってくれるかな?」
負ける気のないテオが余裕の笑みを浮かべると、クラウスはそれに触発されてしまったのか、更に苛烈な攻撃を繰り広げていく。
そして、クラウスは拳と蹴りで手数が足らないならと、尻尾での殴打も追加していきここぞとばかりに攻め立てていくが、テオも負けじとその攻撃を時には相殺し、時には躱してといった感じで一歩も引かない。
やがて痺れを切らしたクラウスが、応酬最中の至近距離で口を開ける。
「かっ――!」
その瞬間にブレスの火球が放たれており、テオは避ける間もなく咄嗟に腕を交差すると、ブレスをその身で受けてしまい、その衝撃を殺しきることができずにその勢いのまま飛ばされてしまう。
「おぉーっと! クラウス君のブレス攻撃によって、避けきれなかったテオ君が初のダウン!」
「あれはさすがの拙僧でも避けるのは難しいですぞ。不意をついた龍人族ならではのブレス攻撃といったところですな」
「やはりシスイさんでも無理ですか。というか、シスイさんはソウスケさんみたいに戦う人なんですか?」
「拙僧はソウスケ殿と同じ冒険者でありますな。ちなみに主武器は槍で、通常の3倍のスピードでの槍さばきが売りとなりますぞ」
「槍の名人ということですね! っと、ここで審判のカウントが始まる前にテオ君が立ち上がったー!」
「上手く防いだようですが、至近距離で受けたダメージは隠しきれないようですな」
実況席にいる
「さすがに今のは少し効いたよ」
ダメージを受けた様子は見受けられるものの、平然と言葉を発するテオを見たクラウスは、苛立ちを隠せずに舌打ちをする。
「ちっ、倒せたと思ったのに」
そのようなクラウスに対して、今度はテオから仕掛けていく。サッと駆け出して一気に間合いを詰めるテオが放つ拳をクラウスは避け、カウンターとばかりに拳を返すが、それを今度はテオが打ち払い、お返しに頭突きを繰り出すのだった。
まさか頭突きをしてくるとは思わなかったクラウスは目を見開いて、そのままテオの頭突きを食らってしまう。
「くっ!」
その頭突きに見た目以上の威力があったのかクラウスがよろめくと、テオは追い討ちとばかりにボディを繰り出し、前のめりになったクラウスのガラ空きな頭部へ回し蹴りを放つ。
「――ッ!」
対してクラウスは、さすがにそれを受けると拙いと感じたのか、咄嗟に左腕を側頭部へ上げて直撃は免れたものの、今度は先程のテオとは逆で、回し蹴りの勢いを殺せなかったクラウスが吹き飛ばされてしまう。
その回し蹴りにかなりの威力が込められていたのか、吹き飛ばされたクラウスは舞台上を跳ねながら転がっていた。
「な、なんとぉぉぉぉっ! 先程とは逆でクラウス君が吹き飛ばされたぁぁぁぁ! テオ君、見かけによらず大した脚力をお持ちのようだぁぁぁぁ!」
「あれは相当痛いと思われますぞ」
舞台上では審判が倒れたままのクラウスに駆け寄り、まだ意識を失っていないクラウスが立ち上がろうとしていたので、カウントを取り始める。
そして、カウントが6に差しかかろうかというところで、フラフラになりながらもクラウスが立ち上がった。
「まだやるかね?」
審判がクラウスにそう問いかけるのも、無理からぬことである。立ち上がったクラウスの左腕は紫色に変色をしていて、明らかに骨に異常を起こしているのが見て取れたからだ。
「俺に降参はねぇ……負ける時はやられた時だ」
本人の意思確認が取れた審判は、その場から離れると再開の合図を出した。
「兄貴……舐めてたことを詫びるぜ。ここからは
クラウスからの決意表明に対して、テオは逆にクラウスを心配そうな顔をして気遣う。
「その腕でまだやるつもりかい? 折れてるんだろ?」
「はっ……これを折った兄貴に気遣われるとは、明日は雨か?」
「残念ながら明日は晴れの予報だよ。クラウスに試合を下りる気がないのなら、次は立ち上がれないようにするしかないね」
とても優しい口調で語りかけていたテオだったが、テオの纏う雰囲気は優しさなど一切感じ取れず、それを感じ取ったクラウスは無意識に後ずさりしてしまう。
「今ので恐怖を感じたのなら、その時点でクラウスの負けだよ。覚悟はいいかい?」
テオの語りかけてきた内容を聞いたクラウスは、無意識に後ずさりしていたのを認識してしまい、生唾をゴクリと飲み込む。そして、それが合図だったかのようにしてテオが動き出した。
そこからは一方的な展開となる。
クラウスは左腕が使えなくなったのもそうだが、変わってしまったテオの雰囲気に飲み込まれてしまい、防戦一方となるばかりで攻守交替となる場面は1度も訪れなかったのだ。
「まだ終わらねぇぞ!」
「そうみたいだね」
試合が再開して防戦一方となるクラウスだったが、クラウスとしては両腕・両脚・尻尾のうち左腕1本だけが使えないのであって、まだ使えるのが4本もあるという事実から、テオと同じ4本になっただけだと自ら鼓舞して抗う。
それから何度もテオからの攻撃を受け損ない、ダウンこそしないものの危ない場面が幾つも見受けられた。
それでも龍人族としての誇りからか、クラウスは降参だけは何がなんでも口にせず、たとえ負けることがわかっていても最後まで戦い抜いた。
そのようなクラウスの心意気や大事な弟であることから、テオも最後は無様な負けと見られないように、クラウスの意識を刈り取ることでこの試合を終わらせた。
そして、崩れ落ちるクラウスを抱きかかえると地面に倒れ込むのを阻止して、そのまま審判の勝利者宣言を耳にすることになる。
「勝者、テオ選手!」
こうして壮絶な戦いとなった試合は、観客たちから惜しみない拍手や歓声が送られて、テオは意識を失っているクラウスを抱えたまま舞台を後にしたのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「負けてしもうたの……」
息子の頑張りを肌で感じていたクララは、残念には思うもののどこか誇らしくも思っていた。それもひとえに、最後まで降参と口にしなかったクラウスの意地を見たからだろう。
そのような少し落ち込んでいるクララにケビンが声をかける。
「行ってこい。あの舞台から出る際には回復魔法が発動する。体力は別だが傷は治ってるし、少しすれば目を覚ますだろ」
「しかしのぅ……こういう時はそっとしておいたほうが良いのではないか?」
そのようなことを口にして煮え切らないクララへと、ケビンとソフィーリアがタッグを組んで畳み掛けていく。
「『最後までよく頑張った』って褒めてやれ。龍の血を引く者として、意地と誇りを最後まで手放さなかったんだ。自慢の息子だろ?」
「そうよ、強いと言ってもまだまだ子供。母親のクララがしっかりと慰めてあげるのよ」
「…………わかった。私は控え室に行くからの、家に帰ったら主殿もクラウスを褒めてくれよ?」
「当たり前だろ。テオを相手にしてあそこまで頑張ったんだ。立派な息子として成長している」
ケビンが笑みを見せてそう答えると、悩んでいたクララもどこかスッキリとした表情を見せて、目を覚ましたら落ち込んでしまうであろう息子のところへと向かっていくのだった。
「あのクララが息子のことを気にかけるなんてね。クラウスが生まれる以前だったら、弱者など知らんって言いながら放って置いたでしょうに」
「自分の子供だから気にかけるのは当然だろ。子供が生まれて成長していく中で、クララも母親として成長していったということだ」
ケビンとソフィーリアはクララが立ち去る後ろ姿を目にしながら、龍という種族でありながらも、どこか人間らしさを身につけているクララに対して、感慨深いものを感じるのであった。
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