第563話 エレフセリア学園 ~武闘会~ ④

 何事もなく日々が過ぎていく中で学年別のペア戦も終わり、残すは無差別級の試合のみとなった。


 ペア戦で表彰された6年生の優勝者はスカーレットの娘となるフェリシアとフェリシティの双子ペアで、準優勝はサーシャの娘となるエミリーとニーナの娘となるニーアムのペア。


 5年生の優勝者はプリシラの娘となるパトリシアとクズミの娘となるクズノのペアで、準優勝はクリスの娘となるオルネラとアイリスの娘となるアルマのペア。


 4年生の優勝者は学園長でもあるセシリーの娘となるセレーナと前々皇帝の側室だったリーチェの娘となるリンカーのペアで、準優勝はヴァリスの娘となるヴァレンティアとヴァレンティナの双子ペア。


 3年生の優勝者はターナボッタとフォリチーヌの息子となるトーマスとトーレスの双子ペアで、準優勝は帝国所属の貴族の子供ペア。


 そして2年生・1年生の部では、ケビンの子供たちは個人戦へと出場しており、ペア戦での出場を希望した者はおらず、優勝者と準優勝は帝国所属の貴族の子供ペアとなる。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「とうとう始まってしまう無差別級戦! 実況はお馴染みとなるこの私ヨルス・ジョッキウと、解説もお馴染みとなるAランク冒険者の【惰眠の女王】ネーボさんです!」


 熱くマイクを握りしめるヨルスは、惰眠を貪るネーボが大して働きもせずクエスト報酬金をせしめていくのが羨ましいのか、既にネーボの二つ名を【惰眠の女王】で固定したようである。


「この無差別級におきましては参加者がそうそうたるメンバーで、そのほとんどが皇帝陛下の御子息・御息女となります。それゆえか、他の参加者の参加率が悪く、参加しても皇帝陛下の親戚筋や知人といった、これまたそうそうたるメンバーでもあります!」


 ますます前説に熱の入るヨルスに対して、隣に座るネーボは午前中のためか船を漕いでいた。


「今回の無差別級個人戦におきましては、スペシャルゲストとして皇帝陛下の御長男様が参加することになっております。今までその姿を見た者は関係者以外いないという、まさに謎に包まれたエレフセリア家の第1子! そして、その母親たる皇后様も滅多なことでは人前に姿を現さないという、これまた謎に包まれた第1夫人であります!」


 ヨルスがそう説明をしていく中で、それを聞いた会場の者たちからどよめきが沸き起こる。


 それもそのはず。今までエレフセリア家の子供は、適齢に達すれば全員学園に通っていると思っていたところでの、第1子の存在。『隠し子がいたのか!?』と民たちに思われても致し方がないとも言える。


「何も知らされていない状況というのは、もどかしいものでもあります! ですが、ご安心を。運営委員会に懇願したところ、御長男様の簡単なプロフィールを手に入れましたから、それを皆さんにお伝え致します! その尊名はテオと言い、年齢は11歳です! 今大会に出場するきっかけとなったのは、“兄弟姉妹の中で1番強い者は誰か”という疑問から、最終的には皇帝陛下の『武闘会で誰が強いか決めればいい』という御言葉によって、今大会の飛び入り参加が実現したものです」


 こうしてヨルスが公表したことによって、会場のあちこちでは「テオ様」と言う民たちの姿が見受けられていた。


「今回はエレフセリア家の家庭内事情を持ち込んだ無差別級個人戦となりますので、テオ君対弟妹のような形となります。長男に対して“武”での下克上! テオ君は数多の弟妹たちに勝つことができるのでしょうか!? 今のところ最有力候補は不敗を更新中のクラウス君です。2番手に名前が上がるのはアレックス君となります。なお、テオ君は連戦となってしまいますので、1試合終わるごとに変則的ではありますが、ペア戦を挟むことになります」


 特殊な試合形式となる今回の無差別級個人戦は、会場にいる者たちにも予測がつかないものとなる。しかしながら観客たちは、ヨルスの言う通りにクラウスが1番強いのではないかという結論に達している。それも全ては“不敗を更新中”という、クラウスの実績が後押ししているからだ。


「では、第1試合を開始してもらいましょう! 長男テオ君に挑む最初の挑戦者は……2年生のヴァンス君だぁぁぁぁ!」


 ヨルスの紹介によりヴァンスが入場口から姿を現したことによって、会場内から割れんばかりの声援が聞こえてしまい、ヴァンスは恥ずかしがりながら舞台に上がる。そして、今度はテオの紹介となる。


「続いて、謎に包まれていた神秘のヴェールが今取り除かれる! その姿はやはり容姿端麗なのか!? はたまた年相応の可愛らしい姿なのか!? 会場の皆さん、歴史の生き証人となる時が来ました! さぁ、謎に包まれていたそのお姿を今ここに! エレフセリア家長男であるテオ君の入場だぁぁぁぁ!」


 持ち上げに持ち上げるヨルスの言葉によって、テオは入場口からヴァンスよりも恥ずかしそうにしながら公の場に姿を現し、足早に舞台へと上がるのだった。


「美形だぁぁぁぁ! そのあまりの美形過ぎる顔立ちを見てしまった会場にいる少女たちが、時が止まったかのようにうっとりとしています! これはアレックスファンクラブや【星の5人組スターファイブ】ファンクラブの対抗馬として、新たなファンクラブが設立となりそうだぁぁぁぁ!」


 1人絶叫して仕事をしているヨルスとは違い、観客たちは初めて見るのもそうだが、そのテオの容姿に惹き込まれてしまい言葉を失っていた。


「やぁ、ヴァンス。ヴァリー母さんからけしかけられたのかな?」


「今回は父ちゃんだ。テオ兄ちゃんと戦える機会はそうそうないから、経験のためにも戦ってこいってさ。まぁ、母ちゃんはそれがなくても、戦えってうるさかったけど」


「ヴァリー母さんは武闘派だからね。ヴァンスも大変だね」


「そう思うならテオ兄ちゃんからも何とか言ってくれよ」


「それは無理かな。僕が母さんたちに何かを言うことはないよ。みんな素晴らしい母さんだから」


「ケチだな、テオ兄ちゃんは」


「はは、お詫びに今日はヴァンスの遊び相手になるよ」


「今回限定で父ちゃんが専用装備の解禁をしたから、本気でテオ兄ちゃんに挑むからな」


「ああ、ヴァンスがまだ小さかった頃のように遊ぼうか」


 お互いの前口上が終わったのか2人が開始線の位置につくと、それを確認した審判から開始の合図が高々と放たれる。


「行くぞ、テオ兄ちゃん!」


「どこからでもどうぞ」


 ヴァンスが武器となるナックルグローブに魔力を流し込むと、両拳が炎に包み込まれる。そして一気に駆け出し、テオの懐に入り込むのだった。


「おぉーっと! 今回の無差別級個人戦にて、陛下から特別ルールとして設けられた専用装備の解禁! ヴァンス君の専用武器はグローブのようです。格闘術を扱うヴァンス君にピッタリの武器だと言えます! しかし、目を見張るのはその武器の性能! ただのグローブではありません! 炎を拳に纏っています! ヴァンス君は熱くないのでしょうか!? そこのところどう思いますか、ネーボさん!」


「…………すぴー……」


「寝てやがるぅぅぅぅ!」


 実況席が盛り上がりを見せる中で、舞台ではヴァンスが果敢に攻めていき、テオに拳の連打を繰り広げていく。それをテオは、ただ避けるのでは炎の熱量でダメージを受けてしまうので、躱すのではなく魔力を纏った手で受け流していた。


「うん、強くなってるね」


「余裕を見せていられるのも、今のうちだぞ!」


 拳だけでは埒が明かないと考えたヴァンスが、今度は両足のグリーブに魔力を込めて、そこでもまた炎を纏う。


「な、なんとぉぉぉぉ! ヴァンス君の両足が炎に包み込まれたぁぁぁぁ! いったいどういう仕組みなのか全くわかりません! 熱い以前に全く火傷を負っているような気配すらない! それは伝説の武具なのか!? 誰か武器に詳しい人、実況席に来てくださーい!」


 使えないネーボの代わりとなる人を求めるヨルスの声に応えたのは、見学に来ていた観客の1人であった。


「小生にお任せあれ!」


 まさか本当に来るとは思っていなかったヨルスは、隣に座っていた者にビクッと驚いてしまうが、そこはプロの矜持か、慌てることなくノリノリのままで話を進めていく。


「自己紹介をお願いします!」


「小生、鍛冶師のマサノブであります。以後お見知りおきを」


「よろしくお願いします、マサノブさん」


「よろしくお願いするであります。ヨルス氏」


 お互いの自己紹介が終わったところで、ヨルスは謎の武器についてあずまに質問する。


「では、早速。あの武器はいったい何なのですか?」


「あれは、ケビン氏が作製した魔導機能を持ち合わせた武具であります」


「魔導機能ですか? 初めて聞きますね」


「その魔導機能とは、早い話が世に知れ渡る魔剣等と同じ効果をただの武器に付与するというものでありますが、魔剣等は高名な鍛冶師が作り上げたり、どこかの宝箱から見つけ出したりするのに対して、魔導武具はケビン氏とターナボッタ氏しか作り出せる者がいないのであります。もちろん、どこかの宝箱から手に入れることもできないのであります」


「それは、とても貴重な武器ということですか!?」


「貴重という点においては世界に2つとないので、間違いないのであります。ケビン氏のご家族が使う武具は全てケビン氏お手製の武具であり、それはあまりの威力により、通常時は使用を禁止されているのであります。その威力は戦いを見ていればおわかりかと思いますが、何か?」


「確かに……ヴァンス君の両手両足が炎に包まれていて、あれは相手をする人にとって嫌な武器となりますね。では、日頃は普通の武器を扱っているということでしょうか?」


「そうであります。平時においては、小生の師匠であるドワン氏の作製した武具を使用するようにと、ケビン氏が言い聞かせているのであります。まぁ、学園においては学園指定の模擬武具になるのでしょう」


 あずまが来たことにより、実況席が実況席らしい会話をすることになったため、観客たちもその話を耳にしては「ほぉー」とわかったようなリアクションを取っている。


 そして、舞台ではヴァンスが果敢に攻めているものの、テオに軽くあしらわれていて、膠着した状態が長く続いていた。


 その光景は戦いと言うよりも、ヴァンスの稽古をつけているといった感じが強く見受けられていて、テオからは一切ダメージとなるような攻撃は繰り出していなかった。


 その代わり脇が甘い部分を突いたりするような攻撃を繰り出し、その度にヴァンスは慌ててしまうことになる。


「はぁはぁ……テオ兄ちゃんが稽古しているようなところとか見たことないのに、強すぎだろ」


「僕が稽古をする場合は、母さんの職場ですることが多いからね」


 それからも続くヴァンスの猛攻は、テオにかすりもせずにいなされていく。


「そろそろかな?」


 そのようなことを独り言ちるテオはヴァンスの様子を観察し続けていたが、その言葉の意味する場面がとうとう顕となる。


 拳や蹴りといった感じで攻撃を繰り返していたヴァンスだったが、本人はまだ動き続けていたのに対して、武具に纏っていた炎は萎むようにして消えてしまった。


「あれ……?」


 いきなり消えてしまった炎にヴァンスが面食らっていると、テオがその理由を教えるのだった。


「ヴァンスはあまり専用装備で訓練したことがないんだろ?」


「うん、いつもは訓練用のグローブでやってる」


「専用装備は強い反面、慣れていないと燃費の悪さについていけないんだよ」


「つまり、俺は燃料切れを起こしたのか?」


「両手両足の装備に止めることなく魔力を流し続けたんだ。安全装置がなければ魔力枯渇を起こしているところだよ」


「マジかよ……母ちゃんが余裕で使ってるから、俺もいけると思ってたのに……」


「ヴァリー母さんのは低燃費仕様だからね」


「俺のは違うのかよ!? 母ちゃんだけずりぃ!」


「ヴァリー母さんの性格はヴァンスが1番よく知ってるだろ? 魔力の効率的な使用とか判断できると思うのかい?」


「…………無理だな。母ちゃんは何も考えず使っていそうだ」


 簡単にそのことが想像できてしまうヴァンスは、細かいことができない母親に呆れながらも、それでも強いところが腑に落ちないでいる。


「その装備はヴァンスならちゃんとできるだろうっていう、父さんからのメッセージでもあるんだよ」


「父ちゃんからの……」


 感慨深げに自分の装備を見るヴァンスだったが、今現在は試合中の真っ只中である。そのことをすっかり忘れてしまったヴァンスに、テオは締めの言葉をかけるのだった。


「ということで、降参してくれるかい?」


「……え?」


「もう魔力もないし、その装備は使えないだろ? 装備の恩恵なしで戦ってもいいけど、どうする?」


 テオに言われたことで試合中であることを思い出したヴァンスだったが、魔力のある状態でも手も足も出なかったので、すんなりと敗北を認めるのだった。


「また修行してテオ兄ちゃんに挑むから、その時は相手をしてくれよな」


「ああ、いいよ」


 自分の力を出し切って満足したヴァンスは、テオと再戦の約束をすると満面の笑みを浮かべて、入場口へ向かって歩き始める。その姿を見たテオも同じように体を休めるために、自分の出てきた入場口へ向かって舞台を後にするのであった。


「いやぁ、第1試合が終わりましたが、中々に見所のある試合でしたね」


「そうでござるな。ヴァンス殿の格闘術はまだまだ伸びしろがあるでござろう」


「…………誰っ?!」


 もう既にネーボのことなど無視しているヨルスは、あずまを相手に話しかけていたつもりであったが、隣にいたのはあずまではなく別の男性だったことに固まってしまう。だが、すぐさま再起動を果たして誰何した。


「おお、拙者としたことが自己紹介はまだでござったな。拙者はソウスケと申す者でござる」


「あ、これはどうもご丁寧に」


 お辞儀をする猿飛についつい釣られてお辞儀を返すヨルスだったが、ハッと我に返ると今まで隣にいたあずまのことを問いただす。


「マサノブ殿はトイレに行ったでござるよ」


「ああ、トイレですか」


「そのうち戻ってくるでござろう。武器関係については拙いでござるが、戦いに関しては拙者でも答えることができるでござる」


「へぇー戦闘の解説ができるなんて、ソウスケさんは日頃何をしているのですか?」


「拙者はダンジョンに潜ったりして、冒険者活動をしているでござるな」


「そうなんですか。解説に冒険者の方が来ているんですけど、ちっとも役に立たないので助かります」


「ネーボ殿は相変わらずでござるな」


 2人の視線の先には既に船を漕ぐということすらせず、実況席の長机に突っ伏して憚ることなく眠っているネーボの姿があった。


 2人はそのような姿を溜息混じりで見つつ、次のペア戦が始まるまでの場繋ぎで先程の試合を振り返るのであった。

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