第524話 勇者誘拐?!(生徒サイド)
※ 今回は2名ほど新たな生徒の名前が出てきます。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
無敵たちがダンジョン攻略を開始して1ヶ月が過ぎようとしていた頃、風雲急を告げる報せどころか大事となってしまった報せが舞い込んできた。
「大変よ、無敵!」
血相を変えてギルドの奥から戻ってきた千手を見た無敵たちは、いったい何の連絡を受けたのか落ち着いて話すように促していく。
「東西南北君が姿を消したの!」
「東西南北がか?」
「あの影の薄い根暗くんが消えたのかよ! 影が薄すぎて見つけてもらえねぇんじゃねーのか?」
そう笑いながら口にする
「東西南北は確か
「
「行方不明者が九鬼を含めて3人に増えたわけか」
「それなんだけど、付き添いの団長の人が
「引率者は確か……ヒューゴだったか? 頭が回りそうな見た目だったのにな」
「黒髪黒目なんだからそのうち見つかるっしょ」
「影が薄いから無理じゃねぇか?」
「それで、
「今はミナーヴァ魔導王国みたい。魔導技術が大陸随一ってことで、そこで魔法関連の知識を吸収していたみたいなの。だけど、いつも通りの集合時間に東西南北君が姿を現さなくて、部屋に迎えに行ったらバングルとポーチが落ちてたみたい……」
「……攫われたにしろ何にしろ厄介なことになったな。魔導技術が大陸随一なら攫う技術も随一ってことだろ」
「じゃあ、魔導の第一人者が攫ったってこと?」
「それはない。そんなことが皇国にしれたら外交問題だぞ。奴隷商とかならありえるが、黒髪黒目は目立つからな……闇ルートの販売になるか? いや、それはリスクが高いな……」
無敵がぶつぶつと東西南北の行方を考え込んでいると、頭を使うことが苦手な
「魔導技術が大陸随一なら、国に頼んでその魔導技術で探せばいい感じっしょ」
「それは国の関係性とかで頼めないみたい。今は気配探知やらを使って捜している最中なのよ」
「気配探知に引っかからないなら、もうそこにはいないっしょ」
「……千手、東西南北のポーチの中身はどうだった? 何か残ってたのか?」
「金品以外の物が残ってたから誘拐の可能性が高いって、
「金目の物だけ盗られたのか……魔導技術が大陸随一なら気配を消す魔導具とかも普通に売ってあるかもな」
「おおかた、戦うのが嫌で逃げたんじゃねぇの? んで、金になりそうな物だけ持って、行方をくらませたとかじゃね?」
「竜也、それだとポーチを置いていく意味がわからない。あれは売ればかなりの金額になるぞ」
「あっ、それもそうか。じゃあ何で誘拐犯はポーチとか置いていったんだ? 金目になるんだろ?」
「あんな高価なもんをそこらで売ったらすぐに足がつくだろ。ともかく今は進展の連絡待ちしかないか」
「捜しに行かないの?」
「闇雲に動くよりかはここで連絡待ちした方がいい。黒髪黒目なんだ、すぐに犯人の足がつく。街中で攫う以上、何かの目的のために攫ったはずだ。金か、もしくは俺たちの能力か……どちらにせよ、従順にさせるため奴隷の首輪はされているだろうな」
無敵がそう結論づけると東西南北の話は終わり、いつも通りのダンジョン攻略を再開させるため、付き添いの団長に報告へ向かう。
「仲間を捜しに行かねぇのか? まぁ、お前らの好きにしろ。俺はカジノで暇を潰せるしな」
「相変わらずの放任主義だな。いいのか? 団長がそれで」
「いいんだよ。たまにはウォード枢機卿のいない所で羽を伸ばしたって、罰は当たらねぇ。儲けは俺の懐に入るわけだしな」
相変わらずの放任主義を貫く団長に対して、無敵は束縛されるよりもありがたいと思うが、仕事らしい仕事をしない団長を見ては呆れてしまうのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「先生、どうしますか?」
「私たちはまだセレスティア皇国領だから、北上しつつ国外に出たら村を中心に回っていきましょう。他の生徒たちは街を中心に捜していくはずですから」
「とうとう国外に行くんですね」
「セレスティア皇国ともお別れかぁ」
「結構彼方此方のダンジョンを巡ったよね」
「もうダンジョンは飽きたにゃ」
「これも強くなるためです」
「ガハハハハ! 鍛錬はいいものだぞ! 何せ筋肉が育つからな!」
未だセレスティア皇国領内のダンジョンを巡っていた教育実習生グループは、今回のことでとうとう重い腰を上げて国外に出ていくことを決めたら、付き添いの団長にその旨を伝えて出発する。
そして、ダンジョン攻略さえしていれば何も言わない団長にありがたく思いつつも、よく口にする筋肉の話だけは皆一様に勘弁して欲しいと思っていたのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「能登君、どうする?」
「捜しに行こう。みんなもそれでいいかな?」
「委員長と副委員長が決めたなら、俺はそれで構わないぜ」
「私も辺志切君に賛成」
「
「お任せだよ~」
「異論はない」
剣持と能登の話し合いによって他の生徒たちにも意見を求めたら、反対意見も出なかったことで東西南北捜索の方針が固まると、能登は引率者にそのことを報告する。
「総団長さん、仲間の捜索に向かってもよろしいでしょうか?」
「ええ、東西南北君に関しては教団からも許可が下りていますので、捜索行動に入っても差し支えありません。微力ながら私も捜索にご協力しますので」
「ありがとうございます! 総団長さんの協力があればあっという間に見つかりそうです」
こうしてガチグループである委員長たちは、ミナーヴァ魔導王国に向けて旅の行程を変更するのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ミートソーススパゲティと抹茶がなくなった……」
「毎食食べるからでしょ!」
「よく飽きないよね?」
「おかわりしてたよな」
「抹茶のガブ飲みって初めて見た」
「君たちにあげた分があれば……」
とぼとぼと哀愁漂う背中を見せながら歩くのは、ケビンからもらったミートソーススパゲティと抹茶を全部消費してしまった生徒会長である。
「はぁぁ……ケビン殿は何処にいるんだ……私のシェフ……」
「完全に料理人扱いだよ……」
「嫁になるとか言ってたのにね」
「ぶっちゃけ料理ができれば誰でもいいんじゃないか?」
「ミートソーススパゲティ最強説」
生徒会長たちと言うよりも生徒会長個人の意向によってこのグループは、食べ尽くしたミートソーススパゲティを補充するため、セレスティア皇国の街を虱潰しに立ち寄りケビンの行方を追っている最中だった。
そして、最後の1ヶ所となる街での捜索が終わり、明日からは国外で探すために北上する予定である。
「アロンツォ殿、ミートソーススパゲティの売っている国外の街を知らないか?」
「俺が知るわけねぇだろ! 自分で探せよ!」
「つれないな。拳を交わした仲ではないか」
「あれって交わしてないよね?」
「一方的だった」
「生徒会長ってガチで強いからな」
「団長が可哀想だったぜ」
そう、このグループに付き添っている団長は血気盛んな性格が災いして、生徒会長にしごきを入れようとしたら逆にコテンパンにやられてしまい、それ以来は生徒会長の決める方針に逆らえないでいたのだ。それ故に生徒会長の自由を止めるられる者がおらず、好き勝手に行動できているということである。
「そこを何とか教えてくれ。何なら1皿奢ってもいいぞ?」
「1皿だけかよ! どんだけケチなんだ!」
「なんだ、実は食べたかったのか? それならばそれで言ってくれれば分けてやったというのに。もう全部食べてしまったぞ」
「ちっ、テメェの相手をしてると疲れるんだよ!」
『『『『わかる!』』』』
「まぁ、そうカリカリするな。お肌に悪いぞ」
「男が肌なんか気にするかよ!」
「そうか? 美男子になってモテたくないのか?」
「女よか強さだ!」
「それもまた人生か……で、ミートソーススパゲティは何処に売っているのだ?」
「だああああっ! 何なんだ、コイツは!? お前らの仲間だろうが! ちゃんと首輪をつけとけよ!」
「「「「無理です!」」」」
「首輪か……そういえばチョーカーは売っているのだろうか? 私はまだあれを付けたことがないんだ。アロンツォ殿、チョーカーは何処に売っているのだろうか? そこにミートソーススパゲティはあるか?」
「ねぇよ! そんなに麺が食べたきゃ北に行け! アリシテアの街に【焼きルドーヌ】が売ってる!」
「それはどんな食べ物だ?」
生徒会長の相手をするのが嫌になったアロンツォは、早く開放されたいがためにグルメ情報を提供すると、生徒会長の目がキラリと光を発する。
「今すぐ行くぞ! 私の勘がそれは焼きそばだと訴えている! 間違いない!」
こうして生徒会長グループと団長は、生徒会長の焼きそばを食べるという欲求を満たすために、強行軍とも言えるような過密スケジュールでミヤジノフを目指す旅に強制連行されてしまう。
「焼きそばも好きなの?」
「ミートソーススパゲティだけじゃなかったね」
「焼きそばは俺も好きだ」
「マヨネーズってあるのか?」
「なにっ!? 越後屋少年は邪道に走る敵だったのか!?」
ついポロッとこぼしてしまった『マヨネーズ』という単語に生徒会長がすかさず反応して、【非マヨネーズ派】と【マヨネーズ派】の熱き論争が起ころうとしていたが、面倒くさいことになるのは今までの付き合いからわかっていた越後屋が、すぐさま【非マヨネーズ派】であることを主張したら難を逃れることに成功した。
「た、助かった……」
「口は災いの元だね」
「何が生徒会長を刺激するかわからないからね」
「黙ってついて行くのが無難だな」
「俺もそう思うぜ」
「「「「「はぁぁ……」」」」」
奇しくも生徒会長というお面を被った自由奔放に対して、1度相手をするととてつもなく疲れてしまうという共通認識があるため、他の生徒4人と団長の団結力は日々強固なものへと変わっていくのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「お料理ができたにゃん。ごゆっくりにゃ~」
「何度来てもたまりませんな!」
「ここは桃源郷でごわす!」
「拙僧、この国で骨を埋めるですぞ!」
「拙者はやはりエルフかダークエルフのエロフっ子がいいでござる」
ここはアリシテア王国の東に位置する、イグドラ亜人集合国の首都イグドラの共有地区にある食事処である。ダンジョンで出会ったケビンからの情報により、【オクタ】のメンバーはすぐさまこの地を目指していたのだ。
本来なら女子たちからの猛反発を受けそうではあるものの、亜人の多種族が暮らす国とあってか、女子たちも好奇心が抑えられなかったのである。
そして、男子たちは決まって共有地区にあるお店で、必ず1日1回は食事を摂ることがここについてからの日課となっている。大抵はお昼を食べに来ることが多く、その日によってエルフ族のお店だったり、ダークエルフ族のお店だったり、ドワーフ族のお店だったりと煩悩全開で満喫していて、今日は獣人族のお店に来ているのだ。
そのような青春真っ盛りの男子たちの居場所など、女子たちと言うよりも自分たちの彼女には筒抜けであり、たとえ宿屋で見当たらなくてもこの時間帯ならここにいるだろうと完全に把握されていた。
だが、男子たちがそのような中でも趣味全開に走って怒られないのは、一様に彼女一筋で浮気をしようと企んでいるわけではなく、本当に趣味のために通っていることが明らかになっているからだ。ゆえに男子たちによる1日1回の亜人族店巡りは、彼女公認の行動だったりもする。
そのような青春(趣味)真っ盛りな男子たちの元へ、それぞれの彼女たちがやってくる。
「
「智」
「しーくん」
「宗くん♡」
「満喫中ですが、何か?」
「まだ今日は『コン』を聞いていないでごわす」
「帰るにはまだ早い時間ですぞ」
「おや、翡翠ちゃんも一緒に食べるでござるか?」
それから
「キタコレ!」
「やられ役乙でごわす」
「陰キャの逆襲劇ですぞ」
「王道パターンでござるな」
「やっぱりそういう結論に至るわよね」
「オタクを舐めすぎなのよ」
「バレバレです」
「さすが宗くん♡」
まだ情報を得ていない嗜好品獲得に走っている生徒会長と、それに強制連行されている生徒たちを除き、他の生徒たちが誘拐の線を疑っている中で安定のオタクぶりを見せている面々は、誘拐とは違う同じ結論に達してしまったようだ。
「魔導国家にて知識を得た件」
「『俺は選ばれし者』だとか言っているでごわす」
「絶対に『機は熟した』キリッとかやっているですぞ」
「職業は何だったでござろうか?」
「そういえば知らないわね」
「不遇職なら九鬼君が断トツよね」
「んー……なんだろう?」
「わからないね?」
「そういえば九鬼殿は上手くやっているでござろうか」
「宗くん、何かアドバイスでもしていたの?」
「某たちと多少の繋がりはあったでごわす」
「智たちと?」
「ラノベを貸したりしていた件」
「それってつまり……」
「転移転生モノの知識があるですぞ」
「不遇職の成り上がり系だね」
「この場合、教団から追い出されたので出世してからする領地経営モノではなく、冒険者としての成り上がり系で話が進みそうですが」
「いやいや、魔物に襲われる馬車を救って、それが王女の乗る馬車で爵位を得るというテンプレもあるでごわす」
「冒険者として有名になり婿入りするというテンプレもあるですぞ」
「どのみち強くなっていなければ無理でござるな。あと数日だけ神殿にいたのなら色々と教えることができたでござるが」
「小生、鍛冶師ゆえに【鑑定】を持っていますが、ただの鑑定ではなくレベルの付いた鑑定ということになりまして、ええ。ゆえに召喚されたあとはあらゆる物を鑑定しまくってレベルをさっさと上げていた件」
「某も同じく錬金術師ゆえに、レベル付き鑑定を持っているでごわす」
「よって九鬼氏の【学生】は不遇職なれど、育てれば最強に至る可能性を秘めていたということですが、何か?」
「それだったら何で助けてあげなかったのよ!」
「
「女子でござるからな、基本は悪徳令嬢モノにハマっていたのでござろう。転生したいと願っていたようでござるから」
「ぐはっ! ……な、なぜ、それを……」
「オタクは意識せずともオタク発言を無意識に拾うでござる」
「さすが宗くん♡」
猿飛の発言により
「で、拙者たちが九鬼殿を助けなかったのは、教団に知られたら使い潰される未来しかなかったでござるからで、翌日の朝食の後にでもこっそりとスキルのことを伝えようかと思ったでござるが、集合させられてしまったでござるからその機会が失われてしまったでござるな」
「ですが拙僧たちよりも早く皇都を出たようですから、上手くスキルの使い方を自ら学んだという結論に達したのですぞ。スキルの使い方さえわかれば九鬼殿は余程のことがない限り安全ですぞ」
「そ、そんなに強くなるの?」
「勉強すればするほど強くなるなんて……」
「まさに鬼に金棒ね」
「九鬼君真面目だったから勉強を絶対にしてるよ」
「学習して、それを実践すればいいだけなんだね」
「よって拙者たちは九鬼殿のことはあまり心配してござらん。それよりも問題は東西南北殿でござる」
「逆襲劇ならカースト上位が狙われる件」
「女子たちは身の危険でごわすな」
「ここで力を得たら元の世界には帰りそうにないですぞ。何せ陰キャですからな」
「ちょ、ちょっと、何で女子たちが狙われるのよ。私たちは虐めてないわよ」
「テンプレ的に女子たちを奴隷にしようとする件」
「力を得た陰キャは暴走しやすいでごわす」
「王道の王道ですぞ」
「帰る気がないなら憚るものがないでござるからな」
「い、嫌よ、奴隷なんて!」
「東西南北の奴隷とか無理だわ」
「しーくん、怖いよ……」
「宗くん、奴隷になりたくない」
「心配せずともあーちゃんは小生が守りますが、何か?」
「
「みこちゃんはこの命に変えて守りますぞ」
「翡翠ちゃんに手を出す奴は、拙者が地獄に突き落とすでござるよ」
「まーくん♡」
「智♡」
「しーくん♡」
「宗くん♡♡」
それぞれの彼氏から『守る』と言われた女子たちは、瞳にハートマークでも浮かんでるのではないかと言うくらいにメロメロになると、ウットリとした表情で彼氏の腕に絡みつくのだった。その後はラブラブモード全開の胸焼けしそうな雰囲気を醸し出してしまい、東西南北の話など最初からなかったかのようにして、それぞれのペアはその日を過ごしていくのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
辺志切 (へしきり)
東西南北 (よもひろ)
今回は凄い苗字が出てきましたが幽霊苗字となります。『東西南北』というのは『よもひろ』と読むそうで、私は全く読み方の見当もつきませんでした。由来としては『東西南北』→『世の中は広い』→『四方(世も)広し』→『よもひろ』となっているみたいです。
私は『東西南北』を見てしまうとどうしても、『東南西北』と入れ替えた後に『白發中』と付けたくなってしまいます。『東南西北』の読み方は『かぜ』にして『白發中』の読み方は『さんげん』という風に、いつか幽霊苗字として世に出て欲しいです。
作中には出ませんが似たようなので『春夏秋冬』と書いて『ひととせ』と読む幽霊苗字もあります。こちらの由来はシンプルですね。『春夏秋冬』→『1年間』→『ひととせ』となったみたいです。
そう考えると『春夏冬』を『あきない』ではなく、シンプルに『ひととせ』の並び順から1文字抜いて、『ひとせ』と読んでもいい気が……
最後に『辺志切』の由来ですが、鹿児島県 肝属郡 錦江町 田代川原 辺志切 発祥とありました。同地に江戸時代に門割制度の辺志切門があったようで、地名はわだかまりを切り捨てて生きた平家の落人からとの伝があるそうです。推定では鎌倉時代となっております。ちなみに私は『へしきり』と聞いて最初に思い浮かべたのは、へし切長谷部でした。笑
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