第15章 勇者召喚の儀

第483話 物欲センサーが存在した!?(勇者サイド)

 西暦不明のとある日のこと。とある私立の珍名ちんみょう高校では次期生徒会会長や新規役員が決まり、各クラスに割り振られているLHRの時間を使い、挨拶回りをするといったことを新規生徒会役員一同が行っていた。


 ここ1年3組でもLHRの時間に新規生徒会役員が挨拶に来るとあってか、この時間を中間テストへ向けての自習時間にあてると、担任教師は教育実習生へあとのことは任せて職員室へと戻っていく。


 そしてしばらくしたら、この1年3組にも生徒会役員がやって来ては挨拶を済ませていき、それが終わると生徒会役員たちが次々と退出していく最中にそれは起こった。


 次期生徒会長が他の役員に続いて最後に教室を出ようとした時、その教室の床に大きな魔法陣が眩しい光とともに現れると、わけもわからない状況でも必死に教育実習生としての役割を果たそうとして、女性が生徒たちへ呼びかける。


「みんな落ち着いて、落ち着いてください!」


「な、何だこれ!?」

「これってまさかっ!?」

「これが何か知ってんのか!?」

「これってアレじゃないのかっ!?」


 教室内のクラスカースト上位の男子が騒いでいると、それに引き続いて女子たちも騒ぎ出していくが、騒いだことによって隠れオタクがバレてしまう。


「私はゲームの悪徳令嬢へ転生したいのー! 転移はイヤー!」

「推しメンよっ、推しメンのゲーム世界へ行けますように……」

「プリンスラブリーの鷹也様に会えますように……」

「何よそれっ?! あんたらオタクだったの!?」


 そして教室内の隅では、クラスカースト最底辺のオタクと呼ばれる者たちが即座に集まり、思い思いの期待を胸にボソボソと小さく騒ぎ立てる。


「……異世界転移キタコレ……」

「……エルフ……エルフ推しで……」

「……某は獣人のモフモフが良いかと……」

「……エロフは存在するのでござろうか……」


 そのような中でも怠そうに状況を楽観視しているのは、周りからは食み出し者の不良と見なされている者たちだった。


「なぁ、これって何だ?」

「オタクたちがいつも騒いでるやつだろ。異世界転移とかいう……」

「マジでだりぃ……今日はソシャゲのイベント日だってのに」

「ってゆーか、このあとのカラオケ行けないよね?」

「もう、激おこプンプン丸だよ!」

「マジ卍ー」


 クラスの生徒たちが騒いでいる頃、別の場所では役員の女子が次期生徒会長に選ばれている女子へ向かって叫んでいた。 


「生徒会長!」


「私はまだ生徒会長ではないよ。だ、。まだ現任の生徒会長殿がいるんだ。そこのところ間違えないでくれたまえ」


「そんなこと言ってる場合ですか! 早くこちらへ!」


「いや、私も行きたいのは山々なんだが……見えない壁が邪魔してるみたいだ」


 そう答える生徒会長(本人のこだわり)はパントマイムをしているかのように、見えない壁をペタペタと触っている。


「ふむ……これはこれでパントマイムの練習になるな」


「そんなことやってる場合じゃないです!」


「何を言う。武芸百般と言うだろ?」


「パントマイムは武芸じゃありません!」


「それもそうか……では、一芸に秀でる者は多芸に通ずると言い換えておこう」


「パントマイムを極めちゃって、いったい何を目指すんですか!?」


「それは未来の私に言ってくれ。今の私ではわからないよ」


「未来に存在する生徒会長に、現在にいる私が言えるわけないじゃないですか!」


 傍から見れば漫才の掛け合いみたいに、ボケとツッコミをしている女子役員と次期女子生徒会長。


 慌てる女子役員のツッコミに対して次期女子生徒会長が冷静にボケで返していく光景は、何とも言いがたいものがある。


「そうだ、両親に帰りは遅くなると伝えておいてくれないか? 今日は私の好きなミートソーススパゲティのはずだ。食べたいから取り置きを頼んでおいてくれ」


「この状況でなに晩ご飯の話をしているんですか!?」


「いや、ミートソーススパゲティは絶大なんだ。お子様ランチとかにも乗っているだろう? 悲しいことにナポリタンという場合もあるが……」


「ミートでもナポリでもどっちでもいいでしょ! ってゆーか、もしかしてそれのためだけに、お子様ランチを頼んだりしていませんよね!?」


「そうカリカリしては肌が荒れてしまうよ? 今日は早めに寝るといい」


「もう、いやーっ!」


「ふむ……思春期の女子という者は情緒不安定なのだな」


 このように会話はできているというのに、どうにも噛み合わない次期女子生徒会長とのやり取りで、とうとう女子役員は対処不能と判断したのか匙を投げてしまうのだが、次期女子生徒会長はそのような女子役員を見ては、斜め上の発言をして更に混沌を撒き散らしていた。


 そしてこの日、とある私立高校のとある教室の生徒たちは、現代社会からその姿を消してしまうのだった。


 このことはすぐに現代文明ゆえかネットで拡散されていくと、臨時速報としてニュースになっては校門付近にマスコミが殺到し、更にパトカーが何台も高校へやってきては、警官たちが教師や生徒たちへ事情聴取を行っていくのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 そこは見渡す限りの白い空間、ここに教育実習生を含む生徒たちが座っている状態で転移されて、一部の生徒たちは本当に異世界転移が始まるのだと思うと、ワクワクしながら心を躍らせていた。


 そして意味のわかっていない生徒には周りの生徒が説明をしながら、騒がず落ち着くように言い聞かせる。


「ようこそ、みなさん」


 そのような時にいきなり聞こえた透き通るような声に反応した生徒たちは、その声の主を捜し始めて見つけてしまうと、白い衣服に身を包んだ絶世の美女が立っているのを目にする。


「綺麗……」


 誰とはなしに呟いた言葉が聞こえていたようでその女性は微笑んだら、お礼の言葉を返して自己紹介を始めた。


「私は貴女たちの知識で言う女神です。もうお気づきの方もいらっしゃるようですが、貴女たちは勇者召喚によってこれより異世界転移をします」


 その言葉を聞いた一部の生徒たちは喜んでいるが、知識のない生徒たちは状況を呑み込めずにいる。


 実はこの女神、名前をとある理由で名乗ってはいないが、ケビンの嫁のソフィーリアである。基本的に神が人に対して名前など教える必要もないのだが、ケビンが転生時に知り得たのはひとえにナンパが成功したからだ。


 それからソフィーリアはこれから向かう転移先のことを適当に説明して、勇者召喚特典として全員に共通のスキルを付与することを伝えた。


「貴女たち全員の共通スキルは【言語理解】です。これがないと外国に行くようなものです。ちなみにスピ〇ドラ〇ニングはありませんので、このスキルがないと何も教材がない状態から、何とかして自力で覚えるしかありません」


 そこで教育実習生である女性が手を挙げる。


「はい、そちらの方。発言を許可します」


「あ、ありがとうございます。私も少しは携帯小説でそれ系を読んでいたりするのでわかるのですが、大前提であることをお尋ねします。私たちは元の世界へ帰れるのですか?」


「それは転移先の国にて説明を受けてください」


「え……その、女神様のお力で帰してもらえたりとかは……?」


「貴女たちを喚び出したのは現地の方です。私が神託を下して喚び出したのなら私の力でどうにでもしましょう。ですが、私はこの件に一切関与しておりません。つまりどういうことかわかりますか?」


「この件に関与していない以上、お力を使われないと?」


「当たりです。酷い言い方になりますけど、神というものは基本的に人がどうなろうと知ったことではありません。私のよく知る方はこう言いました。『神と人とでは持ちうる力が圧倒的に違うゆえに視点が違う』と。貴女たちにもわかりやすく言えば価値観の相違です」


「そう……ですか……」


 教育実習生はソフィーリアの返答に意気消沈しながらも、『よく知る人』という言葉を聞き逃さず、神に対してそのようなことを言えるのであれば、目の前の女神以外にも神がいるのだろうと予測を立てた。


「他に何かありますか?」


「で、では、与えられるスキルは【言語理解】だけなのですか? 私の知りうる限りでは、それだけだと村人同然の力しかない気がします」


「それを説明している最中に貴女が質問をしましたので、中途半端になっています」


「ご、ごめんなさい……」


「別に構いません。貴女は礼儀正しい人のようですから。無礼な者でしたら何もあげず異世界へ放り投げています」


 ソフィーリアが告げた内容を聞いた一部の生徒たちは一様に生唾を飲み込んだ。もし無礼を働いてしまえば、村人同然で見知らぬ土地へ放り出されると言われたのだ。それを想像するだけで平和な世界からやって来た人間にとっては、ただただ恐怖でしかない。


「では、続きです。今のままの貴女たちでは、異世界で1番弱いとされる村人のままです。例えて言うならば貴女たちの今の身体能力で、モンスターの出るゲームの世界を生き抜くようなものです」


 そこでソフィーリアは全員を見渡し、その知識がない者も混じっていることを理解する。


「まだ意味がわかっていない方は、後ほど知っている方に尋ねてください。それで、そのまま転移したらあっさり死にますので、微力ながら私からのプレゼントがあります」


 その場にいる一部の理解者たちは、ソフィーリアの『プレゼント』と言う言葉に反応すると、思い思いの想像をしては理想の自分を思い描いている。


「私からのプレゼントはこちらです!」


 パチンっと指を鳴らしたソフィーリアの近くに、大きなガチャガチャが出現したら、それを見ていた生徒たちからは困惑した声や、ある程度の予想をして喜んでいる声が漏れだしていた。


「異世界転移を知らない人がいるようですが、ソシャゲを少なからずしていることは既に確認済みです。どうやらほとんどの方は察しているようですね。これは貴女たちの世界で言う【ガチャ】です。ちなみに課金システムはありませんのであしからず」


 生徒たちは目の前に出現した【ガチャ】によって、ソフィーリアの指し示すその意図を理解しているのか、神を目の前にして既に神頼みしている者さえいる。


「この【ガチャ】の中身は職業です。その職業によって覚えられるスキルがそれぞれ変わってきます。引き当てた職業の基本スキルは最初から覚えていますが、それ以外になると貴女たちの努力次第です」


 ソフィーリアの『努力次第』という言葉を聞いた生徒たちは、その可能性に期待をする者、逆に努力が嫌いで面倒くさそうにする者と反応は様々であった。


「例えば【剣士】。この職業の基本スキルの一部に【剣術】と言うものがあります。現地人はコツコツと努力をしてそれを習得しますが、貴女たちは最初から覚えた状態で始められます。早い話がチートですね」


 ここでようやく出た『チート』という言葉に、理解者たちは一段と沸き立ちザワザワと騒ぎ始める。


「ふふっ、どうやら早く【ガチャ】を引きたくて、ウズウズしているようですね」


 それからソフィーリアは【ガチャ】に含まれるレアリティと、そこに分類されている職業の種類を説明しだした。


UR:【勇者】、【英雄】、【女傑】、

   【賢者】、【聖人】、【聖女】、

   【マスターアルケミスト】、【マスタースミス】、

   【マスターテイマー】、【マスターサモナー】、他


SSR:【〇聖】、【大魔導師】、【大神官】、

    【聖騎士】、【上級錬金術師】、

    【上級鍛冶師】、【上級調教師】、

    【上級召喚師】、他


SR:【〇豪】、【魔導師】、【神官】、

   【軽騎士】、【重騎士】、【中級鍛冶師】、

   【中級錬金術師】、【中級調教師】、

   【中級召喚師】、【占星術師】、【大商人】他


HR:【〇術士】、【魔術師】、【回復術師】、

   【騎士】、【女騎士】、【錬金術師】、

   【鍛冶師】、【調教師】、【召喚師】、

   【医師】、【調合師】、【占い術師】、他


R:【〇士】、【魔法士】、【回復士】、【薬士】、

  【占い師】、他


※ 〇:各種武器 例:剣士、拳士、槍士、弓士等

  〇術士:魔法が扱える


 ひと通りの説明が終わるとソフィーリアは質問時間を設けて、生徒たちへわからないことは質問するように伝えるのだった。


「ノーマルは出ないってことですか?」


「でません。ノーマルは村人とかの職に該当しますから。農夫や木こり等をやりたいのであれば付け加えますけど?」


「いえ、ない方がいいです!」


 1人の生徒が早速質問をして答えを得ると、次々と別の生徒が質問をしていく。


「職人系でレア度が変わるのは、やはり作り出せる範囲が変わるということですか?」


「そうです。例えば鍛冶師で言うならHRは普通の武器を作れます。ですが、それは普通なだけです。しかし、マスタークラスはそれに付与効果などをつけたり、基本性能が最初から優秀であるより良い武器を作り出したりできます」


「下級職から上級職へ至ることは可能でしょうか?」


「可能か不可能かで言えば、可能です。ですから、レアリティの低いものを引いてしまったとしても、気落ちする必要はありません。ですが、クラスアップには並々ならぬ努力が必要となります」


「【ガチャ】は何回まで回せますか?」


「1回です」


「回数を増やすことはできないんですか?」


「課金システムを取り入れれば可能です。流行りの10連ガチャプラス1回分オマケみたいな、11連ガチャをすることもできます」


「課金するには今手持ちがないので、口座引き落としでも可能でしょうか?」


「それは不可です。ここではお金に価値なんてございませんので、支払いは寿命となります。1回増やすのに1年の寿命を支払っていただきます」


 ソフィーリアから告げられた寿命払いと言う内容を聞いてしまった生徒たちは、先程までの勢いをなくして静まり返ってしまう。


「他に質問はございませんか? ないなら早速【ガチャ】を回していただきます。回数を増やさなければ寿命はとりませんのでご安心ください」


「さ、最後に1ついいですか?」


「何でしょうか?」


「URは1個ずつですか? それとも何人でも同じ職業になれたりするのですか?」


「個数に制限はありません。極端な話を言いますと、ここにいるみなさんが全員同じ勇者になることも、天文学的数字ではありますけど確率としてはあります」


「わかりました。ありがとうございます」


 生徒からの最後の質問が終わったら、ソフィーリアは【ガチャ】を回すように促していき、それを聞いた教育実習生は1番手に名乗りを上げた。


 だが、ソフィーリアの口にした言葉で気勢を削がれてしまう。


「物欲センサーには注意してください」


「えっ、やっぱり存在してたんですかっ!?」


「よく日本人が言っていますから取り付けてみました」


「それだとURって出ないんじゃ……」


 教育実習生の言葉を聞いたソフィーリアは少し逡巡すると、人の欲が深いことを考えてはURを狙う人が多くなるだろうと推測を立てて、面白半分でつけた物欲センサーを取り外すことにした。


 それからただ外しただけでは面白みがないと思ってしまい、代わりにイベントガチャっぽい仕様に変更するのだった。


「……それもそうですね。物欲センサーは消しましょう。代わりに勇者召喚イベントガチャということにして、各レアリティのシークレットを入れておきます。一般的にその職に就ける人が少なかったり、誰も就いていなかったりする希少職です。何があるかは引くまでのお楽しみですね」


「シ、シークレット……」


 ソフィーリアの『シークレット』という単語に、早くも教育実習生の物欲が働いてしまう。もし、物欲センサーが付いたままだったら、教育実習生はしょうもない職業を引いてしまっていたに違いない。


 そして、教育実習生は『シークレット』という単語が頭の中でリフレインしながら、中身が見えない【ガチャ】の前へと立つのであった。


(シークレット……欲しい……)

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