第467話 各所の様子
戦場で両軍が激しくぶつかり合っている中、ケビンはシーラの後始末が終わってから救護所で兵たちの帰りを待っていた。
「おかえり~」
「へ、陛下!?」
いきなりの出迎えがケビンというドッキリに兵士は驚いたのか体を動かそうとするが、戦場で受けた傷の痛みが体を駆け抜けてしまい呻き声をあげる。
「回復するって言っても一瞬じゃないんだから、治るまでは安静にしてろ」
「す、すみません……」
「で、初めての戦争はどうだった? 想像していた自分のように動けたか?」
「……いえ、訓練とは違って相手が自分を殺しに来ていると思うと、足が竦んだりして思ったように体が動かせなくなってしまい、敵は殺さなきゃいけないのに、躊躇って剣がブレたりして……こんなことなら意地なんて張らずに冒険者活動しておけば良かったって、後悔ばかりが頭をよぎります」
「合格!」
「……えっ!?」
ケビンからいきなり合格宣言をされてしまった兵士は、驚いてしまい目が点となる。
「恐怖を感じるのは誰にでもあることだ。それに初の人殺しで躊躇いなく人を殺すのは異常者か、もしくは訓練された兵器として扱われる者だ。後悔したこともいい。後悔するってことはやるべきことを知っているからだ。それなら次は後悔しないように、そのやるべきことをすればいい」
「陛下は最初どうでしたか? 人を殺す時、やっぱり怖かったですか?」
「俺は異常者の方だ。子供の頃に俺を襲ってきた大人たちを殺した。子供を攫う犯罪集団でな、ずっと付け回されてイライラしていたから、スラムの路地裏に誘い込んだらボコって応援を呼びに行かせて、やってきた応援を含めて全員殺したよ」
「こ……子供の頃に……!?」
「まぁ、俺は小さい頃から母さんに剣術を習ったりしていたからな。ほら、あそこの右翼でぽんぽんと人が倒れていってるだろ? あそこにいるのが俺の母さんだ」
戦場を指さすケビンに釣られて兵士もそこへ視線を向けると、ケビンの言う通りで敵兵がどんどん倒れていく光景を目の当たりにする。
「あれを1人で……」
「あんまり張り切りすぎると新兵の訓練にならないから、手加減をしてもらっているんだけど……倒しすぎのような気がしてきた……母さん、やっぱり怒ってるなぁ……あぁ、マリーもだ。母さんほどは倒していないけど躊躇いないな」
「マ、マリー?」
「左翼のアリシテア王国軍側で右翼よりかは数が少ないけど、同じようにぽんぽんと人が倒れていってるだろ? あそこにいるのがマリアンヌっていうアリシテア王国の元王妃だ。代替わりして大公妃になったけど、大公が亡くなって俺のところに来た」
ケビンの話した内容に対して、どうしても聞いておかなければならないことができてしまった兵士は、恐らく聞くだけ無駄だろうとも思いながらもケビンへと尋ねた。
「もしかして陛下がお嫁さんにしたとかですか……?」
「した。アリスの母さんだから親子で嫁にした感じだな」
「陛下、無礼を承知で言いたいことが……」
「ん? 羨ましいとかか?」
「……爆発しろっ!」
「お、おう……気持ちがこもってんな……まぁ、お前もいつかは嫁さんが見つかるさ。頑張って稼ぎを増やせば2人目も不可能じゃなくなる」
兵士のうらやまけしからん気持ちが大量に込められた言葉を投げつけられたケビンは、タジタジとなりながらも兵士へ勝者の余裕からか激励の言葉を贈るのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「た、隊長! もう持ちこたえられません!」
「た、耐えろ! 本陣から現場指揮官に指示があるはずだ」
「あら、貴方が隊長さん?」
「「――ッ!」」
いきなり目の前に現れたサラを見た2人は、驚愕して動きが止まってしまった。
「さよなら」
「ぐはっ――」
「た、隊長!?」
「貴方も」
「なっ――」
「はぁぁ……それにしてもゴミが多いわねぇ……あっ、ゴミって言っちゃダメだったわ。ケビンに怒られちゃう。んー……今度は人形にしようかしら? でも、人形が可哀想よねぇ……困ったわぁ……」
戦場だと言うのに呑気に敵の呼び方を考えているサラの後方から、ようやく動きが止まったので攻撃をすることができると思ったのか、1人の兵士がサラへ斬りかかる。
「覚悟っ!」
しかしながらその敵兵の刃はサラに届くことなく、逆にサラの細剣が敵を貫いた。
「不意打ちをするのに叫んじゃダメじゃない。そんなの斬りかかりますよって教えてるのと一緒よ? ダメな敵兵ね。いったい訓練で何を教えてるのかしら?」
既にこと切れて物言わぬ屍となった敵兵に、サラは気にもせずダメだしをするのだった。
「うーん……いい言葉が思いつかないわ。仕方がないから斬りながら考えるしかないわね。全部斬り終わるまでに思いつけるかしら?」
それからサラは“ゴミ”に代わる言葉を見つけるために、敵を斬り刻んでは考え込みながらいい案がないか模索するのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「何をしている! 敵を早く見つけて殺すんだ!」
「見つけようにも見つかりません!」
「見つけなければ我々が殺さ――」
「ひいっ!」
現場指揮官が兵士へマリアンヌを見つけ出すように指示を出すが、喋っている途中でその首が兵士の所に転がり落ちて、その兵士は生首の隊長と目が合い腰を抜かしてしまう。
「あ……あ……あれ――?」
そしてその兵士が最後に見たのは、腰を抜かした首のない自分の体であった。
「ふぅ……やっぱりサラに負けているわね。あら、立ち止まって何か考えごとかしら? 豆粒みたいだからよく見えないわね」
「ど、どこだ!?」
「早く見つけ出せ!」
立ち止まると捕捉されるサラとは違い、マリアンヌは【隠密】スキルによって立ち止まっても敵兵から見つかることがなく、色々と考えごとをすることができていた。
しかしサラのようなスピードがないため素早く倒していくという作業は不得手であり、スピード勝負となる撃破数競走は勝てる見込みのない勝負であるが、ケビンのために戦うことと場所は違えどサラと同じ戦場に立つことで、本人としては満足のいく形である。
「疲れてきたわねぇ……歳のせいとは思いたくないけど、歳よねぇ……サラは何であんなに動けるのかしら? 現役時代よりも能力が伸びてない? ブランクの差ってここまで出るものかしら?」
「まだかっ! まだ見つからないのか!?」
「倒された順に足取りを追っています!」
「ったく、うるさいわねぇ」
「足取りをおってもそこにはもうおらんだ――」
「し、指揮か――」
先程からマリアンヌの傍で騒いでいた現場指揮官と兵士は、うるさくしていたためという理由だけで、マリアンヌによって殺されてしまった。
「はぁぁ……やっぱりちょっと休みましょう。ちょうど指揮官も死んじゃったことだし、アリシテア王国軍も少しは戦いやすくなったわね」
こうして左翼の現場指揮官の1人は『うるさい』という理由だけで、マリアンヌから理不尽に殺されてしまい指揮系統に支障が生じてしまうと、アリシテア王国軍から更なる追い討ちをかけられていくのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「お願いします! 手加減をしてください!」
「えっ、してるわよ?」
中央軍では相変わらずシーラが、ポンポンと敵兵を氷矢で串刺しにしていた。全力でやってないにしろ長い詠唱を行わないシーラの魔法は、味方の魔術師がせっせと詠唱をしている間に、向かってきている敵兵にどんどん当たっていくのだった。
しかも、魔術師としては大成しているシーラと、まだまだ伸びしろ盛りな新兵混じえる帝国魔術師たちでは、全くもって比べるのも烏滸がましいほどの実力差があり、魔術師たちが詠唱をしつつ狙っていた敵兵は、詠唱が終わると既にシーラの手によって物言わぬ骸と化している。
「こ、このままでは私たちは、詠唱の練習をしているだけになってしまいます! お願いですから、私たちの分を残しておいてください」
「仕方がないわね。当てる的がなくなるのは、長々と詠唱なんて無駄なことをしているからよ?」
シーラは納得してからそう答えるが、魔術師たちは『皇后陛下と一緒にしないでくれ』と、ごくごく一般的な魔術師の戦い方をしている自分たちの方が正しいのだと信じて、規格外の仲間入りを果たしているシーラのことは、参考にできない魔術師として頭から追い出すのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ところ変わって救護所では、ケビンがやられてしまった新兵に激励を贈りながら、戦況を見守り続けていた。そこへ天幕と馬車の護衛をしているはずのクララがやってくる。
「主殿よ」
「何だ? 向こうはアブリルに任せたのか?」
「うむ、アブリル1人でも過剰戦力だろう?」
「まぁ、ドラゴンが守ってるなんて見た目ではわからないしな。それで?」
「あそこでボケっと突っ立っておっても暇だからの、ちょっと戦場で遊びたいのだ」
「クララじゃ無理だろ?」
「何がだ?」
「現場は乱戦だぞ? 味方を巻き込まず戦えるのか? 1発ドカンでクレーターとか作ったら、敵兵諸共味方まで吹き飛ばすだろ? 地割れなんてなったら最悪だぞ?」
「むぅー、だって暇なのだ」
「可愛く言ってもダメ」
「うー、ケビーン……遊びたい、遊びたい」
クララは駄々っ子作戦でケビンに絡みつくと、胸を押しつけながらケビンに揺さぶりをかけていく。
「当たってるぞ」
「……当ててるのよ、あ・な・た」
耳元でボソッと呟かれたケビンはブルッとしてしまい、背中がゾクゾクする感覚に見舞われた。
「ね、ケビンきゅん。遊んでもいいよね?」
「はぁぁ……クララ、その手技は誰から習ってんだ?」
「ソフィ殿だ。なんでもギャップ萌えとか言うらしいの」
「ソフィはどんどん嫁たちに変なことを教えこんでいくな」
「主殿はこんな妾は嫌かえ?」
「レパートリーありすぎだろ……ったく……ちょっと待ってろ」
「ダーリン、大好きだっちゃ!」
「うぉいっ! そんなことまでソフィは教えてんのか!?」
「これは専用の衣装があるらしいけど、うちは持ち合わせていないっちゃ。言葉だけで許して欲しいっちゃ」
「わ、わかった、わかったから、それはやめろ。その衣装のクララを想像して抑えられなくなる」
「ふふっ、主殿が野獣になるなら衣装を揃えておかなくてはな」
クララからの猛烈なギャップ萌え作戦を受けたケビンは、戦場を見渡しクララが暴れても問題なさそうなところを探していく。
(両翼は母さんたちがいるから無理だな。となると、後衛職の姉さんがいる中央か敵本陣しか残っていないけど……ん? あれはバカリエルか? 本陣から出てきやがった。しかも、タイラーが後ろから追っかけてるじゃねぇか!? あいつ暴走しやがったのか!?)
ケビンの見つめる先には馬を駆けさせて猛然と中央を目指しているガブリエルと、それを一生懸命に追いかけているタイラーの姿があった。
(タイラーって苦労人だよな……年長者なだけあって知識も経験もあるだろうし……最年少のバカリエルとか、お転婆の跳ねっ返りにしか見えねぇだろな……苦労してんな、タイラー……)
「クララ、朗報だ。バカリエルが暴走して姉さんのいる中央に攻めてきている。中央へ辿りつく前にバカリエルを止めろ。後ろからタイラーが止めるために追いかけてきているけど、タイラーは殺すなよ?」
「バカリエルはよいのか?」
「うーん……フィアンマたちのことを考えると、殺したら泣き出しそうで可哀想だしな……バカリエルもナシだ。適当に遊んでやれ。2Sランク相当の強さらしいから遊び相手にはちょうどいいだろ」
「わかった。では、遊んでくるのだ。愛してるぞ、主殿」
「ああ、俺も愛してる。ここから見てるからな、目一杯楽しんでこい!」
ケビンからの激励を受け取ったクララは、救護所からピョンピョンと飛んでいき、ガブリエルの元へと向かっていった。
「やり過ぎなければいいけど……」
ケビンは今更ながらにクララがハイテンションで飛んでいったため、ガブリエルが虫の息になるのではと僅かながらに後悔するのであった。
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