第378話 中級管理職の苦悩とケビンの苦悩

 ヴァレリアの訓練が始まって数週間が経過したある日のこと、アビゲイルが出産時期に入ってしまい特訓は一時中断となって、ケビンはそのことをヴァレリアへ詫びるのだった。


「すまんな、ヴァリー」


「いや、アビーが赤ちゃんを産むんだろ? そっちを優先しろ」


「ヴァリーが物わかりのいい子で助かる」


「おう、俺は大人だからな!」


 それから数日後にはアビゲイルが第1子を出産すると、ハーフダークエルフの男の子だった。


「お疲れ様、アビー」


「ありがとうございます、旦那様」


「この子の名前はスヴァルトレードだ。ダークエルフの平和って意味だよ」


「……ッ……旦那……様……」


 ケビンの計らいにアビゲイルは涙がこぼれて言葉に詰まるのだった。即位時にはアビゲイルのため新たな法を作り、子供の名前に至ってもダークエルフの行く末を案じている心遣いに、アビゲイルはケビンに対する気持ちで胸がいっぱいになってしまう。


「俺がいなくなってもこの子がダークエルフ族を護ってくれる。そうなったらいいなって思ってつけたんだ」


「私……私……旦那様に出逢えて本当に良かった……私の生涯は旦那様のものです……この身も心も全てを捧げます……」


「それは嬉しいことだけど、俺たちの大事なスヴァルトの分も残しておいてね」


「はい……はいっ……」


 ケビンはアビゲイルが落ち着くまでしばらくは手を握って、一緒の時を過ごすのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 アビゲイルの出産から1週間後、ケビンはヴァレリアの特訓を再開していた。未だ気配探知を使いつつ戦うということにあまり慣れていないヴァレリアだが、最初の頃に比べると動きがだいぶマシにはなってきている。


 それから数日経ったある日のこと、ヴァレリアの特訓を続けていたケビンへクズミから連絡が入った。


 ケビンは予めクズミが問題なく仕事ができるように転移ポータルを設置して帝城とクズミ邸を行き来できるようにしていたので、それを利用しているクズミからの連絡となる。


 その内容は、ダークエルフ族代表であるヴァリスから経過報告のために会いに来て欲しいという旨の手紙がクズミ邸へ届いていたとのことだった。


 ケビンは複製体を1体創り出すとヴァレリアのことを任せたら、ヴァリスの家の近くへと転移する。


 物陰から出たケビンはそのままヴァリスの家へと向かって、ドアノッカーを鳴らすのであった。


「少々お待ちください」


 大して待つこともなくヴァリスがドアを開けたら、ドアの前にいたケビンを招き入れるとリビングへ通した。


 そしてリビングで2人が腰を落ち着けると、しばらくの間沈黙がその空間を支配する。


「あの、経過報告があると聞いたのですが……」


 何となくヴァリスが緊張しているように見えたケビンが、用件を済ませようとして先に声を出すとハッとしたヴァリスがそれに答えた。


「は、はい! あの……その……」


「やはり突拍子もないことなので賛成者がいなかったのでは?」


 ケビンは言いづらそうにしているヴァリスを助けるために、自らそのことを口にするがヴァリスが答えた内容にケビンも驚いてしまう。


「その……いるにはいたのです。ハーフでもいいから子供が欲しいという方が」


「えっ!?」


「でも、その……確かめて欲しいと言われまして……」


「確かめる?」


「えぇっと……具合を……」


 ヴァリスが言い淀んでいたがケビンは体調のことだろうと思って、健康で病気になったことはないことを伝えたのだがヴァリスから返ってきたのはそうではないということだった。


「あの……あっちの具合のことでして……」


「あぁぁ……」


「私も子供がいませんので候補者からまずは代表が試してと言われちゃいました……」


 ヴァリスの告白に何とも言えない空気がその場を支配すると、意を決したヴァリスがケビンへ伝えた。


「ケビンさん……その……このような年増な女など抱きたくないかもしれませんが、お情けをいただけると他の者たちへも伝えられますので……最近は特に御意見番たちも口喧しく言ってきまして……どうか、お情けを……」


「い、いえ、ヴァリスさんを年増などと思ったことは1度もありませんよ! もの凄く若く見えるじゃないですか」


「お世辞でもそう言っていただけると嬉しいです。こう見えましても二百年近く生きていますので、人族のケビンさんからすれば年寄りもいいところです」


「大丈夫です! 俺の妻にもダークエルフがいますけど百歳は超えていますから」


「まあっ、ダークエルフを娶っていらっしゃるのですか!?」


 ケビンはそれから場の空気を少しでも変えるためにアビゲイルの話をして、ヴァリスの緊張を解していく。


 そしてしばらく話をしていた2人が今いる場所は寝室である。だいぶ緊張の解れたヴァリスがケビンを寝室へと誘ったのだ。


 だが、ベッドへ上がると治まっていた緊張がぶり返して、2人して向かい合って座りながらどうしたものかと時間が過ぎていく。


「あの、不束者ですがよろしくお願いします」


 とにかく空気を変えようとヴァリスがそう言って頭を下げると、対するケビンもすぐさま頭を下げて言葉を返す。


「こ、こちらこそ不束者ですがよろしくお願いします」


 微妙に2人の間で思春期の男女のような初々しい雰囲気が流れていると、ケビンが男を見せるためにリードしようとしてヴァリスへ近寄った。


「あの、キスをしても……?」


 ケビンの言葉に対してヴァリスは頬を染めながら静かに瞳を閉じると、唇をケビンへ向けてツンと突き出したのだった。


 ゴクリと生唾を飲むケビンは恐る恐る顔を近づけてヴァリスの唇と触れ合うと、少し触れただけで離してしまうのである。


「ぁ……」


 ケビンの唇が離れてヴァリスが瞳を開けると、自らの唇をそっと指でなぞった。


 それから2人は触れ合うだけの口づけを交わしていき、肌を重ね合わせるのである。


 この行為によってヴァリスは当然妊娠してしまうのだが、以前と違う点が少しだけあった。


 実はダークエルフのお悩み相談を解決するにあたり予めケビンがサナ協力の元で新しい魔法を作ったり懐妊魔法を改造しており、バージョンアップしたその魔法を施すと任意の人数で子供ができるようになったのだった。


 そしてそれを施されているヴァリスは100%の確率でケビンの決めた双子を妊娠することになる。3つ子でないのはスカーレットが妊娠していた時に思いのほかお腹が大きかったので、ケビンが母体にかかる負担を考えてビビったせいでもある。


「ヴァリスさん、妊娠するところを見ようか」


「ふえ?」


 モニターの映像は小さいケビンたちが一生懸命に泳いでいる姿だった。


 何故こうなったかと言うと自分の嫁とやる時に試しで使ってみたら、数億からなる子種の絵面がもの凄くリアルで気色悪かったという過去の苦い体験談があるからだった。


 ちなみにミニケビンたちも数を少なくして表示させている。数億ものミニケビンたちを映してみても気持ち悪いだけだったからだ。


 当然女性側の方も種と同じで絵面を変更して卵ではなく家にしている。そして開いている扉の中へミニケビンが入れば晴れて妊娠となる仕組みとなっている。


 それらの説明をケビンはヴァリスを抱き寄せてしながら、一緒に映画鑑賞的なものをしていた。


「あ、お家が見えてきました」


「そろそろクライマックスだね」


 モニターの先ではミニケビンたちがラストスパートとでも言わんばかりに泳いでいて、ゴールである家を目指している。


 そして魔法の効果により2人のミニケビンが家の中へと入り込んで、それ以外は誰も入れなくなって家のそばで悔しそうに項垂れていた。


「あれ? ケビンさんが2人入りましたよ?」


「それはね、双子を妊娠したってこと」


「えっ!?」


「でも良かったの? 純血のダークエルフじゃなくて?」


 ケビンの言った通りで、ヴァリスは始まる前にハーフの子供を選んだのだった。


「はい。初めてを捧げてその方の子を孕むのですから、ケビンさんとの子供という確かな繋がりが欲しかったのです。人族のケビンさんと作った子供ですから、純血よりも混血が良かったんですよ」


「そこまで思っててくれて嬉しいよ。ありがとう」


「私こそ優しく抱いていただいてありがとうございます」


 その後もピロートークを続けている2人だったが、ヴァリスがおもむろにケビンへ尋ねにくそうに口を開く。


「あの……」


「どうしました?」


「妊娠したのは嬉しいのですが……その……もう1回したいって言うのはワガママでしょうか?」


「……ヴァリスさん、もしかしてエッチにハマっちゃった?」


「あっ、いえ……その……うぅぅ……」


「いいですよ。とことんお付き合いしますね」


「ケビンさんが優しく抱いてくださるからいけないんです。経験者から聞いたのは最初は痛いだけで気持ちよくないって話だったのに……」


「褒めていただいて光栄です」


「あの……次はダークエルフの姿で抱いてくれませんか? 見せていただいたあの姿が忘れられなくて……」


「構いませんよ」


 それからケビンはヴァリスの要望通りにダークエルフ姿になると、再びヴァリスを抱いて快楽へ溺れさせるのである。


 何度も何度もヴァリスが絶頂を繰り返しては、少し休憩すると再びケビンを求めるのだった。


「ケビンさん、私を愛人にしてください」


「えっ!?」


「代表という立場もありますし、それを放り出してケビンさんについて行くわけにはいかないですから、せめて現地妻としての立場をください」


「そ、それは……」


「ダメですか?」


 そう告げるもヴァリスの発言に対して、ケビンは困った時の神頼みでソフィーリアへ救援を求めた。


『ソ、ソフィ! こういう時どうしたらいいんだ!? さっぱりわからん!』


『ふふっ、相変わらずモテるわね。この世界の1人身女性を全て制覇するのかしら?』


『それよりも回答、今は回答をくれ!』


『現地妻くらい別にいいわよ。どうせあなたはシングルマザーになるダークエルフたちの面倒を見るつもりだったのでしょう?』


『……確かに』


『あなた専用の現地妻という言葉を作っちゃえばいいのよ。現地にいる妻ってことで、元々の愛人という意味をなくせばいいだけの話でしょう?』


『それってアリなの?』


『この世界は私がルールよ。管理者の私がいいって言ったんだからあなたは気にしなくていいのよ。あなたはあなたの好きなように生きたらいいの。あなたが幸せになってくれなきゃ私が悲しいわ』


『わかった。じゃあソフィのアドバイス通りに現地妻にするよ』


『お仕事頑張ってね』


 ソフィーリアとのやり取りを終えたケビンは、ヴァリスへ今決めたことを告げるのである。


「ヴァリス、君を妻にする。現地にいる妻で現地妻。愛人にはしない」


「え……」


 それからケビンは側妻用のリングを作り出すと、理解が追いついてないヴァリスの左右の指へそれぞれはめて指輪の効果を説明した。


「え……え……?」


「これでヴァリスはもう俺のものだ。他の男に惚れたって言っても手放さないからな。ずっと俺だけの現地妻だ」


「……う……そ……」


 ヴァリスは自らの手を見つめながら、瞳から雫をこぼすのだった。


「こんな時にすることじゃないと思うが、そこは話を振ったヴァリスが悪いってことで勘弁してくれ」


 それからヴァリスはケビンをギュッと抱きしめてひとしきり泣いていたが、そのようなヴァリスをケビンは優しくなだめていくのであった。


「愛しています、ケビンさん」 


「元気な赤ちゃんを産んでくれ」


「はい」


 こうしてヴァリスは代表であってもイグドラを離れずにケビンの愛人ではなく妻という立場を得たら幸せに包まれるのであるが、のちにクズミが代表でありつつも転移ポータルという裏技でケビンと一緒に住みながらイグドラへ出勤していることを知り、すぐさまケビンへオネダリをするのはまた別の話である。

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